第一五五二話 出来の違い
篩の迷宮R、心の試練。
特殊な腕輪をつけた上で、なるべく動揺せずにダンジョン攻略を果たす、というのが課題らしいのだけど。
しかしそうした課題の都合上、なんとも驚くべき仕掛けが色々と盛り込まれているらしく。開始早々に登場したAさんや、雑居ビルっていう他に例を見ないような形のダンジョンもそう。なんならダンジョンの聳え立っているこの街並みだってそうだ。
私を動揺させようと意気込んでいる、その熱量が随所に感じられるようじゃないか。
して、そんな雑居ビルダンジョンの第一階層。ダンジョンの外観からも見て取れるとおり、前世で慣れ親しんだコンビニエンスストアが完璧と言っていいレベルで再現されており。店内に足を踏み入れてなお、その印象は変わらなかった。
ただ、まんま前世のそれと同じかと問われたなら、どうやらそうではないらしく。
私のマジマジと観察している、この得体の知れない商品がまさしくその証拠と言えた。
迷宮の作り出した偽物であるAさんなら、何か知ってるんじゃないかと、試しに説明を求めることに。
「AさんAさん、この装備のミニチュアっぽい商品ってなんなのかな?」
すると問われた彼女は、私の指した商品を一瞥し、解説を始めたのである。
「それらはパッケージに封じられた装備アイテムそのものですね。レジで会計を済ませ、開封することで元の姿を取り戻すはずです」
「へぇ~、なにそれ面白い。どういう仕組み?」
「そこまでは知りません」
「なら何処までなら知ってるの?」
「私は物知りなので、大抵のことは知っています」
なるほど、なかなか小賢しい返しをしてくるものである。「物知り」を自称しておけば、この先は私から「どうしてそんなこと知ってるの?」という疑問や疑いを向けられることもない。
だが、私は既にAさんを「迷宮の用意した偽物である」と前提付けた上で思考し、物事を観察しているからね。疑心とは別の形でいろいろと考えている。最たるところは好奇心だろうか。それと探究心。
疑心とは紙一重なれど、どうやらこちらに対する抑止はあまり効いていない様子。或いは効いていてなお、私を抑えられずにいるっていうのか。知的欲求は強力だと聞くけれど、確かにそうなのかも知れない。
それはそれとして、まるでシャーペンのようにパッケージングされた剣や槍って、なんかかわいいな……自分でも再現できると楽しそうなのだけど、どうにか出来ないものだろうか? 帰ったら師匠たちにも相談してみよう。
「ってなるとここは、装備アイテムまで取り扱ってるコンビニってことか。なんか現代ファンタジーって感じで面白いね」
「ミコト様がご存知のコンビニとやらでは、装備は取り扱っていなかったのですか?」
「そりゃね。銃刀法なんてのがある世界、っていうか国だったし」
防具はともかく、剣だの槍だの持ち歩こうものなら、良くて職務質問。悪ければ逮捕である。であれば当然、コンビニに武器だなんて置かれているはずもなし。
しかし、そうであるならばこの異世界コンビニの異質さに、もう少し戸惑っても良さそうなもの。にも拘らず、傍目には平気そうに見える私の様子に、Aさんはいまいち納得がいかない様子。
まぁ、彼女の説明してくれた通り、商品として並んでいるこれらの装備がもとのサイズに戻る様子を見せられたなら、多少はびっくりしたかも知れないけれどさ。
だけど迷宮はこちらを動揺させに掛かっているんだ、っていう事前情報があるんだから、この程度で心を乱すようなことはない。強いて言えば好奇心を刺激された程度である。
「どうやらここで装備を調達し、本格的なダンジョン攻略は次の階層から開始、という設計のようですね」
「それはまた、ものすごく特殊なダンジョンだ」
よもやダンジョンにお店が組み込まれているだなんて、変わった趣向もあったものである。
しかしなるほど、このダンジョンはここで入手した装備で攻略しなくちゃならない……。
いや、待てよ? 普通の装備を使ったらどうなるんだろう? 使うな、とは言われてないし、使ったらヤバいことになる、と言った類いの発言も特に無かった。ただ、ここで装備を調達するって言葉を鵜呑みにし、それを使ってダンジョンを進まなくちゃならないと自然に思い込んでしまっただけ。
一種の思考誘導かな? 油断した覚えはないのだけど、上手く引っ掛けてくるじゃないか。疑ってかかれないってのがここまで厄介だとは……。
「いいね、なんだか燃えてきた……」
「燃える要素が何処かにありましたか……?」
またもや困惑顔のAさん。本物の彼女なら、こんな常識人みたいなリアクションはしないだろうに、まだまだ作りが甘いと言わざるを得ないね。
あ、作りが甘いと言えば。
「ところでAさん、ちょっと腕輪見せてもらっていい?」
「? 構いませんが、何故です?」
「私がつけてるのと見比べてみたくて。もしも私のよりAさんの腕輪のが出来が良かったら、なんだか羨ましいじゃん」
「また子供みたいなことを……」
「いいから見せて!」
「はいはい、どうぞ」
呆れたように手首を差し出してくるAさん。そこには確かに、私が付けているものとそっくりな腕輪が装着されており。
私は注意深くそれと、自身の腕輪とをじっくり見比べてみた。
「はーん……なるほどねぇ」
「? 何か分かったことでも?」
「理解したさ。全てをね」
「! いたたたた」
真に受けて動揺したらしい。どうやらこの偽Aさん、別に心を覗くような能力を有しているわけではないらしい。
ちなみに全てを理解したってのは、単なるデマカセだ。言ってみただけ。言いたかっただけともいう。
まぁでも、「全てを理解した」ってのは大げさだけれど、少しなら新たに分かったこともあった。
私とAさんの付けている腕輪、不自然なくらいに同じものだったのだ。寸分違わぬ同じ品。さながらレベルの高い分身スキルでも使ったかのような、完璧な複製品とでも言おうか。
職人が一つ一つ手作りしたものならば勿論のこと、工場で作られた大量生産品だって、細かな違いってのは生じるものだ。
だと言うのに、ここまで相違点に乏しい二つの腕輪。何らかの方法で複製されたものである、と考えるべきだろう。それもデータをコピペするかのような、高度な手段を用いてのこと。
果たしてそれがスキルによるものか、はたまた迷宮ならではの不思議な力によるものか。それは正直判断のつかないところなのだけど。今頃は恐らく他のメンバーたちも、これと同じ腕輪をつけて心の試練に臨んでいるのだとすれば、やっぱり迷宮の仕組みが作り出した複製品である、と考えるべきか。
迷宮は、全く同じ見た目、同じ能力を持った装備アイテムを量産することが出来る。
そのくらい出来たからと言って、今更驚くほどのことでもない、と言えばたしかにそうかも知れないのだけど。
しかし何がヒントになるとも分からないのだ。一歩一歩足場を固めるように、情報をきちんと受け止めていきたい。
それで言うと、私の冗談に対してAさんの見せた動揺もまた、彼女が偽物であるという根拠を補強する新たなパーツとなり得る。
気分を落ち着かせるためか、慌てて口の中に草を突っ込んで咀嚼しているけれども。なにそれハーブかなにかなの?
まぁそんなことより。
「ところで装備を買おうにも、お金は大丈夫なの? ダンジョン内通貨が採用されてるとかだったりしない?」
「ミコト様、こちらをご覧ください」
「? おや、何やら黒いカードだね」
「先ほど外で拾いました。クレジットカード、と言うそうです」
「大変だ、交番に届けなきゃ!」
「いえ、これで買い物をしましょう」
「おぉ……普通に引いちゃうやつだそれ」
「えぇ……?」
どうもAさんと私、動揺のツボが違ってるみたい。
思いがけない行動で私の心を乱そうという魂胆だったのだろうけれど、他人のブラックなクレジットカードで買い物をしようだなんて、普通に犯罪である。引きますわ。
「Aさん、この世にはやっていいことと悪いことがあるんだよ」
「初手で街を薙ぎ払った貴女がそれを言いますか!」
「Aさんにしてはまともなツッコミ」
「! いたたたたた」
この娘は自分が偽物だと隠すつもりが本当にあるんだろうか……?
どうにも本物を直接コピーした前回と違い、おそらくは私や他のメンバーの記憶を参照して再現したのだろうこの偽物、完成度が低い気がする。ところどころ常識的なんだもの。
まぁでも、余計なことを言って「疑う気持ちを抑え込まれる」ってルールを殊更に利用されても困る。
あくまで偽物であるとは気づいていない体で振る舞わねば。
そんなことより今は、もっとコンビニ内をしっかり物色してみるとしようか。