第一五七五話 聞く耳は持たぬ
雑居ビルダンジョン、ボス戦。
見えざる壁の向こう側で、Rオーガの召喚したモンスターに少しずつ追い詰められていくAさん。
恐らくオーガ本体も攻撃に加わるか、或いはもっと大量のモンスターを召喚したなら、彼女を殺し切ることなど難しいことではないのだろう。
それをしないのは、Aさんが傷つき追い込まれていく様を、私に見せつける目的があるからだろうか。
動揺を誘うというコンセプトがあるにせよ、なんとも悪趣味なことである。
(まぁ、それでまんまと冷静さを欠きそうになってるんだから、効果的ではあったんだろうけどさ)
私の動揺に反応し、腕輪が痛みを発生させている。
が、いちいちそこにリアクションしている余裕もない。私は打開策を必死に模索し続けた。
例えば、見えざる壁は破壊できないけれど、壁抜けスキルで通過できやしないかと試みたり。
Aさんと自分の位置を入れ替えるスキルを試してみたり。
Aさんにバフを盛って戦力の増強を狙ってみたりもした。
他にも思いつく限り、あれこれと様々な手を考えては試してみたのだけど、どれもこれも対策済みと言わんばかりの失敗続き。
どうやらこの壁、スキルを遮断する効果を有しているらしい。
とどのつまり、これを無理に破壊することは出来ず、通り抜けることも出来ないと。また、音の一切も遮られているようで、ミュートした動画でも見ているような感覚に見舞われる。
これだけ音が伝わらないってことは、恐らく床や壁、天井などを伝っての振動すら遮断されているんだろう。徹底したものである。
ただ一点、視覚情報だけは何ら滞り無く行き来しているらしく、時折Aさんと視線が合うことがあり。
彼女の表情にはまだ、諦めの色は無いように見受けられた。或いは私がそう信じたいだけなのかも知れないけれど。
彼女が心折れず戦い続けているというのであれば、私も必死に知恵を絞らねばなるまい。まったく、心の試練だってのに、なんで知恵を使わせるかな。
(にしても、全然ダメージの通ってる感じがしない。HP減少が無効化されてる……?)
攻撃の尽くが空を切ろうとも、まるでめげた様子もなく元気に襲いかかってくるLオーガ。
壁をどうにも出来ないっていうんなら、一か八かこいつを倒して様子を見るしか無いと。そう思い、いよいよ反撃に本腰を入れた私。
コンビニで仕入れたカタナを得物に、首を刎ねんと一閃してみたのだけど。
ところがどうだ、手応えは存外に重く、裂傷を与えた感じとしては到底あり得ないものだった。
事実、まるで刃引きされた剣でぶっ叩かれたようなダメージリアクションを見せるLオーガ。しかしそれだって、叩かれたボールが弾かれたのと同じようなもので。気分としてはサンドバッグを殴ったときの感じに近いだろうか。
カタナの刃がめり込んだはずの首筋には、しかし腫れの一つも見受けられず。正に無傷と言った有り様。ただちょっと吹き飛んだだけ。
察するに、何らかの理由でこいつには、ダメージが生じないようになっているんだ。ギミックの一種なのだろう。
(まさか、Aさんが殺られるまで攻撃が通らない?)
物理でダメなら属性魔法。関節技ならどうか。目潰しなら効くだろうかと、色々試してみたのだけど、何れもが不自然にダメージを無効化され。関節を変な方向に曲げようと試みても、一定以上はどうしても曲がらないように埒外の力が働いている。
つまるところ、私に求められているのは二つのうち何れかだ。
一つは、Aさんが殺されていくさまを目の当たりにし、それでもなお一定の冷静さを保ち続けること。迷宮の仕掛ける最大級の揺さぶりに、歯を食いしばり耐えること。
そしてもう一つは、焦燥感を押さえつけながら、この状況を切り抜ける術をどうにか見出すこと。
(! マズいな、もうあまり持たないか)
Rオーガの召喚した三体目のモンスター。ブラッディベアが攻撃に加わり、こうなってはもはや逃げ惑うことしか出来ないAさん。
既に幾つか負傷を負っており、まともに武器の扱える状態ではない。
腕輪からの強烈な痛みと焦りとが、蝕むよう集中力を削いでくる。
なればこそ、あらゆるしがらみから切り離した、無責任な自分を想像する。仮想の己に思考を託す。
何に煩わされるわけでもなく、一切の責任を負わず。ゆえにただ、正常に思考する。そんな、ある意味で無敵の自分。追い詰められたときほど効果を発揮する、私なりのメンタルコントロールだ。開き直りとも言う。
(一見すると手詰まりの状況。だけれど、何の脈絡もなく理不尽を押し付けてくるだろうか? 迷宮は多分、そんなことはしない。ヒントはここまでの道程にあったのかも)
心の試練に入ってから、ここまでの出来事を振り返る。なんだかんだ、色んなことがあったっけね。
その中にこの状況を打開する何かがあるとしたら、それって一体……?
例えば……。
「■§√……※✕!」
Aさんの言葉がモンスターに通じた、っていうのは一つ大きな要素だったと思う。解せない点でもあった。
であるなら、それが関係している可能性は疑って掛かるべきだ。
差し当たっては、Aさんがモンスターに話しかけるとき、お約束的に発していたモンスター語と思しき言葉。
それを真似て、Lオーガへと話しかけてみた。
(く、反応なしか……)
しかし残念なことに、攻撃の手が止まることもなければ、返事をくれることもない。聞く耳を持ってくれないのか、はたまた理解してもらえないのか。
でも、考えてみたらこの方法じゃどのみちダメだと気づく。だって声じゃ壁の向こうには届かないし、よしんばLオーガに通じたとしてもRオーガは止められない。
(なるほど、それなら!)
それは第四階層探索中のこと。スタッフモンスターたちに話を聞く過程において、私はAさんにとある提案を持ちかけたのだ。
「彼らから字を教えてもらうことって出来ないかな?」
第三階層にも、第四階層にだって、資料の類には当然文字がたくさん並んでおり。そしてAさんの言葉は多少とは言えども伝わるわけだ。
なら、彼らに字を教わることで、書物を解読することが出来るんじゃないかと。そう思っての提案だったのだけど。
結果としてそれは、成功とも言えるし、失敗とも言えるものとなった。
確かに、彼らから字を教わることは出来た。が、厳密には字というより、幾つかのワードであり。
しかもどのモンスターに教えを請うてみたところで、それら数種類のワード以外には、教わることが出来なかったのだ。
それらを駆使して書物の解読にも挑戦してみたけれど、これが全く役に立たないと来たものだ。何なら、教わったワードが書物に登場したところなんて、結局一つとして確認できなかったものだから、「デタラメを教えられたのかも知れません」などとAさんはヘソを曲げていたほどであり。
だけど今、この状況。
それら数種類のワードこそが、鍵を握っているのではないか。
そのように思い至り、ウエストバッグよりメモ帳を引っ張り出す私。
Lオーガの攻撃をいなしつつ、教わったワードを記したページを確認。使えそうなものを見つけ、即座に魔法を行使する。
(壁は魔法を通さない。けど、壁に字を書きつけるくらいなら……出来る!)
私たちの言葉で言う『止まれ・ストップ』を意味するワード。これをデカデカと、グラフィティアートよろしく派手に描いてみせる私。壁向こうにも伝わるよう、鏡文字バージョンも同時ペイントだ。
恐らく、これ以上に有効な手立てはないと。そんな思いもあり、祈るような心持ちでオーガたちの反応を確かめる。
その結果は……。
(……成功、かな?)
音こそ伝わらないけれど、何やら召喚モンスターたちに指示を出したらしいRオーガ。
するとAさんへの攻撃がピタリと止み、追走は唐突な終りを迎えた。
痛々しい傷口を押さえ、肩で息をしながらも、警戒は解かないAさん。心もとない足取りでこちらへとやって来る。
一方、Lオーガもまた動きを止め、振り上げていた大鉈を何処へなりと消し去ったではないか。
聞く耳は持たずとも、文字は目に入るらしい。
だが、これでボス戦が終わった、というわけではないのだろう。Aさんも助かったと決まったわけではない。
さて、ここからどうなるか。




