第一五八九話 VS親分オーガ 六
先ずもって重要なのは、赤の闘気を帯びた攻撃が、果たして親分オーガに通用するか否か。それ如何によって、ミコトの立ち回りはガラリと変わることになるだろう。
無論、彼女にとっては通るに越したことのない、いっそ頼みの綱とすら言える攻撃手段なのだけど。
願いと期待を込め、赤いオーラを帯びたモノクロのカタナを繰り出すミコト。
対し、斬れるものなら斬ってみろとばかりに、堂々たる立ち姿にて受けて立つ親分オーガ。
ならば遠慮なくと、繰り出される一閃。その結果は……。
(手応え、あり!)
袈裟懸けに繰り出された斬撃は、親分オーガの肉体に見事な太刀傷を負わせてみせたのである。
それの意味するところとは即ち、赤の闘気は彼女の思惑通り、親分オーガの扱う不可視の力を素通りすることが出来る、という事実であり。
延いては、ステータスにこそ開きはあれど、ミコトには親分オーガに届き得る確かな刃があることの証左と言えた。
尤も……。
(斬るには斬ったけど、滅茶苦茶な肉体じゃん! 包丁でタイヤを切りつけたような手応えだったんですけど!)
到底肉体をカタナで斬ったとは考え難い、鈍く重たい手応えに、モザイクの下で苦い表情をするミコト。
実際、親分オーガの負った傷というのはさして深いものではなく。何なら出血すらもしていないではないか。
胸に大穴が空いたとて、手当もせずに止血できるような怪物である。浅く斬られた程度が、何の痛手になろうか。
されども、見えざる力の鎧をすり抜け、見事刃を届かせたというその事実に、どうやら親分オーガはご満悦な様子。
ガッハッハと愉快げに笑い、されども容赦なく反撃に腕をブンと振るう。
巻き起こる破壊の衝撃波。慌てて回避し難を逃れる魔法少女。
歯噛みしつつ、考えるのはオーガへ大したダメージを与えられなかった、その理由。
(確かに赤の闘気には防御貫通効果がある。そのお陰で刃は奴に届いた。親分オーガのあの力を、赤の闘気は突破できるっぽい。それは朗報なのだけど……でも、シンプルに奴の身体が頑丈過ぎる! 何あの筋肉オバケ!? 本気モードになってぶっ壊れた?)
ぶっ壊れ。ゲームにおいては時折「破格」を表す言葉として用いられる、延いてはバランス崩壊を遠回しに述べたもの。
あらゆる『防御』を無視し、食らわせたはずの一太刀だ。それがどうしてあの程度のダメージにしかならなかったかと言えば、話は至極単純。
それだけ今の親分オーガが、シンプルに頑丈だったからに他ならない。
(正直、その辺りの判定って分かりにくいんだよね。何処までが『防御』で、何処からが『素』なのか)
当然ながら、ミコトたちチームミコバト内でも赤の闘気については、研究が進められており。殊更に防御貫通効果の把握については、注目度の高いテーマとして知られている。
何をもってして『防御』と判定されるのか。何を貫通し、どれを貫通できないのか。
結局未だにハッキリとしたことは分からないのだけれど、どうやら概念的な判定が基準に組み込まれているらしい、ということは分かったようで。
とどのつまり、「防御だと思ったら防御。防御じゃないのならそれは素」というような、ざっくりとした判断が下されるのだとか。
尤も、誰がそれを判定しているのか、などは結局よく分からないようだけれど。
今回で言えば、親分オーガは防御することなくミコトの斬撃を受けて立った。
もしかするとそのせいで、彼女の一撃は大したダメージを出せなかったのかも知れない。
(だとすると、ちょっとマズいな。今ので「防御の必要なし」と思われたとしたら、ますます「防御貫通」が機能しづらくなった。今以上にダメージを通せる機会、というのにはあまり期待できないかも)
もしも親分オーガが、受けて立つのではなくしっかりとした防御を固めたのであれば、むしろ赤い闘気による攻撃は今の斬撃以上のダメージを叩き出す可能性があるだろう。
身構え、ダメージを軽減しようとした働きの尽くを無視し、脆い部分に攻撃を入れる。イメージとしてはそんな具合か。
つまりは、身を守ろうとするほど逆効果となるのが、防御貫通の特性であると言えるわけだ。
ゆえに「防御の必要なし」と判じられたのでは、防御行動が却ってダメージを大きくする、という裏目を突いた攻め方が通じないことになってしまう。
言わずもがな、ミコトにとっては面白くない事態であった。それほどまでに、親分オーガの肉体が想定を超えて丈夫だった、ということでもあるのだが。
(闘気には火力底上げの効果もある。バフの類いも瞬発的に行使して、とにかくもっと強い攻撃を繰り出さなくちゃ話にならないぞ!)
裏を返せば、ミコトの攻撃に脅威を覚えさえすれば、親分オーガは必然的に防御行動を行わざるを得ず。結果として防御貫通効果が息を吹き返すことになる。
ゆえに今のミコトにとって重要なのは、如何にしてそれに足る火力を実現せしめるか、という部分であり。
されども、親分オーガが何時までも仁王立ちを決め込んでいるかと言えば、そんな筈もなく。
力試しは十分とばかりに、彼もまた本格的に攻撃を開始。ミコトを仕留めんと大暴れを始めたのである。
確かにステータス差は大きく、まともにやり合えば非常に分の悪いミコト。されどもだからと言って、手も足も出ないほどに隔絶した差かと言えば、そうではなく。少なくともすばしっこく逃げ回る彼女に対し、正確に攻撃をぶつけることは流石の親分オーガにしても容易いことではないらしい。
が、正確に当てられないのならば、大雑把に当てれば良い。そんな考えのもと、猛威を振るったのは衝撃波だ。先程までとは比較にならない頻度にて、見えざる衝撃が幾重にも折り重なるかのごとくミコトへ襲いかかる。
Aさんを巻き込まないように、と配慮すれば自然と逃げ道も限られ、単純な身のこなしだけで避けきるのは、もはや不可能なレベルの猛攻。
だが、見えざる力というのならばミコトにも一つ心当たりがある。
(踏ん張れカミカゼ! ぬおぉぉぉぉ!)
そう、念力だ。
彼女が初めて入手した意思ある装備。それこそがミコトの首元を飾るチョーカーであり、名をアヤツカミカゼという。通称カミカゼ。
魔法少女への変身に伴い、何処へなりと姿を消しこそしたけれど、幸いにして特殊能力は使用することが出来るらしい。ミコトには意思も変わらず感じ取れているようだ。
そんな装備者たる彼女とともに、これまで多くの鍛錬や戦いを経て成長してきたこのカミカゼは、近頃合成による進化を経たことで、以前とは比べ物にならない力を発揮するようになっている。
それこそ、親分オーガの駆使する力に抗してみせるほどの、凄まじいポテンシャルを秘めているわけだけれど。
とは言え真っ向からぶつかったのでは、どうにもコスパが悪い。
よって回避をベースに受け流しを主体とした運用を常とし、吹き荒れる衝撃波の嵐を見事にくぐり抜けていた。
その様子を目の当たりにすれば、当然ミコト側も自分と似たような、見えない力を行使する術があると察しのつく親分オーガ。
尤も、ミコトのそれと親分オーガの力には、異なる特徴があるのも事実だろうけれど。
ミコトの扱う念力は、物を掴んだり動かしたりするのに長けた、サイコキネシスのような能力であり。
一方で親分オーガの扱うそれは、壁や鎧を構築したり、衝撃に物理的な重さを乗せたりという、特殊なマテリアルを操作しているかの如き能力。
同じ不可視の力でこそあれど、本質で言えばまるで別物と言えた。
ミコトが衝撃波に真っ向からぶつかりたがらない理由も、もしかしたらその辺りにあるのかも知れない。
(けど、「重さ」があるってことはつまり、念力で掴んで動かせるってこと。掻い潜るだけなら問題無さそうだ……!)
などと、確信したのも束の間。そこへ突っ込んできたのは親分オーガ本体である。
大きな体に、凄まじい密度の筋肉。当然ながら重量はとてつもないことになっているはずだが、それを感じさせない移動速度が魔法少女を襲う。
だが、考えてみればそれも当たり前の話。むしろ親分オーガが何時までもその場から動かず、腕を振り回してばかり居る、だなんて考えるほうがどうかしているだろう。絵面もなんだか間抜けだ。
このままでは埒が明かぬと判断し、距離を詰めたのは当然の選択と言えるだろう。なればこそ、ミコトにしてみても予想済みの動き。
(そこっ!)
繰り出される刃。太刀筋は先程のそれより尚研ぎ澄まされ、すれ違いざまに親分オーガの横腹を裂いていった。
果たして、ダメージのほどは如何なものか。