第一五七〇話 不思議な記憶
スキル作りをしているらしいこの階層のスタッフモンスターたちから、個人情報をあれこれ聞き出さんと手当たり次第に質問しまくってみたのだけど。
どういうわけか肝心の回答はAさんが上手く翻訳できず、入手できないという体たらく。
これに関してはAさんが不甲斐ないっていうより、情報遮断系の見えざる力が働いた、と解釈したほうがしっくり来る。
それというのも、そもそもAさんがモンスターたちと意思疎通できる、というその理由からして不明だからに他ならず。
喩えるなら、どうして動いているかも分からない機械が、ある日突然停止したとて、機械自体を責められないのと同じこと。仕方のないことなのだ。
「何とか聞き出せたのは、やっぱり名前くらいのもの、か」
「しかも今回は、ニホン語ですらないのでしょう?」
「そうなんだよねぇ」
第三階層のスタッフモンスターたちには、どういうわけだか日本語の名前が採用されていた。それも、名前と呼ぶには不自然な言葉ばかり。
結果的にそうしたおかしな名前の中に、隠し要素らしきものを見つけることが出来たため、面白いギミックではあったと思うのだけど。
ところが今回はどうやら、意味のある言葉が用いられているわけではないらしい。というか、日本語ですらない。
なんかこう、暗号めいてるっていうか……。
例えば今しがた話を聞いたこのモンスター。名前を「とらすらとらすらくにすなしち とらみらくちつな」という。
長い。ネーミングセンスがどうとかいう以前に、長いし言いにくいし訳が分からない。
が、もしもこのスタッフモンスターの親が、子供の為を思って素敵な願いを込め、大切に考えつけた名前だとしたら、それにケチを付ける私のほうがバカヤロウってことになる。
なればこそ、ちゃんと意味を知りたいのだけど……うーん。
「やっぱりこれ、何かの暗号なのかな」
「暗号、ですか」
「そう言えば、なんか定番の解読方法があったっけ。えーと」
確かキーボードのローマ字入力とひらがな入力の切り替えが鍵、とかそんな感じだったはず。
普通に日本語を入力できる設定にして、この「とらすらとらすらくにすなしち とらみらくちつな」ってのを、キーボードに記されたひらがなを頼りに入力していけば、あら不思議。全く違う言葉が出現するっていうアレ。
早速試してみようか……ってバカ! 手元にキーボードが無いじゃない!
「ああ、まいったな。キーボード自体はまぁ、頑張れば再現できなくもないだろうけれど。流石の私もそれぞれのキーにどのひらがなが割り振ってあったか、なんてのは覚えてないぞ……」
「ちょっと何を仰っているのか分かりません。少し黙って見ていましょうか」
「おっと、気を遣わせてごめんね」
「おかまいなく」
もしも私の予想が正しいとしたら、この解読法における鍵はやはり、キーボードのひらがな配置だ。それをどう確かめたら良いんだろう?
こういうときゲームだったら、鍵となるアイテムが何処かに隠されていたりするものだけど。
ってなると……。
「このフロアか、或いは下のフロアに『キーボード』が隠されている可能性が高い……?」
「なるほど、それを探し出せば良いと?」
「或いは、私が凄まじい記憶力を発揮して、キーボードを完璧に思い出すことが出来ればワンチャン」
とは言え前世の知識である。
仮説ではあるけれど、今はすっかり信憑性の高くなった、私がこの世界を何回も何回もループしてるって説。これが正しければ、いい加減記憶の摩耗なんてのも生じていたって不思議ではないはずだ。
そうでなくたって、この世界で活動を始めてから、既に結構な時間が経っている。忘れていることだって多いだろう。
それに、たとえ前世の頃でだって、何も見ずにひらがな配置を再現してみせなさい、なんて課題を出されていたらきっと詰んでいただろうし。
うーん……見慣れたキーボードのイメージ記憶をハッキリと引き出せるってんなら、可能性が無くはないのだけど。アルバムスキルを探ってみる? 或いは記憶系のスキルを頼りにすれば……。
「って……あれ?」
「? なにか?」
「や、待って。おかしいな……思い、出せるぞ」
うろ覚え、なんて言葉があるように、日頃見慣れていてはっきりと覚えているような物ほど、案外細かく思い出そうとすると「あれ、ここってどんな形してたっけ?」と首を傾げることになる。
だからキーボードのひらがな配置なんて、思い出そうとして思い出せるものではない。そのはずなのだ。
だっていうのに、私と来たらどういうわけだか、キーボードのイメージってのがくっきりハッキリ頭の中に再現できてしまっている。日本語配置は疎か、記号についてもバッチリだ。
なにこれ、気持ち悪い。私そんなにメチャクチャ記憶力に優れてるってわけでもないはずなのに。前世となれば尚更だ。なにせ普通の人間だったわけだから……いや今も一応人間のつもりでは居るけどね!
「取り敢えず、思い出せるのなら作ってしまうか。えい」
「えいって……」
「これがキーボードだよ」
「はぁ、なるほど」
ここが迷宮の中で、何かしら妙な術か何かを施されたからか、或いは腕輪の隠された能力か。もしくは自覚がなかっただけで、私は前世の記憶を事細かに思い出せるってことなのか。
……そういえば、ココロちゃんが時々びっくりするほど私の前世についてマニアックな知識を披露してみせたりするけど、あれってつまりは私の口から出た情報を記憶してるからであって。私はどうしてそんなことを覚えてたんだろう? って疑問に思うようなものもチラホラ。
それも全て、異様な記憶力から来る副次的なものだとしたら、つまり……。
「私の前世の記憶は、どう言うわけだか強固に保護されている可能性がある……?」
改めて、今しがたマジックバッグより取り出した素材アイテムから、急増で拵えたキーボードの模型を見てみる。
我ながら完璧な仕上がりだ。懐かしさに目頭が熱くなりかけるが、自身に関する発見もあって感動に浸れもしない。下手をすると腕輪が反応するぐらい、心が揺さぶられている自覚がある。
だが、一歩引いた目線から考えてみると、単に前世のことが、思っていたよりも詳しく思い出せるってだけの話。だからどうっていうのは、また後で考えれば良いことだ。
「よし、落ち着いた。んじゃ解読作業だ」
「良く分かりませんが、一瞬ただならぬ雰囲気を纏っていましたよ? 大丈夫ですか?」
「心配されると大丈夫じゃない気がしてくるから不思議。平気だよ、後で考えることが増えただけ」
そう、後で考えるべきことだ。
例えばこの記憶力を利用すれば、もしかするとあの漫画やこのアニメを、細部まで細かく思い出せるかも知れない。そうしたらどうだ、脳内鑑賞だなんて素敵なことが出来るようになるんじゃないか。
それに何よりゲームだ。流石にプレイは出来ずとも、過去のプレイを思い返すだけで、一体どれほどこの乾きを慰められることか。
ああいや、危険か。ゲームに飢えた今の私に、それはあまりに危険かも知れない。劇物だ。出来るけどやっちゃいけないタイプのやつだ。慎重な判断が必要だろう。
ともあれ、それらまるっと後回し。
今は心の試練の真っ最中であることを失念するわけには行かないのだ。
おのれ、これも試練の罠か! やることが小癪である。でもちょっとだけありがとう!
「それで、この方の名前の意味は?」
「えーと、なになに? 『ソロソロヒルダ ソノハズ』だから、つまりそろそろお昼だよ、きっとその筈。って意味だね」
「……そうですか」
「うん……でも多分、解読は成功! 次行ってみよう!」
やっぱり名前とは思えない言葉が用いられてこそいたけれど、しかしそれは第三階層のスタッフモンスターたちも同じであり。それはつまり、正しい名前を読み解くことが出来た、という根拠に十分なようにも思えた。
自信をつけた私たちは、勢い込むように次なる暗号の解読へ取り組んでいく。Aさんのメモが、今日一番の火力を発揮した瞬間だった。テンションが上ったのか、モシャモシャと草を喰んでおられる。
そうして、次々に明らかとなるスタッフモンスターたちの名前。真名を解き明かす、って言うとなんかかっこいいよね!
結果、私たちは気になる名前を一つ見つけたのである。




