第一五六九話 スタッフの正体とは
Aさんの暴走により、ちょっぴり脱線してしまったけれど。気を取り直して話を戻そう。
スタッフモンスターに限らず、モンスターの多くは服を着ていない。まぁ鎧を纏っているものや、体毛が服代わりになっているものも居たりはするのだけど。基本的にモンスターは着ていないから恥ずかしい、みたいには考えないらしい。
また、そもそも所謂生殖器官ってものが備わっているモンスターのほうが稀なようにも思う。
「考えてみたらモンスターって、どうやって数を増やしてるんだろうね」
「原理が解明されたという話は聞きませんが……第三階層で聞いた話によると、工場のような施設があるのだとか」
「うへぇ、それが本当なら、生々しくて嫌な話じゃん」
もはやそれって生体兵器の領分なのではなかろうか。しかもこの世界では極めて大規模に展開してるってんだから、実用性も証明済み。まさか軍事利用を前提に開発された技術だったりとかして……っていかん。
こういうのだ。不確かな情報の上に推察を広げて、どんどんおかしな思考になっていく悪いパターン。こういうのに気をつけたい。
モンスターたちに羞恥心が無い、或いは有ったとしても、私たちとは異なる価値観に基づいている。っていう話はまぁ、一旦置いておくとして。
気になるのはスタッフモンスターたちも、同じく服を着ず、誰がそれを咎めるでもなく、普通に全裸で作業しているものが殆どである、という点であり。
どうしてそんな状況がまかり通っているのか、と考えてみたところ、一つの仮説に思い至った。
それ即ち。
「アバター、ないしはデフォルメキャラ説ってのはどうだろう?」
「また話が飛びましたね」
「私の中では繋がってる」
「エゴイストですか。でもそのフレーズ、嫌いではありませんよ。メモメモ」
ポイントは、第三階層もこの階層も、既に世に出ているものを開発していた、という点。つまりは過去に行われた開発風景が、この場に再現されているだけ、という可能性を示唆しており。
これに鑑みたなら、この場に「開発者」や「研究員・作業員」と言ったキャラクターを配置するに当たり、当人の姿をそのまま再現する、という手段とは別に、当人をよりキャラクターチックにデフォルメして登場させたり、或いは全く別の姿を取らせて登場させる、という手法もあるわけだ。
スタッフモンスターたちというのはとどのつまり、こういった開発の場で働いている実在する存在の代理として置かれた、喩えるなら着ぐるみのようなもの、なのかも知れない。と、そう考えたわけなのだけど。
しかしこれだって、迷宮が見せた単なるデタラメに対し、私が勝手にそれっぽい推察を当てはめただけって可能性も否めず。
なんともスッキリしない感覚に、少しずつストレスが蓄積している気がする。心の試練のこういうところは、正直好きじゃない。嫌いっていうより苦手。
「ところで、Aさんは気になったものとか無いわけ?」
「私、ですか? そうですね……」
ここまでほとんど私ばかりが意見を言ったり方針を定めたりとしてきた。だが、登場してすぐ彼女は自身を指して、PTメンバーであると説明したではないか。
曲がりなりにもPTメンバーだというのならば、もっと積極的に彼女の意見も聞くべきだったかも知れない。
内省しつつ水を向けてみれば、メモを見返しつつ考えるAさん。すると、なにか見つけたらしい。
「『専用スキル』というのは興味深いですね」
「あ、それね。わかる! 私も気になってた!」
専用スキル。それは特定の誰かが用いることを想定して作られる、ある種の特権的スキルであり、実質的なユニークスキルとも言えるもの。
このフロアの一角で開発の行われていたそれは、道理で私の見知らぬスキルであり。もしもこの場にソフィアさんが居ようものなら、きっと大変なことになっただろうと。そんな確信に遠い目をしてしまうような、衝撃的な情報だった。
無論ゲーマーとして、強い興味をそそられる話ではあるのだけど、ゲームと違って現実での出来事がゆえに能天気でも居られない。
強い力には責任が伴う、だなんて良く使われる言葉ではあるけれど、専用性には果たすべき義務や、何かしらの思惑、期待。そういったものがセットで付いてくるものだ。
それに鑑みれば、他人事のように「かっこいい! 素敵!」とばかりも言っていられない。むしろ同情すら感じる有り様。
それというのも、私自身へんてこスキルだなんて変わり種を有しているからに他ならないのだけど。
「一体誰のために、どういった目的で開発されたスキルなのか。正直気になる部分です」
「Aさんもそういう特別なスキルに憧れたりするの?」
「まぁ、そうですね。際立って特殊だったり、強力なスキルを有していたなら、今と異なる人生があったかも知れない、と思うことも無くはありません」
「へー」
それは果たしてAさんとしての回答か、はたまたAさんの偽物がこぼした彼女の素なのか。
何にせよ、この世界には専用のスキルと役割を与えられた、特別な存在が居るのだと。この情報からはそうしたことが察せられた。
尤も、この開発風景が事実に基づくものであれば、という前提あっての話だけれどね。
それと、専用スキル繋がりで、私のへんてこスキルに関しても質問を投げかけてみた。まぁ、「へんてこスキル」だなんてのは私が勝手にそう呼んでいるだけなので、「プレイヤー用のスキル」みたいな言い回しを用いたわけだけど。
その甲斐あって、ちょっとだけ情報を得ることには成功している。
なんでも、こことは違う別の部署で開発が行われているのだとか。
このフロア自体、迷宮がその場限りのデタラメとして作り出したものかと思いきや、プレイヤー用スキルについて認識している辺り、ひょっとするとひょっとするのかも知れない、とは思った。
まぁでも、詳しいことは何も分からず、核心に迫ることには失敗した印象。もどかしくはあるが、こんな真偽のあやふやな場所で何かしら大きな情報を得ても、それはそれでスッキリしないからね。これで良かったとも思う。
っていうか、別部署もあるのか。もし第三階層も同じようなものだったとするなら、たとえその場で大暴れしスタッフモンスターたちを全滅させたとしても、新たなモンスターが生まれなくなる、ということは無いのだろう。
迷宮側からしたなら、受け入れがたい事実を前に短気を起こし、暴力に訴えたという見方となるのだろう。相応にマイナスな評価が付けられたのかも知れない。
……おや。もしかすると心の試練的にはその辺りを評価したくて、こんな妙なフロアを用意しているのかな?
「なるほど、読めてきたかもね」
「また何ですか急に」
「心の試練の思惑ってやつがさ、見えてきたなって思って」
「何きっかけで!?」
勿論これも、手持ちの情報から導き出した仮説でしかなく、確信は無い。
しかし傾向が見えてきたというのであれば、ようやっと対策も打てようというもの。対策というより、そう。「心の準備」ってやつが出来そうじゃないか。
迷宮は私に、受け入れがたい様子や出来事、設定なんかを見せて、その反応を観察している。動揺云々っていうのは多分、評価基準の一つでしかない。
そのように予想をつけるのなら、この後も「そんなまさか」というような出来事が用意されているのだろう。さも私を動揺させることが主目的であるかのように。
それらに対し、私は努めて冷静に、自分らしい反応を見せるよう心がけるとしよう。
……とどのつまり、これまで通りではあるのだけどね。
「さて、それじゃぼちぼち名前を訊いてまわろうか。今回もなにか隠されているかも知れないし」
「情報収集はもう良いのですか?」
「そりゃ、突っ込んで調べたいことはたくさんあるけど、真偽が不明な上に正確な情報を得られるとも限らないし。それならここら辺を引き時にしておくべきかなって」
この試練に際して着用している腕輪。コレの効果はあくまで、疑う心を抑え込んでいるだけに過ぎず。このダンジョン内で植え付けられた認識がもしも誤っていた場合、腕輪を外した後でそれらを一つ一つ検証し、間違いは正し、みたいな作業をする必要が出てくる。
面倒くさい上に、そうして生じた誤認が致命的な判断ミスに繋がらないとも限らないのだ。
やる気のない無能より、やる気のある無能のほうが厄介だ、とは誰の言葉だったか。知識もそれと通ずるところがある。
正しいけれどどうでもいい情報より、間違っているけどどうでもいい情報のほうが、火種にはなり得るっていうね。
なので、敢えて余計な知識を取り込まない、というのもこの場においては大事なことなんじゃないだろうか。
そんなわけで、私とAさんはこの階層でもスタッフモンスターたちの名前や年齢、住所など、プライベートな情報を訊ける範囲で訊いて回ったのである。不正利用ダメ絶対!




