第一五六六話 炎使いは間違えない
「い、いたたたた! 一体どういうことなのぜぇ!?」
強い動揺により、腕輪から痛みが発せられて悶えるレッカ。
一方でともにいるフェソナはと言えば、困り顔を見せており。
きっかけはレッカが、「モンスターに話を聞いてみるのぜ!」と妙案を叩き出したことにあった。
当然と言うべきか、そのトンチキなアイデアに困惑を禁じ得ないフェソナ。されどもレッカは至って真面目であり、しかも本気であるらしく。
早速実践だと手近なモンスターめがけて駆け寄っていくではないか。
レッカの声に対し、一応の反応を見せたモンスター。これはもしや、本当にコミュニケーションが取れるのではないか、と期待したのも束の間。
残念なことに、彼の言葉は理解不能な言語で構成されており。あえなく試みは失敗と相成った。
ところが、である。
落胆するレッカを余所に、何やら様子のおかしいフェソナ。
一体どうしたのかとレッカが尋ねてみたなら、彼女は正しく耳を疑ったふうに答えたのである。
「私、このモンスターの言ってること……少しなら理解できるかも」
そうして実際、モンスターと拙いながらに会話をしてみせるものだから、動揺に苦しめられるレッカ。
そんなこんなで今に至るわけだ。
「フェソナは一体、何処でそんな特技を身につけたのぜぇ……」
「そんなの私が知りたいんだけど! い、いたた!」
レッカはもとより、モンスターの操る言語を一部なれど理解し、あまつさえ発話までしてみせた己に戸惑いは大きいらしく、フェソナ自身も動揺から腕輪に苦しめられる始末。
ともあれ、どうやら多少なりとも情報の収集が可能らしいということで、二人はこれ幸いと情報を集めることに専念した。
その結果、彼女たちは衝撃的な話を耳にすることとなる。
「ここでモンスターを……作ってる?」
フェソナの聞き出した話によれば、ここで作られているのはモンスターの原型であり、それが工場のような場所で量産され、世界にばら撒かれているのだと。
なにかの冗談みたいな話ではある。だが、疑う心を抑え込まれた今のレッカは、おおよそそれを鵜呑みにしてしまい。
懐いたのは激情。腸が今にも煮えくり返りそうなほどの、強い感情が胸のうちに、或いは腹の底に止めどなく沸き起こっていた。
それはさながら、やり場のなかった怒りの然るべきやり場を、いよいよ見つけたかのような。
ともすれば今すぐにでも暴れだしそうな己を、しかし紙一重のところで抑え込む。
ここでこのフロアを焼き払ってしまうことは、おそらく難しいことではないだろう。けれど、果たしてそれで済む話なのかと。他にも燃やすべきものがあるんじゃないか。それを知るための手掛かりが、ここにあるんじゃないか。
レッカの冷静な部分が、そんな可能性を訴えた。結果として彼女はきつく拳を握り込み、竜の吐息めいた、到底人が吐いたとは思えない熱を重たい溜め息のごとく排出。足元が少しばかり燃えたけれど、他でもない彼女自身の手ですぐに消し止められた。
「レッカ、どうするの?」
同じく憎しみの染み込んだような目をするフェソナ。そんな彼女の問いかけは、促しのようにも聞こえた。即ち、今すぐここのモンスターを皆殺しにしようと。
実際彼女の手は、背に担いだ大斧の柄を強く掴んでおり。
されど、レッカは言う。
「もっと情報を集めるのぜ」
「! 殺さ、ないの?」
心底意外な様子でレッカを見るフェソナ。
彼女は知っているのだ、レッカが冒険者になるまでの経緯を。モンスターに向ける怒りの程を。
なればこそ、感情任せに火の海を作り出そうと、何ら不思議ではないと。むしろそうあって然るべきだと、そのように感じていたのだが。
ところがどうだ、返ってきたのは存外に冷静な言葉であり。
「フェソナ。炎を扱う者は、決して間違っちゃダメなのぜ。炎は善いも悪いも何もかも、等しく燃やすもの。燃やした後で間違いに気づいても手遅れなんだぜぇ……だから私は、燃やすものを選ぶのぜ」
いつの間にか身についていたという、燃やしたいものだけに熱を及ぼすというレッカの能力。
もしかするとそれは、彼女の中にある確固たる信念が芽吹かせたものなのかも知れない。レッカの言葉を聞き、そのように感じ取ったフェソナは得物を握る手を緩め、彼女の意向を尊重することにした。
そうと決まれば行動である。
無論思うところは多々あれど、それをぐっと奥歯で噛み殺し、彼らの話に耳を傾け続ける。
斯くして二人は、スタッフモンスターたちから様々な情報を得ることが出来た。
だが、彼らの名前にまで言及するようなことはついぞ無く。幸か不幸か、ゆえにこそより多岐に及ぶ話を聞き出すことに成功したとも言える。
尤も。
「改めて言うけど、私の通訳が不完全だった可能性は否めない。その点だけは留意しておいて」
「分かってるのぜぇ」
フェソナの言うように、聞き出した話の信憑性には心許なさが拭いきれないでいたけれど。
ここに来てネックとなったのは、やはりと言うべきか腕輪による疑心の抑制効果であり。スタッフモンスターたちによる大量の怪しい話を聞かされたなら、流石のレッカも、疑問を懐けない自分というものを実感していた。
正しい疑問を懐けない、というのは即ち、正しい道筋で思考を展開できないのも同然。
論理立てて物事を考えられない上に、唯一の相談相手であるフェソナも同様の状態となれば、たとえ三人寄ろうと文殊の知恵など生じる余地もない。
「……仕方ない。フェソナ、次の階層へ行くのぜ」
「! え、ここはどうするの?!」
「どうもしない。放っておくんだぜぇ……」
「ええっ!? い、いたたたた」
二人の聞いた話を大まかに要約するのであれば、ここで働くモンスターたちは、とどのつまり仕事としてモンスターを作っていたのだと言う。
すごいモンスターを作ることにやりがいを感じている者もあり、かと思えば日々の糧を得るためだけに渋々働いているような者も。
また、肝心な部分はどうにも聞き出すことが出来ず。例えばどういう目的でモンスターを作っているのか、なんていう要とも言えるような情報は、しかし都合良くぼかされているかの如く言葉の壁が邪魔をして、分からず終いとなった。
だがそれでも、この場所で人間の大敵であるモンスターの、もととなるものが作り出されていることに間違いは無さそうに思える。
であるならば、放置しておく理由もないと。フェソナはそう考えたようだけど。
しかしレッカは異なる結論を得たらしい。
「このフロアを燃やし尽くしたって、別に世界からモンスターが消えてなくなるわけじゃないのぜ。リポップの仕組みが壊れるってわけでも無さそうだし」
「それは……そうかも知れないけど」
「それに、何のためにモンスターを作り出してるのかっていう肝心な部分が分からないままなのぜ。万が一にでもそこに、ぐぅの音も出ないような正当性があった場合、燃やした私は間違いを犯したことになるのぜぇ」
「レッカ……」
「炎使いは間違っちゃダメなのぜ。だからここは、放っておく」
疑心を封じられたとて揺るがぬレッカの方針。その頑なさに、フェソナはこれ以上食い下がることをやめた。
そうして二人は無事このフロアを通り抜け、第四階層へと向かうのだった。
★
篩の迷宮R、心の試練、雑居ビルダンジョン。
なんやかんやありつつも、これと言った怪我もなくやって来ました第四階層。って言っても、これから入口の扉を開こうってところなのだけど。
ここまで幾つか、隠し要素めいたものも発見している。もしかしたらこの階層にだって仕込まれているかも知れないし、ひょっとするとこの階段や踊り場にだって何かしら隠されている可能性もあるのだ。
忙しなくあっちこっちと視線をやる私。
「ミコト様、挙動が不審者のそれです……いえ失礼、考えてみればそれがデフォルトでしたね」
「失敬じゃないかな!? でもだいぶ砕けてきたね! ぼちぼち友だちになれそう?」
「私としては既に友人のつもりでしたが、ミコト様にとってはそうではなかったようですね……残念です」
「いたたた! ちょっと、そういうのはズルくない!?」
平凡なメイドAさん(偽物)と、そんなじゃれ合いめいたやり取りをしつつ緊張を解したなら、扉を開かんとノブに手をかける。
そうして、いよいよ開かれた扉。果たしてその向こうに広がっていた光景とは……。
今週も誤字報告感謝です!
……って、最近あんまり届かないのですけどね。どうやら私もついに誤字を克服したらしい。
なにせ一五〇〇話台も半ばを過ぎてますし、そろそろ誤字も出尽くしたでしょう。
寝ぼけて書いた文章とか、糖分が足りずに書いた文章は流石にちょっぴり怪しいですけど……大丈夫。きっと大丈夫。
まぁ、何か見つけたなら教えていただけると助かります!