第一五二二話 VSガシャドクロ 二
廃屋のダンジョンが最奥、ボス部屋。
いよいよそこへ踏み込んだアリエルたちの前に立ちはだかったのは、山程もある巨大な人骨であり。名をガシャドクロという強力なモンスターだった。
頭部に核を収めていると当たりをつけ、まだ警戒のゆるい序盤戦、一気に攻撃を浴びせかけてはみたものの。
しかし残念ながら核の破壊にまでは至らず、ガシャドクロの撃破は成らなかった。
ばかりか、ダメージは瞬く間に再生され、警戒を強くしたガシャドクロ。攻略難度は一段引き上がったものと見て間違いないだろう。
あまり好ましくない状況を前に、表情を曇らせるアリエル。
どう攻めたものかと思案する彼女を余所に、他二人はと言えば。
「大丈夫、再生力にだって上限はあるからね」
「削り続けてれば、いつかは倒せるのだ」
特に悲観した様子もなく、冷静な間合い管理と確実な回避を続け、アリエルへと助言すら飛ばしていた。
だが、彼女たちの言い分はなかなかに強気なものであり。
「それまで私の体力が持てばいいけど……ううん、こういう所がまだまだ未熟なんだ」
口からポロリとこぼれ出た弱気に、すぐさま内省するアリエル。
実際問題、いま現在はまだ体力的にも魔力的にも余裕を保つことは出来ているけれど。しかし気の抜けないボス戦が長引いてしまえば、想定以上の消耗に苛まれる恐れもあり。それに鑑みると、敵が再生しなくなるまで殴り続ければいい! なんて脳筋戦法は、アリエルにとってあまり好ましいものには思えなかったのだ。
だが、そんなふうに感じてしまったのは、裏を返せば彼女が自身の体力や魔力量に不安を抱えているからこそであり。つまりは未熟の証左であると。
そう思い至り、アリエルは自身を不甲斐なく思った。脳裏を鍛錬に取り憑かれた仮面が横切っていく。
さておき。戦況は膠着状態の様相を見せ始め、頭部の守りを堅くしたガシャドクロは防御に重きを置きながらも、雑に手足を振っただけで十分な質量攻撃となる。が、当たらない。
なんとも不格好な一進一退。双方ともに攻めあぐねる状況。
アリエルPT側は言葉の通り、頭部に限らず攻撃を浴びせ、ダメージ稼ぎを続けているけれど、ゴールは果てしなく遠い。効率などとは真逆のムーブである。これでは本当に、アリエルの懸念通りバテてしまう方が先かも知れない。
片や攻撃が当たらずもどかしい。片やゴールが見えずにもどかしい。
そんな互いにとって好ましくない状況の中、先に痺れを切らし一石を投じたのは、ガシャドクロ側であった。
「! なんか出てきた!」
火を見るより明らか、なんて表現があるけれど。その変化は火を見るほどに明らかであり。
ガシャドクロの周囲、ふわりふわりと突然に、紫色の火の玉が幾つも幾つも浮かび上がったのだ。
大きさはバスケットボールほどもある、結構なサイズ感。迫力すら帯びるそれらは、大きさに飽き足らず形状にも凝ってみせた。
鬼である。鬼の頭をかたどったかの如き恐ろしい姿へ化けた、大きな火の玉たち。それらがアリエルたちを睨みつけ、勢いよく襲い掛かったのだ。
「眷属とか手下とか取り巻きとか、そういうやつなのだ。ボスの中にはこういうのを出してくるやつが偶に居るのだ」
「大抵は出てくる前に、親玉をさっさと倒しちゃうんだけどね」
「それは師匠たちがおかしいのだ。普通に戦ってれば普通に出てくるものなのだ」
鬼の頭を模した火の玉たち、正しく鬼火とでも呼ぶべき彼らの攻撃手段は、単純な体当たりの他、火炎を吐いたり小ぶりな火球を飛ばしてきたりと、意外に脅威となり得るものが多く。
なにせ火である。威力云々以前の問題として、触れれば火傷を負うし、シンプルに熱い。生物として火に対する根源的な恐怖もあり、到底捨て置くようなことは出来ないわけである。
かと言って、これらにばかり気を取られていては、ガシャドクロに押しつぶされてペシャンコ、という末路もあり得るわけで。
「うー、ちょっと厄介」
「火の玉だから、直接斬りつけるには面倒な手合かもね」
「かと言って、スキルを使うとそれだけMPが減るのだ」
そう、鬼火たちは攻撃も厄介だが、それらを撃退する方法にも工夫が要るために、尚更アリエルたちは手を焼いていた。
当然ながら直に触れるというのは極力避けたいところ。火傷の危険性がある他、衣類への引火もあり得る。直接攻撃はそれだけでリスキーだ。
けれど魔法や装備の特殊能力などに頼ろうとすれば、それもまた余計な消耗を強いられることになり、ガシャドクロとの戦闘を不利にしてしまう。
八方塞がりと言うほど絶望的な状況ではないにせよ、いやらしい攻め口に苦戦を強いられるアリエルたち。
「私がヘイトを集めて、まとめて相手してもいいけど」
「それだとガシャドクロへの攻撃が薄くなっちゃう……」
ミコトが自らにヘイトを集めさせる、所謂タゲ取りを行い鬼火の相手を引受けてもいい、との提案を投げかけるも、しかしアリエルの表情は晴れず。
ただでさえガシャドクロへの攻撃は足りていない状況なのだ。ミコトが鬼火への対処に回れば、一層火力面で不足を抱えることになってしまう。
だが、だったら他にどうすれば良いのか。良案が思い浮かばず、頭を抱えたくなるアリエル。
結果として彼女が打ち出した方針は。
「取り敢えず現状維持!」
下手に状況を動かさず、一旦全体を俯瞰しようと。つまりは様子見という選択を取り、極力状況の悪化を避けるようにとの指示を出すアリエル。
これを受け、ミコトもフゥクスも戦況を安定させるよう努めた。即ち、ガシャドクロへの攻撃は幾らか手数を抑えつつ、鬼火を低リスクであしらえる立ち回りを模索したわけだ。
極端な話、努めて間合いへの侵入を避け、射程外での立ち回りを意識してやるだけでも、被弾のリスクというのは大きく軽減することが出来る。
この状態で相手の動きを観察し、クセを見抜き、逆に自分たちから差し込める手を見つけられたのなら、安全を確保したまま一方的にダメージを稼ぐような事も可能になるだろう。
現状維持との指示に従いながらも、有利な立ち位置に収まるよう小細工を怠らない。この点はアリエルと彼女たちの間にある、明確な経験の差と言えた。
「だんだん慣れてきた……! これなら対応できる!」
ミコトやフゥクスたちに倣い、自身もまた雀の涙程度でこそあれ、安全かつ着実に敵のHPを削る手段を見出し、それを実践しつつ広い視野で全体を見ていると。
少しずつ、敵の動きにも慣れてきていることに気づいた。敵が有するスキルの種類を知り、取れる行動を知り、攻撃方法、移動速度、間合いの取り方など、様々な情報を得る過程で「驚き・戸惑い」というものがだんだんと鳴りを潜めていったのだ。
既知でさえあれば驚くこともなく、相手の行動を想定に入れた上で動くことが出来る。
アリエルたちはリスクもコストも小さく抑えつつ、時折鬼火を間引きながらガシャドクロへの攻撃を継続した。
結果、累計ダメージ量は着実に積み上がっていき。
それはやがて、とある事態の引き金へ指をかけることへと繋がったのである。
「あ。本気モードくるかも」
「え」
「うへぇ、厄介なのだ」
ここまで、派手さというのは今ひとつ欠ける内容でこそあったけれど、新人の指揮によるものとは思えない安定した戦いぶりにて戦闘を進めてきたアリエルPT。
だが、敵はダンジョンボスであり、取り巻きすら呼び出すような手合である。
なればこそ、それは必然とも言えた。
本気モード。第二形態。発狂。激怒。変身。
呼び方は様々なれど、とどのつまりはギアを上げたという話。低コストでゆっくりと敵を倒す作戦から一転し、高コストを支払ってでも敵を捻り潰してやろうという、多少の痛手も顧みない覚悟を決めた状態への突入。ガシャドクロが見せたのはそれである。
先ずもって生じたのは、鬼火たちの火力が見るからに膨れ上がり、サイズも一回り増すという変化だった。顔も一層強面になっただろうか。
無論、見掛け倒しで済むはずもない。動きはこれまで以上に速く激しく、強い殺意が感じられるものへ。
そして、取り巻きが猛攻を仕掛けている背後。
親玉であるところのガシャドクロにもまた、大きな変化が見られたのである。