第一五五四話 馬面千円
雑居ビルダンジョン、第二階層。
Aさんによれば、この階層からがいよいよ本格的なダンジョン攻略となるらしいのだけど、ここへ至る道というのもまた少し独特で。
第一階層がコンビニだったこのダンジョン、次の階層へ向かうための上り階段へは、なんと一度外に出なくちゃアクセスできないらしく。なんならこのコンビニフロア、最初からスルーすることすら可能だったのだとか。どこまでも特殊なダンジョンである。
して、コンビニ脇に設けられた狭く小汚い階段を登り、正面に現れた鉄扉を開いてみれば、そこがどうやら第二階層。
チラリAさんへ視線を向けてみると、草をもしゃもしゃしながら頷きを返してくる。先程までキャラ崩壊寸前だったが、どうやらペースを取り戻しつつあるようだ。
意を決し、警戒も厳に鉄扉を押し開く。……開かない。引くタイプのドアだったようだ。
ノブを引っ張り、そのままドア板ごと身を引いて、壁とドアの隙間にイン。かくれんぼとかすると地味にバレないあのスペースから、そっと窺うのはAさんの様子。
前を遮るものがなくなり、彼女にはフロアの様子がガッツリ見えているはずだ。もしも扉の奥にモンスターがいたとすると、目をつけられるのは彼女で間違いない。
そうしたシチュエーションのもとにあって、Aさん(偽物)は一体どういうリアクションを見せてくれるのか。ちょっと興味がある。
「? ミコト様、何を遊んでいるんですか。ダンジョン内なのですからちゃんとしてください」
「あ、はい……」
普通に苦言を呈されてしまった。正論すぎて何も言えねぇ……。
まぁでも、彼女の様子からしてモンスターの待ち伏せなんかは無かったものと見て良いのだろう。
そう思い私もフロア内へ目を向けてみると。
「あぶねっ」
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだと。そんな有名な言葉があるけれど。まぁ、ガッツリと目が合ってしまったよね。
馬面である。所謂馬頭ってやつだろうか。二足歩行に対応するように進化した馬、と言われたならそれはそれで納得しそうなフォルムの異形。それも見上げるほどにデカい。
そいつがヌッと、こちらを上から覗き込んでいるのだ。危うく動揺しそうになっちゃったよ。
けれどそこは、日頃の鍛錬が活きたのか、はたまた積み重ねた戦闘経験がゆえか、身体がビクッと強張るよりも先に月日を抜刀、奴の顔面を斬りつけていた。これが脊髄反射ってやつなのだろうか。
「ああごめん、びっくりして斬っちゃった。心の試練のモンスターなら、ワンチャン人語とか分かったりする? 話せそう?」
「~~~~っ!!」
「だめかぁ……じゃぁ斬り殺すね」
「ひぇ……」
何やらAさんが青い顔をしているけれど、気にせず愛刀を振り回す私。
コンビニで買った武器じゃなきゃダメージがまともに入らない可能性、というのも考えてはいたのだけど、幸いにしてそんなことはなかったらしい。
あれよあれよと馬頭を黒い塵へ還してやったなら、なんとその場にひらりお札が一枚落ちたじゃないか。千円札だ。
「こいつ、千円札をドロップした……!」
「紙幣ですね。簡単に傷んでしまいそうで恐ろしいです」
「まぁこっちじゃ硬貨が主流だものね」
この世界でお金といえば、金貨や銀貨などの硬貨が一般的。何処かの国では紙幣が用いられているとか聞いたことがある気もするけれど、Aさんが心配するのも何ら不思議じゃないってくらい、紙のお金はマイノリティなわけだ。なにせ耐久性が違うもの。
そんな世界でポロッと千円札をドロップとか、完全に私を意識した仕様だよね。
こうなってくると、他のメンバーたちが臨んでいる心の試練がどんなものか、ちょっと気になってくる。流石にこれと同じようなダンジョンってことはないだろうけれど……。
「まぁいいや、お金を得る方法があるってんならここで稼いでいくのも良さそうだ……ああでも、既存の装備があるのにわざわざお金を稼いで装備やアイテムを調達する必要ってあるのかな? 一定以上コンビニで買物をすることが、隠し要素をアンロックする条件に設定されている、とか?」
そのようにブツブツと考え事をしていると、ここで衝撃的な情報が。
それをもたらしたのは、今しがた私の振るった愛刀月日であり。厳密に言うのなら、そこに宿ったオメガポロックの意思が伝えてきたのだけど。曰く、モンスターを倒した瞬間デバフを受けたような感覚があったとのこと。
幸いにして永続的なものではなさそうだけれど、戦闘を重ねていけば碌なことにはなるまい。
「なるほど、そういう仕組みね。つまりやっぱり装備調達は必要だったと。だけどクレジットカードに頼るのは良くなさそう……なにげに倫理観も問われてる感じかな? 品行方正を心がけていて本当に良かった」
「ツッコミ待ちですか? それはツッコんだほうが良いやつでしょうか?」
「さぁAさん、装備を買いに戻るよ!」
「えー……」
「っていうか考えたらAさん丸腰じゃん!」
「もっと早く気づいてほしかったです……」
早い段階でAさんは偽物だから、放っておいてもまぁ何とかなるだろうと。そんなことを疑いもなく信じていた私。なるほど、これもまた疑う心を抑え込まれた影響の一つか。
そうさ、よく見てみたならAさんは武器どころか、防具らしい防具すら身に着けていない丸腰状態。ダンジョンに似つかわしくないメイドさんスタイル。それはそれで絵になるから、個人的には嫌いじゃないのだけど。
とは言えいくらビジュアルに優れていようと、装備面で弱ければ怪我を負うリスクも、落命のリスクだってぐんと高まってしまうもの。
彼女のためにも装備調達は必須。ってなわけで、私はAさんを伴い第二階層を一旦出ると、第一階層のコンビニにまで引き返してきたのである。
「して、問題はたったの千円で何が買えるかってことなのだけど」
「黒いカードがありますが」
「使いません。交番に届けてらっしゃい……いや私も行こう。交番なんてあるか知らないけど」
取り敢えず先に買い物だ。月日を弱体化させないためにも、武器は必須。意思ある武器のお陰でデバフに気づくことは出来たのだけど、防具に関してはどうなんだろう? どうなんですかチョーカーのカミカゼさん!
え、なに? 自分も一応武器扱いだからわかんない? まじか。
私が首に巻いて久しい、アヤツカミカゼというチョーカー。通称カミカゼ。これもまた意思の宿った装備であり、本来ならアクセ枠に収まりそうなところなのだけど。
ところが念力っていう、攻撃に向いた特殊能力が影響してか、合成系のスキルには武器呼ばわりされる始末。
余談だが、カミカゼは何気に私と一番付き合いの長い意思ある装備であり、ともに育ってきた経緯もあって、今ではすっかり強力な力を得ていたりして。合成によるパワーアップも経ているしね。
おかげで私たちの念力、ちょっとヤバいことになってるよ……!
んでそんなカミカゼは特にデバフを受けた様子もないことから、もしかすると直接戦闘に関わるか、とどめに関わるかした装備にのみデバフが掛かるのかも知れない。
防具の場合は、直接攻撃を防ぐなどしたらデバフの対象になるのかな? だとしたら、回避主体に立ち回ればまぁ平気か。当たらなければどうということもないわけだ。
「……取り敢えずカッターナイフでも買うか。何も無いよりは良いし」
「ミコト様、それは武器……なのですか?」
「武器ではないけど凶器ではあるから、モンスターを殺害することも出来るはず」
「発想がカタギのそれではありませんね」
「冒険者ですから」
カッターナイフでモンスターを殺し回って、お金儲けするのだ。装備を整えるのはその後でだね。
というわけで文房具を陳列しているコーナーからカッターナイフを一つ、予備にもう一つ手に取った私は、「これ買うけど大丈夫そう? 他に欲しいものある?」とAさんに確認を入れ、了承を得た後お会計へ。
すると。
「いらっしゃいませ」
「Aさんが店員さんなの!?」
「バイトです」
「いたたたたた!」
つつつっとレジに入っていったAさんが、手際よくレジ打ちを始めたのだった。
流石に動揺したよね……くそ、なんか悔しい。
どうも、誤字報告感謝です。
ええと、これが投稿されるのが……25日?
ってことはつまり、クリスマスまで一ヶ月!?
ぼちぼち「良いお年を」とか言ってもギャグじゃ済まなくなっちゃうね。
年末に備えなくちゃ!