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第一五九七話 念入りに!

 篩の迷宮R。心の試練、雑居ビルダンジョンにおける隠しボス、親分オーガをやっとこさ撃破したっていうのに、何やら物騒なことを言い始めた平凡なメイドAさん。

 ……改めて状況を俯瞰してみると、何だかえらく状況が込み入ってるな。これ以上ややこしくしないでほしいのだけど。

 しかし、弱っている今の私ならば倒せそうだ、なんておっかないことを言った割に、場に流れる空気はそれほど緊迫しておらず。

 恐らくは軽口の類いなのだろう。十中八九そうではある。

 が、万が一があるのだから仕方がない。闘気が尽きていて、気だるさの極みを感じている最中だっていうのに。いやらしいったらないね。


 スッと愛刀の柄へ手をかける私。

 すると、表情を変えぬままビクッと肩を跳ねさせるAさん。


「失礼しました。ジョークです。軽口です。本気にされては困ります殺さないで」

「本当にジョーク? 本当にジョークだとするなら、時と場合は選ぼうね……あ、でも待って。今の私なら闘気も殺気も無い状態で人を斬れるかも……ちょっと試していい?」

「勘弁してください。ほらこの通り」


 頭の後ろで手を組み、うつ伏せになってみせるAさん。何処の軍隊で仕込まれたのやら……。

 しかしそれはそれとして、闘気切れの状態でしか出来ない鍛錬の可能性に気づいてしまった。

 気づいたからには止められない。ぬらりと抜刀する私。気配でそれを察したのか、またもやビクつくAさん。


「え、待ってください嘘ですよね? 斬りませんよね? 斬ったところで何もドロップしませんよ!?」

「メモ帳くらいは落とすでしょ」

「あげますあげます欲しいなら差し上げますから!」

「いや、いらないけど」

「なら殺さないで!」


 我ながらあまりいい趣味とは言えないのだけど、うつ伏せでビクビクしているAさんを誂うのは、正直ちょっと面白かった。内なるサディストが喜んでいる。

 と同時、ぶんぶん素振りを繰り返すことで、鍛錬欲求が少しずつ満たされていくのを感じる。

 先程の親分オーガ戦が嫌でも思い起こされ、素振りには段々と熱が入っていった。が、そのくせどうにもモチベーションが上がらない。闘気切れの弊害だ。

 しかし、特殊な精神状態での行動がゆえに意味がある。って考えると、鍛錬を止めるのが惜しく感じられてしまい、結局素振りを繰り返す。


 そんなこんなで暫くの間、愛刀を振り続けた私。

 さっきあんなに寝てた、って言うか気絶してたっていうのに、いつの間にやらまたグーグー眠っているAさん。うつ伏せのまま意識が飛んだらしい。肝が座ってるのか何なのか……珍獣属性持ちなのは間違いない。

 そんな彼女の横腹に、ずんと指を突き立ててみれば、「ふぐっw」なんて語尾に草を生やしたようなリアクションボイスがあり、気だるそうにもぞりと起き上がった。口の端にはヨダレ。


「ドロップアイテムと言えば、あのオーガはなにか落としましたか?」

「起きて最初に言うことがそれかぁ……」


 流石と言えば良いのか何なのか、筋金入りを感じさせるマイペースぶりである。

 さておき、ドロップアイテムについてなのだけど。白目を剥いて気を失っていたAさんが目を覚ましたのは、親分オーガを撃破した後でのこと。その頃には既に、私がドロップの回収を済ませていたため、彼が何を落としたのかについては話していなかった。

 ちなみに通常ボスのビジネススーツオーガたちも、一応はドロップアイテムを残しはしたのだ。が、その内容はというと、前世でも見たことのない札束。一万円札が少なくとも百枚以上はあった。

 これが前世であれば、さぞテンションの上がる話だったのだろうけれど、ぶっちゃけ今貰ったところでどうして良いかも分からないっていう。道中でドロップしたお金も余っているし、持て余しているというのが正直なところ。面白みにも乏しいし。

 ただ、もしかすると特典部屋とか、或いはもっと先で、このお金と商品を引き替えてくれるような窓口が用意されているような、そんな気もする。さもなくば、札束と言えども何の役にも立たないもの。


 んで、そうした通常ボスのドロップに対し、隠しボスたる親分オーガが何を落としたのか、というと。


「これだよ」

「? これは……」

「心命珠だね」

「!?」


 心命珠。それは意思ある装備を作るための素材であり、モンスターの心を宿した特別な宝珠だ。

 このアイテムは、己よりも格上のモンスターを単独で撃破する、いわゆるジャイアントキリングを成し遂げた際にのみ得られる、非常に入手難度の高い品であり。

 しかも戦いの中でモンスターに力を認められなくっちゃならないっていう、曖昧な条件まで満たす必要があるために、入手の機会そのものが稀有であるという。正に「超」が付くほどのレアアイテムと言えた。


 装備の関係もあるのだけど、親分オーガは確かに、私にとって格上のモンスターだった。

 んで、Aさんは手伝うどころか気絶していたわけだから、私が単独で戦ったのは間違いない。

 それと、真正面からのガチンコ勝負を望んだ親分オーガ。対し、可能な限り真っ直ぐぶつかっていった私。図らずもこれが幸いしたのかも。

 どうやら私の戦いぶりは、オーガのお眼鏡にかなったのだろう。その結果がこの、心命珠というドロップってわけだ。

 裏方組に良い知らせが出来そうだね。珠を介して親分の楽しげな気持ちも伝わってくる。


「それにしても、まさか迷宮の中で心命珠に出会うとは思わなかったけどね。頑張った甲斐があったってもんだよ」


 心命珠をしまいつつ、よかったよかったと笑ってみせる私に、Aさんの向ける表情たるや。感心しているのか、はたまた呆れているのか。なんとも形容の難しい顔をしてらっしゃる。

 なにか言いたげなのは間違いないのだろうけど、結局彼女は溜め息一つで有耶無耶にしてしまった。

 かと思えば、スッと何処ぞを指さしてみせるではないか。


「アレはもう調べましたか?」


 釣られるように視線を向けてみる。すると視界に入ったのは他でもない。

 親分オーガが落ちてきた、天井裏への出入り口だった。

 彼に勝利すれば、好きに調べていいという言質はAさん経由で得ているわけだし、心命珠からも否定的な意思は伝わってこない。


「まだ調べてないね。早速上ってみようか」

「かなりの高さがありますが」

「飛んだら良いじゃない」

「ミコト様、普通の人間は飛べないのです」

「それはおかしい。私は飛べるのだから、普通の人間は飛べるんだよ」

「……屁理屈はいいので、私を抱えて飛んでください」

「あ、はい」


 なんかいよいよ、Aさんからあしらわれるようになってしまった。塩対応っていうか、やっつけ対応っていうか。

 しかし考えようによっては、親睦が深まったって見方も出来るよね。

 Aさんのことを後ろからハグし、スンスンと首筋を嗅いでみる。


「うん。悪くない」

「セクハラですよ」

「何のことかな? Aさんの抱き心地が悪くないって言ったんだけど」

「それを指してセクハラだと言うんです」

「!? あー……抱き心地っていうか、これなら簡単に持ち上がりそうだなぁって意味だったんだけど。言葉の綾ってやつさ」

「首筋を嗅ぐのもセクハラですが」

「すみませんでした」


 などと言い合いながら、飛行を開始する私。結局Aさんのことは、空中ブランコよろしくぶら下げて運搬することに。余計なことを言ったせいで、密着チャンスを棒に振ってしまった……とんだ失態である。

 それにしても。


「これがギャルゲーなら、Aさんとの親密度もなかなかのものなんじゃないの? っていうか、ひょっとしてギャルゲー要素も試練の一部に数えられてやしないよね?」

「ミコト様、なんですかその『ぎゃるげー』とやらは」

「女の子と仲良くなるゲームのことだよ。この試練では、Aさんと仲良くなることも課題の一部にカウントされてたんじゃないか、って可能性に思い至ってさ」

「なんと……では失格が濃厚ですね」

「いいやまだだ! ここからでもまだ私には、打てる手がある! みんな大好き吊り橋効果って手が!!」

「待ってください、なんですかそれは。とてつもなく嫌な予感がしま────っ」


 斯くして私は、Aさんをぶら下げたままボス部屋内をハチャメチャに飛び回るのだった。

 念入りに! 念入りに! Aさんが私にドキドキしちゃうくらいに!!

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