第一五二六話 シンキング
篩の迷宮探索を明日に控えた休養日。
イクシス邸にてなんやかんやしているうちに日が暮れ、お風呂とお夕飯も頂いたんでおもちゃ屋さんへと帰ってきてみれば。
何やら、サプライズめいたイベントが始まったではないか。
クイズである。オレ姉と師匠たちが、私の知らないところで何かしらやってくれたらしいのだけど、一体何をしてくれたのか当ててみなさいとのこと。
『答えが分かったらまた念話しておくれ』
『りょ、りょうかい』
言って、一旦念話を切るオレ姉。シンキングタイムの始まりである。
チーナさんの通訳により、私たちのやり取りを把握したらしい妖精師匠たちは、ニヤニヤしながらこちらを窺っている。出題者特有の顔。それがわんさかと居る妖精師匠たち全員分並んでるんだから、なかなかに腹立たしい……まぁ怒るほどのことでもないけれど。
それに、クイズはともかくとしても皆が今回行ったその何かしらっていうのは、少なくとも善意や厚意に基づくものである、というのはきっと間違いないのだろう。
だとしたら、それって一体……?
「オレ姉や師匠たちがやった、何かしら良さげなこと……」
「グーゥ」
ゼノワと一緒に首を傾げ、思考をグリグリと巡らせる私。
そりゃまぁ、なりふり構わず当てに掛かれば、このくらいの問題すぐにでも正解できるとは思う。例えば出題者の襟首を締め上げ、「答えを教えろコノヤロウ!」とかさ。物理的チートである。これぞルールブレイカー的所業。
他にも心眼の『狭く深い』モードを用いたりとか、情報を得るべく作業場に踏み込んでみたりとか。クイズって言うより事件捜査にこそ近いアプローチで臨めば、答えにたどり着くための最短ルートを辿ることが出来そうではある。
が、これは一種のお戯れ。子供が鬼ごっこをしているのに、それをオートバイや自動車で追いかけ回す鬼畜も居ないだろう。そんな奴は即逮捕である。
なればここは、戯れの範囲で立ち回るのがマナーというもの。プレイマナーは大事。
「ヒントとか無いの?」
「そんなに難しいクイズでもないんだし、ノーヒントで当ててもらわないと!」
「ねー」
なるほど、そんなに難しいクイズではないそうだ。ノーヒントで当てられて然るべき、と。それがヒントだね。
他にも、既存の情報を軽く整理してみよう。
「オレ姉と言えば最強装備の尻尾アラカミと、ゼノワの新型舞姫を主導して作ったんだよね。関わりがあるとすればそこら辺かな……?」
「ガウガウ」
「そうだね、取り敢えず出してみようか」
難しいクイズではない、という言葉に従い当然の思考として、オレ姉の手掛けた作品を取り出し観察してみることにする私たち。
ストレージよりアラカミと新型舞姫を、手近なテーブル……いや、アラカミはサイズがサイズだからね。床の上にゴトンと置いてみる。
すると。
「ん? あれ……?」
「ガウラ!」
私もゼノワも、すぐに違和感を覚えた。
なにせよく見知った武具である。何なら体の一部と言ったって過言ではない、得物たる代物。それにアラカミも舞姫も、メカメカしくてゴチャッとしたフォルムが格好良く、何気ない瞬間視界に入れては、ニヤッと口元が綻んだりするわけで。
そのくらい視覚的にも親しみのあるアイテムに、些細だろうとも変化があればそりゃ気づくだろう。
「なんか、色違ってない?」
色っていうより、反射の具合と表すべきだろうか。
金属パーツに跳ねた照明の光が、以前と異なる変化を見せているように感じられてならないのだ。
そしてそれは、ゼノワにとっても同様だったようで。魅入られたように目をキラキラさせ、じっと舞姫を観察している幼竜。くそ、可愛いな!
ってゼノワのリアクションにニヤついてる場合じゃない。
「微妙な変化だけど、ちょっと違うよね……?」
「ガウ!」
確認するように問いかけてみれば、間違いないと同感を示してくれるゼノワ。びゃっと小さな両手を挙げ、臨戦態勢のレッサーパンダみたいになってるけど、流石にあざといぞ。
さておき、この変化が一体何を意味しているかって話なのだけど。
「わざわざ色だけ塗り替えたとも思えないし、そもそもそんなに大げさな変化でもない。なら何かしら、塗替え以外に手を加えたのは間違いないはず」
喩えて言うなら、世界一有名なサンドボックスゲーム。あれに登場するツールにエンチャントを施した時の変化、がイメージに近いだろうか。ちょっと特別感あるよね。
だとするとアラカミや舞姫にエンチャントが? ああいや、エンチャスキルなら別にあるしね。永続的でなく一時的なやつ。バフスキルの一種だ。見た感じそれとは全く別物っぽいし。
「具体的に何をしたと思う?」
「鑑定していい?」
「ダメ」
「グルー」
ダメ元で鑑定スキルの使用が可能か確認してみたけれど、やっぱりルール違反に当たるらしい。が、鑑定を使わずとも察せられる内容である、というヒントは得られた。
それにしても「何をした」か。当然色を塗り替えた、なんて単純な話ではないのだろうけれど、一応確認しておく。
案の定違った。
「そんな見た目だけ変わるようなことでアタシたちが満足するはず無いじゃん」
「む。オレ姉やみんなのことだから、特殊な塗料を塗ることで新しい効果を付与する、みたいなことをやってきてもおかしくないなって思ったんだけど、見当外れだったか……」
「なにそれ面白そう!」
おっと、新しいアイデアを提供してしまったみたいだ。そのうち実用化されそうな予感がする……。
しかし裏を返すと、今は未開発ってことだ。塗料路線でないとするなら、何だろう。
「何か新しいコマンドで機能を追加……いや、それだと色が変わる理由に説明がつかないか」
「ギャウンガ!」
「合成? 合成か……あ」
ハッとしたようにゼノワが、合成を用いたんじゃないかと思い付きを口にする。
それを聞き、一つ思い当たることがあった。
「もしかして【素材合成】でなにかやった?」
「!」
塔の探索を行う過程で発見された、新たな合成系スキル。
その存在は合成装置にて明らかになってこそいたけれど、なかなか発見にまでは至らなかった稀有なる存在。
が、近頃になってポポンと二つほど手に入れる機会があり。それらは物欲しげにしていたモチャコと、それからトイに使ってもらったのである。
チームミコバトメンバーが素材合成なんて使っても、ほぼ役に立てられないのは火を見るより明らかだったし、素材収集能力に関しては工房組よりも師匠たちのほうが優れているしね。
まぁでも、流石に素材合成だなんて汎用性の高いスキルとなれば、欲しがる師匠たちは多く。
結果として勃発したのが、ロボを使った争奪バトルだ。トーナメント戦である。
スキル獲得希望者による、おもちゃ屋さん史上稀に見るような大会。
激戦の末にそれを制したのが、モチャコとトイだったってわけで。私もコーチング、頑張ったよ……。
まぁそれはさておき。そんなこんなで素材合成スキルは既に、手元に存在しているわけだ。それを用いて何かしたんじゃないか、というのは随分しっかりと的を射た考えのように思える。
「何かってなにさ?」
「そりゃ、より高度な素材への差し替え、みたいな……いや、素材選びには開発当時から拘ったし、だとすると……」
「グー」
アラカミと言えば最強装備における、重要なパーツの一つ。当然それを作成する過程では、素材にもものすごく拘り、厳選作業に一切の妥協はしていない。
そんな素材と差し替えるだなんて、果たして皆がそれを良しとするだろうか? 決して簡単にGOサインが出るようなことではないはず。勿論ゼノワの舞姫についても同様だ。
であるなら、どんなふうに合成スキルを活用したんだろう?
そも、武器に使用されている素材を強化する場合に用いられるのは、武器合成スキルだった気がする。素材合成側でも出来るんだっけ?
何れにせよ、ちまちまと良さげな素材を合成しまくって能力の引き上げを行った、とかそういうことだったりする?
メタ読みにはなるけど、皆の自信あり気な表情からして、そんな地道な内容ではないと思うのだけど。
そうなると……。
「新素材の開発?」
「おお!」
どうやら、手応え有りか。