第一五五七話 何を作っているの
篩の迷宮R、心の試練、雑居ビルダンジョン第三階層。
足を踏み入れたそこは、この世界においてこれまでに見たどんな場所とも異なっており。
おおよそ人型に近いモンスターたちが、ロボットと思しきものを研究したり組み立てたりと、熱心に作業へ取り組んでいる研究室フロア、とでも呼ぶべき階層となっていた。
今のところ、どうやら私たちへ襲いかかってくる様子は無さそうであり、なんなら理知的にすら見える。
であれば今度こそ、もしかしたら会話が成立するかも知れないと。そんな期待を胸に、背後でAさんが見守る中、ロボットの組立作業を行っているモンスターの一体に、そっと声を掛けてみた。
「ごめんください。ごめんください。精が出ますね、少しお話うかがってもよろしいでしょうか?」
「…………?」
お、顔だけこっちに向けた。爬虫類寄りの、なかなか厳つい顔立ちである。眉間に寄った皺は、不機嫌から来るものなの? はたまたそういう顔立ちが故なのか。正直判断が難しいところだけど……心眼が封じられていて不便である。
して、たしかに私やAさんを視界に入れた彼だか彼女だかは、ふんと鼻息を一つ。顔を機体の方へ戻し、手を動かしながら何やら喉を震わせ音を発した。
……もしかして今のが言葉だったりする? 正直なんて言ったのかさっぱり分からなかったのだけど。知らない言語を聞いたときの感じによく似ている。
「あー……文字が読めなかった時点で予想はしていたのだけど、もしかして使用言語からして違うのかな?」
「普通に考えてそうでしょうね。メモメモ」
「そっか……でも頑張れば会話が成り立ちそうな相手ではありそう。攻撃衝動を抑えているようにも見えないし、もしや大発見なのでは? 或いは迷宮の生み出したフィクションなのかな?」
ちゃんと言葉さえ通じるなら、色々と得られる情報もあっただろう。
っていうか、モンスターの中には僅かなれど人語を話すものもあり。こうなるとむしろ、彼らが何処でそれを学んだのか気になるところだ。
人間との交流があったのか、はたまた戦っているうちに覚えたのか。喉や舌の構造だって異なるだろうから、発話にだって苦労しそうなものだしさ。
それで言うと念話を使ってくるモンスター、なんてのももしかしたら居るのかも知れない。使えるけど使わない、とかありそうだし。私だって普通の人相手に念話を繋げたりはしないしね。っていうか仕様の関係上できないともいう。
ともあれ、どうやら本当に戦う意思というのは無さそうだ。言葉が通じないこともさして気にすることなく、また黙々と作業してらっしゃるもの。
ひょっとすると話しかける相手が悪かったのかと、その後もいろんなモンスターに声を掛けてみたけれど、反応はどれも似たりよったり。モンスター同士は普通に話せてるっぽいのだけどね……そこはかとない疎外感を感じる。
あと、フロアを見て回るうちに知的欲求がグイグイ刺激されて、正直堪らないのだけど。
「いっそここに居るモンスターを何体か拉致って帰るとか……どうかな? どう思う?」
「いたたた……ダメだと思います」
「そっか……」
調べたいことは山ほどあるのだけど、一応ここは心の試練。チームミコバトのメンバーたちだって今頃は、同じように試練を受けている最中のはず。この場に留まってあれこれ気が済むまで調査! ってわけにも行かないのだ。
だったらここにある物とか、ここに居るモンスターをある程度拝借して、落ち着ける場所でじっくり調べるとかしたら良いじゃない。って、思ったんだけどな。
しかしAさんがダメって言うならダメなんだろう。非常に残念なのだけど……やっぱりこっそり持ち帰るとか出来ないかな……? 端っこをちょっと千切ってさ、そっとバッグに放り込んでおけばバレないかも。
「ミコト様」
「あひゃい! まだ千切ってないです!」
「何の話ですか……っていうか何をしようとしていたんですか」
「なにも! 或いは思いつく限りの何もかもを!」
「マッドサイエンティストか何かですか……」
ジトーっとした目を向けてくるAさん。本物ならこんな顔はしないはず。
ってことはもしかしなくても、彼女は私を監視するって役目を担っているのかも知れない。
っていうか、PTメンバーって割に今のところAさんって、コンビニのお会計以外何も役立ってないよね。
何かしら活躍の場があるはず。私は彼女を活かしきれていない気がする。
「例えばAさんって、あのモンスターたちが言ってる言葉とか、ここに置かれてる書物の内容とか、理解できたりしない?」
「! ……どうしてそう思ったのですか?」
「Aさんがあまりに役立たずだから」
「いたたたた……もう少し歯に衣を着せていただけませんか」
「こりゃ失敬」
ストレートな物言いに動揺したのか、はたまた図星を突かれて驚いたのか、腕輪から痛みが走ったらしいAさん。
腕輪をつけた腕をいたわるように擦りながら、疲れたように口を開く。
「実を言うとおっしゃるとおり、僅かにですが私には彼らの言葉が理解できるようです」
「へぇ、何処で学んだの?」
「記憶に御座いません」
「じゃあ天才だ!」
「動揺は?」
「べつに」
何処で誰に教えてもらったわけでもないのに、なんとなく感覚的に理解できる、なんてのはゲーマーならだいたい体験したことのある感覚だもの。まぁそれに関しては、他のゲームで似たような操作方法やUIが使用されていたから、なんてのが理由の大半なのだけど。
Aさんの場合はそれがたまたまモンスターの言語に適用された、みたいな感じなんじゃないかと。知らんけど。
もしかすると何かしらのスキルが機能したのか、或いはスキルが発現する兆し、なんて可能性もある。【モンスター言語理解】みたいなさ。
私も頑張ったら覚えられるのかな? でも覚えられるのだとしたら、とっくにソフィアさんに強要されているだろうから、そんなスキルは存在しないって可能性も否定できないね。
まぁ何にせよ、Aさんが僅かだろうと彼らの言葉を理解することが出来るってんなら、通訳をお願いしようじゃないか。
えっと、何から訊こうかな。
「それならAさん、彼らは一体何を作ってるのか訊いてきてくれる?」
「メモメモ……かしこまりました」
済ました顔でそのように了承した彼女は、つかつかと作業中のモンスターへ近づいていき、その横顔へ拙いモンスター語で身振り手振りも交えつつ質問を投げかけたのである。何かわちゃわちゃしてて可愛いな……。
一方で問われたモンスターの方はと言えば、何やら困ったような、それでいて面倒くさそうな様子でボリボリと頭を掻き、Aさんが聞き取りやすいようにだろうか、ゆっくりと丁寧なモンスター語で返答。
なんだか微笑ましいような、それでいてムズムズするようなやり取りを交わし、最後に丁寧な一礼をしてこちらへ戻って来るAさん。渾身のドヤ顔が眩しい。
「訊いてきましたよ! もう役立たずとは呼ばせません!」
「あ、気にしてたんだ。ごめんね……それであのモンスターさんは何て?」
「あの方のお話によりますと、どうやら……」
小さく間を置き、心做しか表情を引き締めて、彼女はこう続けた。
「『モンスター』を、作っているそうです」
「…………ほぉ、詳しく」
何やら強烈に興味深い返答じゃないか。思わず仮面の下で、口角が上がってしまった。
対し、動揺を見せないことが意外だったのか、やや困惑したふうに一瞬眉を歪ませ、されども気を取り直して話を続けるAさん。
「先にも述べましたが、私も完璧に彼らの言葉が分かるわけではなく、断片的に意味を読み取っているに過ぎません。ですから私の解釈が間違っており、誤った情報をお伝えしている可能性もありますが」
「なるほど。留意した上で聞くよ」
Aさんの通訳は完璧ではなく、もしかすると誤訳だったり、言葉の一部だけを半端に理解したことから生じる、変な勘違いのようなものも混ざってしまうかも知れない。
そうした可能性をきちんと理解した上で、私はAさんの話に耳を傾けた。
果たして、彼らの作る『モンスター』とは一体……?