第一六〇二話 後悔のない選択
平凡なメイドAさん(偽物)が、実はこの心の試練における審査員、即ち平凡な審査員Bさんだったことが判明した。
ダンジョン攻略の様子や、隠し要素の発見等、様々な要素が加点、もしくは減点対象であるらしく。メモを見返しながら採点を行っていたわけだけれど。それもようやっと一段落付いたらしい。
いよいよ結果発表かと思いきや、その直前になって思いがけないことを口走るBさん。
耳寄り情報と称して、お金を要求してきたのだ。と言っても、このダンジョン内で入手した「日本円」なのだけど。
Bさんに日本円を渡せば、その額に応じて点数に色をつけてくれるのだという。
点数が高ければ高いだけ、もちろん試練突破の可能性も高まるし、それどころか高得点であるほど豪華な景品が得られるとの話。
これを受け、彼女にお金を渡すべきか否かと思案する私である。
(憎たらしいのは、腕輪がまだ外れていないこのタイミングで、そんな要求を突きつけてくる点だよね……うっかり二つ返事で快諾しちゃうところだった)
そう、私は依然としてこの試練に際し装着を義務付けられた、「疑う気持ちを抑え込む腕輪」を付けたままで居る。
この状態で甘言を囁かれたのでは、コロッと行っても仕方がないだろう。
が、その点は流石の私。お金を渡したところで、一体一円が何点になるものか。そもそも何点あれば試練が合格でき、どの程度の特典で得られる品のグレードが上がるのか、と思いを馳せたところ、色々と考察がはかどり。
結果として、そもそも本当に加点が行われるんだろうか? なんて疑いにまで及んだ。
そうした思考も踏まえた上で、改めて考えを巡らせてみる。
(鍵となるのは一点。この日本円を持ち続けていたとして、今後それを活用できる機会があるかどうか)
それは何も、この迷宮内に限った話ではないのかも知れない。ひょっとすると何処かで、日本円が活躍する機会が訪れないとも限らない。
だとするとここでBさんに渡してしまった場合、「あの時手放さず、大事に取っておけば!」って後悔することになるんだろう。
けれど逆に、この先いつまで待っても日本円を活用するタイミングなんて、さっぱり訪れないかも知れない。
その場合は、「あの時惜しまずBさんに渡していれば、もしかすると凄まじい景品が貰えたかも!」って後悔することになる。
つまるところ、どっちの選択をしても結局後悔はあるってことだ。
……一応、質問を試しておこうか。
「ちなみに、ここでお金を渡さなかったとして。この先日本円を使う機会ってあるのかな?」
「ありません。なので私に渡して下さい」
「うーん」
めっちゃ怪しい。欲に目がくらんでいるようにすら見える。
Bさんにとって日本円は価値あるものってこと? まぁ、第一階層のコンビニで飲み物を買うのには使えるだろうけれど。
つまりBさんの目には日本円が、飲み物との引換券みたいに見えている可能性が高い。
「ちなみに、一円あたりどのくらい加点してくれるのさ?」
「それは言えません」
「何点あれば試練を突破できるの?」
「内緒です」
「豪華な品って、具体的には?」
「受け取ってみてのお楽しみです。受け取れるなら、ですけど」
取りつく島もないね。情報を寄越さないためか、無表情な上に声にも努めて感情を乗せず突っぱねてくるBさん。警戒されているらしい。
ってなると選択肢としては、お金を渡して後悔するか、それとも渡さずに後悔するかの二択ってことになるのかな。
うーん……。
「まぁ、いいか」
「心が決まりましたか?」
「うん」
頷きを返し、私はここまでに得た日本円の全てをカウンターに置いてみせた。
一瞬Bさんの口元が、だらしなくニヤけるけれど、直ぐに引き締め直し。
「太っ腹ですね。いいでしょう、特典には相応に色を……」
「いや、それは不要だよ」
「?」
私の否定に対し、キョトンとするBさん。
今にも首を傾げそうな彼女へ、私は考えを告げる。
「お金を渡しても、或いは渡さなくったって、結局モヤッとしたものは残るんだ。だったらこのお金は全部、Bさんにプレゼントしようって思ってさ」
「なんと……」
「それに豪華な品とやらは、ダンジョンのクリア特典なんだよね? それを私が受け取るってことは、Bさんには何も無いってことじゃん。このお金はその埋め合わせだと思って受け取ってほしいな」
Bさんが自らの身分を明かしたってことは、要するに私とのPT関係っていうのも破綻したものと言えるだろう。
けれど、彼女がここまでの道のりをともに歩き、謎解きにだって協力してくれた事実は揺らぐべくもない。
そんなBさんが、ダンジョンのクリア特典を受け取れないだなんていうのは、やっぱりスッキリしないじゃないか。
であれば、埋め合わせ的にボスからドロップした札束に加え、第二階層で得たお金を差し出すっていうのは、何ら躊躇うようなことでもない。
この選択であれば、私も後悔を引きずるような事をせずに済みそうだしね。
そんな私の言を受け、ぽかんとしていた彼女は。
「……なるほど。流石はミコト様です」
柔らかく笑み、そしてさっさとお金を懐へしまい込むBさん。別に良いんだけど、なんか卑しいんだよなぁ……。
などと苦笑していると。
「加点です。見事に正解を引き当ててみせましたね」
「わー……案の定、これも採点対象だったか」
可能性には一応思い至っていたけれど、本当に油断も隙もないことである。お金を渡すか否かというこの選択もまた、減点加点を左右する要素の一つだったと。
まぁでも、正解を引けたというのなら、素直に喜んでおくとしようじゃないか。
今しがたの問答による結果も踏まえてか、更にチョチョイと手元を動かすBさん。採点作業はどうやら、ウィンドウを使い行っているようだ。
そしてそれも、今度こそ本当に済んだのだろう。
「こほん。では改めまして……結果はっぴょおぉぉぉおおおおおお!!」
「近くで聴くとうるさいな」
ちゃんとお腹から声が出ているのだろう。迷惑な声量である。
結構な音圧をカウンター越しに浴び、げんなりする私。流石に二度は動揺しないって。
私が驚くどころか嫌がっていることに気づいたBさんは、思惑が外れてやや残念そうにしながらも、やっとこさ話を前に進めた。
「さて、それではミコト様。採点により心の試練突破か否かの判定が出ました」
「待ってました」
「突破です」
「うん……うん!? あっさりだね!」
「おめでとうございます」
「ど、どうも」
もっとドラムロールとか鳴らして勿体付けるかと思いきや、何の引きもなしに告げられてしまった。
とは言え、第一の試練突破が確定したのだから、それはきちんと嬉しいのだけど。出来ればもうちょっとばかり感慨とか感動とか演出してほしかったな……。
しかし、そんな私の様子をこそニヤニヤと眺めるBさん。なるほど、このリアクションこそが彼女の望みだったらしい。してやられてしまった。
「そして、十二分に高い得点を叩き出したミコト様には、先程述べた通り豪華な特典が贈られます」
「何が貰えるんだろう……期待していいの?」
「無論です。なにせ、ラインナップの中で最上位の景品ですからね」
「最上位!」
思いがけない言葉に、ついオウム返しを繰り出してしまった。なるほどそりゃ、試練の突破か否かなんて言ってる場合じゃないのも尤もだ。
私の叩き出した得点というのは、どうやら試練のクリアラインを大きく超過し、勢い余ってとんでもない高みまでたどり着いてしまったらしい。それでこそアレコレと探し回った甲斐があるってもんだ。
それに、最上位と聞かされれば「もうちょっと頑張ればもっと良い景品が穫れたかも知れないのに! なぜベストを尽くさなかったんだ!」みたいに凹むこともない。実に気分のいい話である。
あ、でも待って。
「その話は、鵜呑みにしていいやつ? 腕輪のせいで素直に喜んじゃいそうだったけど」
「今更嘘は言いませんよ。本当に、最後まで腕輪の効果がほとんど仕事をしませんね……」
呆れたようにため息を付くBさん。
しかし、試練を課す側からすると確かに、私みたいなやつはさぞ面倒くさかっただろう。催眠術にかかりにくい客が、有名な催眠術師のもとにやって来たのと似たようなシチュエーションだ。下手をすると評判にケチが付いてしまうものね。
しかし安心して欲しい。私はこの迷宮の悪評を吹聴するほど、悪質な客ではないからね。ケチは付かないさ。
「それでは、景品の贈呈に移りましょうか」
「お! いよいよだね!」
正直なことを言うと、期待値というのはそこそこだ。
なにせダンジョンの難易度っていうのは、それほど高いわけでもなかったわけだし。唯一隠しボスたる親分オーガとは、死を覚悟するくらいの激しい戦闘になったわけだけれど、その甲斐というのは既に得ている。
ならばダンジョンのクリア特典に、そこまで大きな期待を懸けて良いものか、というのは微妙なところ。
されども、篩の迷宮Rという特殊な場所であるからこそ、特別な期待もまたあり。
心の置き方に迷う私の前に、果たしてそれは示されたのであった。
ぐ、ぅおぉ……今週も誤字報告感謝です。
さて。普段はニ度ほど本文を読み返した後に投稿を行う私なのですけれど。諸事情があり、今週および来週は一度の見直しで投稿に踏み切る構え。
よって、誤字が増えるかも知れません。やべぇよやべぇよ……見苦しかったらごめんなさい!