第一五七四話 届かぬ君
Aさんとともに、それぞれ異なるワープポータルを起動させ、その結果想定したとおりに転移が発動。
次の瞬間にはこれまでと全く異なる場所に立っていた私。
そこは、ようやっと本来のイメージと合致するような、広々とした空間であり。正しくボス部屋然とした場所だった。
尤も、雑居ビルというテーマを貫こうとでもいうのか、相変わらずくたびれたオフィスっぽいイメージは保っており。それでいてこの広さ、この天井の異様な高さである。
異様ではあれども、これならばうっかり天井に頭をぶつける、なんて無様をやらかす可能性も低いだろう。
して、問題なのはもう二点。
先ずもって私の目の前、三〇メートルほど間合いを空けて佇んでいるのは、オーガの一種だろうか。向かって左のこめかみ辺りに、一本立派な角が突き出している。
しかしそれより何より、ビジネススーツを身に着けているというのがミスマッチと言うか、逆に不思議としっくり来ていると言うか。って言うか身体が人の倍ほどはある上に筋肉もすごいため、パッツンパッツンなんですけど。
なんかこう、「鬼上司」なんて言葉が当てはまりそうな見た目である。
しかも、それが二体。
もう一体は角の位置が逆であり、向かって右のこめかみからニョッキリ。
気になるのは奴らの立ち位置で。左角が私の正面に位置しているのに対し、右角は妙に右斜め前方に位置取っている。不自然なポジショニングだ。
だが、それを不自然に感じるのは「私が二体とも相手取る気でいるから」に他ならず。
そうさ、今の私には相方がいるのだ。相手が二体であるのに対し、こちら側も数だけで言えば二人。つまるところ、右角の正面には彼女が存在するわけである。
Aさんだ。
(なるほど、今回のボス戦は二対二形式で行われるわけか……でもそれだけなら、わざわざポータルを用意する必要ってあった? 隠し通路を仕込むため? それとも……)
何やら嫌な予感がし、私は即座に魔法を一つ撃ち出した。水球である。しかも視認性を上げるために青く色を付けたもの。
狙ったのは右角。Aさんが対峙しているやつ。何事もなければ水球は奴をびしょ濡れにするはずだが。
(……やっぱり)
私の放った水球は、何に遮られるでもなく奴に届く。その筈だった。何せ遮るようなオブジェクトなど何も無い、広く開けた空間だ。私が何かしら特殊なしくじり方でもしない限り、撃ち放った水球が自然に崩壊する、なんてことはあり得ない。
が、それが生じてしまったわけである。
とは言え私は、別に何をしくじったわけでもない。奴らが何かをしたわけでも、勿論Aさんの仕業ってわけでもない。
壁だ。見えない壁が、恐らくはAさん右角組とこちら側を隔てているのだろう。
つまるところ、Aさんと右角の戦いに、私は関与することが出来ないって寸法だ。
(嫌なやり口だ。Aさんが右角と戦い殺される様子を、私に見せつけようって狙いか……なるほど、それは確かに受け入れがたい)
Aさんの裏切りを警戒していたけれど、それとは別のパターンで動揺を誘ってきたようだ。
まぁ、一応予想の範疇ではあったのだけど。だからと言って事前に取れる対策じゃ、どうにも打開できないタイプの仕掛け。強制イベントの類いだろう。非常に胸クソが悪いやつ。
さて、どうしたものか。
などと思案している間に、他の面々も各々行動を開始したようで。
片角のオーガたちは、双子めいたシンクロにて動き出しは同時。されども行動は別物であり。
右角のオーガ、仮に「Rオーガ」としておこうか。ライトのRね。左角は「Lオーガ」。
で、Rオーガは初手から術を繰り出しに掛かる。何かしらのスキルを発動したか、はたまたダンジョンや迷宮の手助けあっての特殊能力か。何れにせよ、奴が一吠えするとそれは起こったのだ。
Rオーガの正面、ゆらり空間が水面のごとく波打ったかと思えば、そこから全く別のモンスターが一体、ぬるりと出現したではないか。
犬系モンスター、ワイルドハウンド。ヤバめの野犬である。でも召喚されて使役されてるなら、野犬ではないのかな。
何にせよ、突如として現れたそいつはRオーガの短い指示を受け、勢いよくAさんめがけて駆け出した。
対し、表情の険しいAさん。彼女の今の装備は、生存能力に重きを置いて防具をある程度充実させつつも、機動力も発揮できるバランスを重視した中量級。武器は片手剣と、反対の手にはバックラーを装備。
対応力に優れた構成であるため、そういう意味では召喚術を駆使する敵と相性が良い。が、だからと言って彼女一人でどうにか出来るかと言われたなら、正直厳しいだろう。
ワイルドハウンドくらいなら退けられるだろうけれど、ここにRオーガが加わり直接攻撃に入れば、一体どの程度持ち堪えられるものか。
胸中には、理不尽めいた状況に対する憤りがカッと熱のように広がるけれど、それを抑え込んで思考を回す。
また、私は私でLオーガに対応しなくちゃならない。
Rと違い、Lは召喚術を駆使するでもなく、直接的に攻撃を仕掛けてきた。
ビジネススーツを来た巨大なサラリーマンが、鬼の形相で殴りかかってくる絵面。思わずツッコみたくなる有り様ではあるけれど、それどころじゃないんだ。
一先ず、こいつを殺せば状況は好転するだろうか? 壁が消えたり、Rオーガの様子に何らかの変化があったりとか。
もしもそれでRがパワーアップしてAさんに襲いかかる、なんてことになっては目も当てられないのだけど、ならば他に何が出来るっていうのか。
(取り敢えず壁の破壊を試みるところから、かな)
Lの攻撃を一つ二つと掻い潜り、その隙間に魔法をぶっ放す。狙いは見えざる壁。
結構な威力で撃ったのだけど、どうやらビクともしていない様子。破壊不能オブジェクトである可能性が浮上。
或いは、私の攻撃じゃダメって線も。Lオーガを誘導し、壁に攻撃を当てさせてみるか。しかし徒手空拳で戦う相手にそれを望むのは、なかなかの無茶である。
しかしAさんがむざむざ殺られるのを見過ごすのも嫌だし。無理ゲー呼ばわりするには早すぎる。
(!)
実際どのように壁への攻撃を誘導してやろうかと、早速考えを巡らせ始めた、その時だ。
突然Lオーガの手に斧が出現。更にはアーツスキルも発動したのだろう。刃をギラリ輝かせ、綺麗なスイングが弧を描く。
驚かされこそしたけれど、幸いにして回避は間に合った。どうやらこのボス、強さで言えば然程でもないように見受けられる。何かしらの条件でパワーアップする可能性、なんてのも考えられるけれど、今弱いのなら取り敢えずそれでいい。Aさんの生存確率がそれだけ上がるから。
或いは、Aさんをすぐに殺さないために能力調整が施されている……?
まぁ何にせよ、今は壁を破ることが先決だ。
Lオーガは斧の他にも、様々な武器を突然出現させてはアーツ付きで振るってきたし、時には魔法なんかもぶっ放してきた。
なるほど、どうやら様々なスキルを扱える、というのがLの能力であるらしい。武器も何処からともなく取り出すし、何処かの誰かさんを彷彿とさせるね。
して、そんな奴の攻撃を次々にいなしつつ、壁際まで追い詰められたかの如き様子を上手に演じてみせた私。
そこへとどめとばかりに、容赦のない一撃が繰り出されるわけだけれど。正しくそれを待っていた。
(さぁ壊れろ!)
見えざる壁をカサカサとよじ登り、Lオーガ渾身の一撃を避ける私。と同時、奴の攻撃は強烈に見えざる壁を叩きつけた。
だが。
(ダメか……)
奴の攻撃であっても関係なしに、壁は受け止めてみせた。破壊された様子はなく、試みは失敗。
しかし、勿論この程度は想定の範囲内だ。次の手に出るまでのこと。
壁を破壊する、というアプローチには様々なバリエーションがある。例えば特定の属性でしか壊せないだとか、特定の箇所を攻撃しないと意味がないだとか、そういう細かな設定が施されている可能性もないわけじゃないのだ。
だからそれらをざっくりと総当り的に試しつつ、他の攻め口も思案する。
例えば、一見向こうと此方側を完全に遮っていると思しき見えざる壁だけれど、実はそう思い込んでいるだけではないか、という説。
何処かに抜け道があったり、或いは見えない壁が攻撃に反応して、素早くガードしているだけ、なんて可能性も一応考えられる。
ってことで、試したのは所謂全体攻撃。
高威力ってなればそれなりの消耗を覚悟する必要があるわけだけど、弱い威力でなら安い上に溜め時間すら要りはしない。
(うーん……これもダメ)
どうやら見えない壁は、きっちりコチラとアチラを隙間なく隔てているようだ。
そうこうしている間にも、AさんはRオーガに追い詰められていく。
ワイルドハウンド相手に善戦を演じていれば、追加で召喚されたアルミラージが、自慢の一角で彼女を串刺しにせんと突撃をかまし、状況は悪化の一途を辿っている。
焦燥感から、いよいよ腕輪も反応を始めた。さて、どうしたものか。




