第一五九四話 VS親分オーガ 一一
先程までの戦いぶりが、まるで戯れだったかの如き激しい攻防。
第三形態と呼んで差し支えない程の、一層の変貌を遂げた親分オーガは、見た目のみならず立ち回りにも攻撃の頻度にもすっかり容赦が無くなり。いよいよ本気でミコトを殺しに来ていることは一目瞭然。
一方、闘気人形という新たな闘気の形態を得たミコト。
想像以上の打撃力を有するこの力は、確かに親分オーガの命に届き得る一手と言えるのだろう。
とうとうそうした力の登場に、オーガの尻にも火が付いたのか。はたまた、この力を引き出すためにこそ、ここまで本気を出すこと無く戯れのような戦いを続けてきたのか。
何れにせよ、彼はミコトが自身を殺し得る存在であると、ここに来てついに認めたのだろう。なればこその豹変。ゆえにこその暴れぶり。
しかしながら、そんな親分オーガの猛攻を前に、対するミコトは劣勢を強いられていた。
(確かに闘気人形の攻撃は親分オーガによく刺さる。効果は抜群だ。けど、困ったことに親分オーガの攻撃は私本体を簡単に殺せてしまう。これまた効果は抜群だ。私が死ねば当然闘気人形も消える。これってまるで三竦み!)
原理は未だ不明なれど、闘気人形の攻撃は親分オーガに大きなダメージを与えることが出来る。第三形態になってからも、既に数発良いのを叩き込んでおり、効果の程は実証済み。上手くハマれば一気に押し切ることすら出来るだろう。
だが、そんな親分オーガはミコト本体を余裕で殺せる、オバケスペックを有しており。パワー、スピード、タフネス。何れにおいても今のミコトでは手に負えないレベルとなっている。
そして、そんなミコト本体は言わずもがな、闘気人形の発生源であり、コントロールも司っている。本体が殺されてしまえば、その時点でゲームセット。
このように、綺麗とも歪とも言える三竦みの関係が成立してしまっているわけだ。
尤も、竦み上がるどころかバチバチにやり合っているのが現状なのだけど。
殺されてなるものかと、必死に逃げ回るミコト本体。
これを仕留めるべく、獰猛な笑みを浮かべて駆け回る親分オーガ。
本体を守り、かつ親分オーガを仕留めるべく立ち回る闘気人形。
ざっくりと立ち位置を整理するなら、こういった形となる。
言葉にすれば単純ではある。が、実際に行われている動きは恐るべきもので。
それらの様子を俯瞰するなら、当然一番に目を引くのは親分オーガだ。ミコトに比して、三倍ほどもある背丈。浅黒く変色した肌、隆々とした筋肉。はためく袴に、周囲で爆ぜるスパーク。勢いよく逆立つ頭髪と、銀色を帯びた雄々しき角。
そんなナリをしていれば、目を引くのは当然なれども。正しく伊達ではないと主張するかの如く、際立つのは彼の見せる信じがたい程の動きである。
先ずもってスピードがおかしい。常人ではきっと目で捉えることも出来ないような速度で動き回り、ばかりか身軽に飛び上がり、天井や壁を蹴って跳躍。かと思えば彼の能力により見えざる壁を作り、そこに着地することも珍しくなく。広大なはずのボス部屋を所狭しと跳ね回り、容赦なくミコトへ襲いかかるのだ。
加えて、パワーがおかしい。ただでさえ、腕の一振りでボス部屋内を滅茶苦茶に出来るほどの衝撃波を起こせる親分オーガ。
そんな彼がいよいよ本腰を入れてミコトを殺そうとしているのだ。当然衝撃波の威力は大きく増し、大雑把に床や壁、天井に至るまで幾重にも陥没が生じている。そのせいで既に、ボス部屋が一回り広くなってしまっているほどだ。
更には、攻撃の種類も大きく増えており。ミコトの動きを阻害するような力の運用も散見されるようになった。
が、これに関してはどうやら、ミコトのほうが芸達者であるらしく。優れた感知能力に先読み、多彩な回避方法を駆使して見事に対応して見せている。ばかりか、親分オーガが一つ新しい攻め口を見せるたびに「あ、そういう手は使っていいんだ?」と言わんばかりの意趣返しが飛んでくる。
結果として行動阻害による動きづらさを感じているのは、むしろ彼の方となっていた。
そしてそんな親分オーガを付け狙うのが、ミコトの操る闘気人形である。
見た目だけなら、ちょっと全身真っ赤で顔にモザイクが掛かっているだけの、可愛らしい魔法少女なのだけど。
しかしこの闘気人形、親分オーガに対してはとてつもない力を発揮するらしく。既に数度、彼女の繰り出す拳や蹴りにより、決して小さくないダメージを負わせている。
親分オーガの恐ろしい巨体が、嘘みたいな速度で壁に突き刺さるのだ。しかもすぐさま追撃を浴びせに彼女が突っ込んでいくものだから、流石のオーガも慌ててその場を退くほど。
即ち、親分オーガは闘気人形に捕まらぬよう逃げ回りながら、ミコトを殺すべく立ち回っているわけだ。
当然彼も、闘気人形を排除せんと、折に触れて積極的に攻撃を仕掛けていく。が、その何れもが失敗に終わった。
衝撃も壁も鎧も、見えざる力そのものを素通りしてくる闘気人形。ならばと直接殴ってみれば、全身バラバラになろうと一瞬で再生してみせるのである。
とどのつまりは非実体の存在。殺すことも壊すことも出来ない、自然現象にこそ近いなにか。殴るだけ損であると。
対処法は唯一、ミコト本体を殺すこと。これに尽きる。
そのように判断し、以降はそのためにだけ立ち回っている親分オーガ。
ただ、彼がそのようにして闘気人形の脅威を分析し、警戒する一方で。それを操っている当のミコトは、オーガと比較にもならない情報を人形から引き出していた。
それはそうだ、彼女にとってもこの闘気人形なる存在は、今回がハジメマシテとなる謎の塊。
一体何が出来て何が出来ないのか、長所に短所、得手不得手に好き嫌い。何も知らないのである。
何も知らないがゆえに、ミコトの分析力が火を吹いた。死に物狂いで親分オーガから逃げ回っている現状、同時進行での分析作業に、頭から火が出そうですらあったが。
それでも彼女は、短い時間の間に雑多な確定事項のチェックから、膨大な推察、必要なノウハウの構築、応用方法の考察と、各種検証作業まで。思いつく限りの一通りを済ませてしまったのだ。
(よし、大体わかった)
闘気人形について、大体わかったらしい。
事実、親分オーガは確かに実感していた。闘気人形の動きが時を経るごとに、対処しづらいものへ段々と変化していることを。
それどころか、不定形であることを活かした攻撃まで駆使するようになっている。
手足がギュインと伸びる程度ならばまだ可愛いもので、上半身が大きな拳の形に変化し、歪なロケットパンチを仕掛けてきたときはゲラゲラ笑いながらぶっ飛ばされたものである。ツボったらしい。
そうした具合に、どうやら闘気人形の変形すらも使いこなしてみせるようになったミコト。
(まさかゲルミコトや、煙分身の操作経験がこんな形で役に立つだなんてね。何事も経験とはよく言ったもんだ)
ゲル状の身体を持つゲルミコトのコントロールに、煙で出来た分身体を生み出し操作する【煙分身】。
そうした、普通の肉体とは構造から何からまるで異なる身体を扱いなれていることが、この場においては思いがけず活きていた。
闘気という不定形の身体は、ゲルのようであり、煙のようでもある。普通ならば戸惑いを覚えて然るべきなのだろうけれど、ミコトにとってはむしろ馴染みすらある感覚で。なればこそ、この身体でなくては出来ない動きの類いにも、心当たりが無数にあったわけだ。ロケットパンチもその一つ。
そして、そうであればこそ新たに思うこともあり。
そも、彼女は現状に不満を抱えていた。
幾ら闘気人形が有効打たり得るとは言え、親分オーガからまるでウィークポイントのごとく追い回される現状。
そんな状態で、果たして出力の高い闘気の維持、などが成り立つものだろうか?
無論、それは難しいことだろう。対抗心に揺らぎが出たとて、何も不思議ではない。
だというのに、闘気人形はまるで弱った素振りを見せず大暴れしている。
それは何故か? 簡単である。
(目にもの見せてやるこの野郎……!!)
虎視眈々と、彼女がその時を待っていたからだ。
親分オーガに対し、他でもない自分自身が一泡吹かせるその時を。
そして、その準備はどうやら整ったらしい。
今一度、闘気人形が親分オーガを吹き飛ばす。横腹にドロップキックが突き刺さり、凄まじい勢いで遠くの壁にめり込む彼。
だが、追撃を警戒してすぐさま体勢を立て直す。既に何度も吹っ飛んでいるために、リカバリーにも慣れたもの。さぁ来るなら来いと闘気人形を挑戦的に睨むけれど。
ところが、彼はそこで思いがけない光景を目の当たりにしたのである。
(今こそ! 合身の時!!)
それは親分オーガが、我が目を疑いゴシゴシと目元を擦るほどの、不思議な光景。ぱちぱちと瞬きも頻り。
彼にとって敵の生命線たる、ミコト本体。彼女の元へ、勢いよく突っ込んでいく闘気人形。
一体何をするつもりかと訝しむオーガの視線の先、人形は何を思ったか足を天井へ、頭を床へ向けた逆さまの姿勢を取り。それでいてスカートは捲れない鉄壁ぶり。流石は非実体系魔法少女。
そうして彼女は本体の背へ、背中を合わせるように激突。その後、驚くべき変化を遂げたのだ。
闘気人形の脚は、大きな腕の形へ変化し。両腕もまた、関節が不自然に曲がりサイズも増した。それに何より親分オーガを驚かせたのは、人形の頭部だ。
にゅるりと形を変え、スルスルと靭やかに伸び。そうして気づけば、立派な尾の姿へ変貌を遂げたではないか。
即ち、ミコト本体の背に四本の副腕と、一本の尾が生えたような。正しく異形と言って差し支えない姿。
だが、彼女にとってはそれこそが正解。これこそが完成。
とどのつまりは、そう。闘気による最強装備の再現が、ついに果たされたのである。
(さぁ、反撃だ……!)