第一五一五話 伸び盛りのアリエル
廃屋のダンジョンにおけるファーストエンカウントを無事切り抜け、グールたちが黒い塵へと還るのを見送った私たち。
ほっと息をつき、フゥちゃんたちの元へ歩み寄ってみたなら、アリエルちゃんがすぐに声を掛けてきた。
「マッスンありがと。大丈夫だった? 怪我はない?」
「そりゃ大丈夫だけど。それより二人の方こそ、想像以上に鮮やかなお手並みだったね。特にアリエルちゃん」
「まぁね。私もこれで結構苦労したんだから」
やや照れたように、それでいて誇らしげに微笑む彼女。
結構苦労した、というのは言葉の上でこそたったの一言だけれど。しかし手際の良さを得る為に費やした労力というのは、決して生半可なものではないだろう。私も鍛錬をライフワークとする者なれば、それがよく理解できた。
ましてアリエルちゃんは、ついこの前までちょっと魔法少女に変身できるだけの、ただの女の子だったのだ。
変身できるようになったのだって、それほど前の話でもない。そんな子が、件の魔法少女の力すら用いず手際よくグールを始末できるようになるだなんて、尋常な出来事であるはずがないのだ。
そりゃ才能も確かにあったのだろうけれど、弛まぬ努力や優れた環境、効率の良い研鑽など、様々な要素が彼女の成長を支えているのだろう。
「アリエルちゃんはとにかく地頭が良いのだ。だから苦戦するたびに色んなことを学び取って、ぐんぐん成長するのだ」
「なるほどなぁ。特に今は伸び盛りって感じ?」
「それだけ知らないこととか、認識の甘いことが多いんだよ。経験が溜まっていけば、今みたいに学びもスムーズにはいかなくなると思う」
「なんだか達観してるのだ……」
フゥちゃんの評価に対して、てっきりもっとデレッとするかと思いきや、存外に見解はシビアでストイック。
しかし実際、尤もではあると私も思う。少し前までは一般人にカテゴライズされていた女の子。そうでなくたって、冒険者資格に年齢制限で引っかかり、取得が許されない程度の幼さである。そんな彼女は、知らないことがたくさんあって当たり前。毎日が新しい発見の連続なのだ。そりゃ、伸び盛りってのも当然の話ではある。
少し言い方を変えるのなら、今はアリエルちゃんっていう人間を構成するために、色んな情報や経験をもりもり取り込んでいる時期なんだ。気づきの多くが彼女の糧となる。
けれど、ある程度「未知」を排除してしまったなら、固定観念ってものが形成され、多感な時期は過ぎ去ってしまうのだろう。新鮮な驚きはめっきり減り、どんなことにだって既存の知識からとっさに推察を当て嵌めるようになる。驚きにくくなり、感情も動きにくくなる。人はそれを「大人になる」だなんて言ったりするけれど、私にはそれが何だか、惜しいことのように思えてならない。
まぁでも、アリエルちゃんの地頭が良いのは事実だし、私たちチームミコバトの一員として行動していたなら、何でもかんでも知ったつもりで行動することの愚かさってものが、度々痛感できるはずだから。
それに鑑みれば、彼女が知的好奇心を失い成長を止める、という事もそうそう起こり得ることではないように思えた。
何にせよ、未来がどうあれ現在の彼女は、成長が早い反面、未熟な部分が多いことをも意味しており。
私はフゥちゃんとともに、そんな彼女を精一杯フォローせねばならない。
「それより、まだまだ探索は始まったばかりなんだから、どんどん行こう。マッスン、罠の警戒お願いね」
「あいよー」
再出発を促す彼女に応じ、歩みを始める私たち。
探索はまだ、始まったばかり。
★
なんやかんや、探索を始めてからそれなりに時間が経った。って言っても、一時間弱くらいか。
ここまで、丁寧に探索を進めつつアリエルちゃんの成長ぶりに、度々驚かされてきたものだけれど。その過程で当然、彼女の戦いぶりってものをじっくり眺める機会もあり。
以前は杖を手に、後衛に務めていた彼女が、今は打って変わって当人の述べた通り、中衛で見事な立ち回りを見せている。
先ず、地味に驚かされたのは彼女の体力だ。大きく呼吸を乱すこともなく、それなりの運動量をこなしており。ダンジョン内を歩き回るだけでも、幼いアリエルちゃんの身体には負担だろうに、それをものともしない様子には感心する他無い。
曰く、地道な走り込みなども毎日こなしているのだとか。勿論リアルでの話だ。その成果がこうして目に見える形で反映されているのだから、一朝一夕のことでないのは間違いないだろう。
して、気になる戦いぶりなのだけど。
アリエルちゃんは視野が広いと言うか、良く周囲を見ていると言うか。状況判断能力に優れており、彼女のスキル運用は効率性に長けていた。必要な場所、必要なタイミングに、必要なだけの魔法を的確に撃ち込む。命中精度も悪くない。少なくともノーコンの聖女さんより既に上等である。
また、接近された際に繰り出されるツインダガーの扱いも、なかなかどうして様になっており。実戦にて磨かれた技術には、マスタリースキルによる無駄の少ない身のこなしも然ることながら、敵を効率的に倒さんとする彼女の独自性も垣間見えた。
ただ、如何せん経験の浅さから、想定が甘い部分も端々に見られ、そこを突かれて慌てるようなシーンも偶に。
とは言え、戦闘力で言えば恐らく、既に一端の冒険者と然程遜色のないレベルには来ているんじゃないかと思う。
まぁ、一般冒険者の人たちが、命がけで身につけた技術が、この短期間で追いつけるほど薄っぺらいはずもなし。細々とした部分で言うならまだまだ未熟と言わざるを得ないのだけど。とは言えポテンシャルは十分に過ぎる。少しの指摘でぐんと動きが良くなる、その飲み込みの早さも驚異的。フゥちゃんが絶賛するのも当然だと思った。
そんなアリエルちゃんだが、ふと「マッスン、そろそろツインダガーのお手本が見たい!」との要望を投げてきて。
ここまでは、先ずアリエルちゃんの実力が見たいからと観察に徹してきたわけだけれど、確かにそろそろ頃合いではあった。
次に手頃な相手が居たなら、私が相手をするってことで話を進め、そうして今に至る。
見つけたのはスケルトン系のモンスターである、リーパー。大きな鎌を持ち、ボロ布を纏った死神の如き姿の怖いやつ。数は二体。
私の構えるダガーも二本だからちょうどいいね。ってバカヤロウ。
普段なら当然、わざわざ数的不利を背負ったりはしないのだけど。しかし今回はアリエルちゃんへアドバイスっぽいこともしようと思ってるため、彼らにはお付き合いいただくとしよう。出来ればお手柔らかにお願いしたいところだけどね。
二体の骨を前に、勇ましく構えを取る私。得物はレンタル装備のツインダガー。品質はまぁ、可もなく不可もなくと言ったところか。
「んじゃ、やるよー」
「学ばせてもらいます!」
気負いはなく、緊張もなく。戦闘開始を宣言してみたなら、後ろから届いたのはいつになく真面目なアリエルちゃんの返事。
こりゃ、格好悪いところは見せられないね。
などと気を引き締めた矢先、早速大鎌を振るってくるリーパーたち。だが、如何せん大柄な武器であるため、回避自体は然程難しくもない。
軌道をしっかりと見極め、ひらりひらりと避けながら言葉を吐く。
「今回は初歩的なところで、『後隙』ってものについて解説を交えていこうかなって思うよ」
「レクチャーもしてくれるの?!」
「師匠、喋りながら戦って大丈夫なのだ?」
「大丈夫じゃないけど、偶には師匠っぽい事もしておきたいからね、ちょっと頑張ってみる。良い子は真似しないように。やるなら念話でね」
「「はーい」」
今のところはダガーを用いず、身のこなしだけで攻撃をいなしている私。
リーパーたちの動きの中に、苛立ちの感情を見て取って、直ぐにでも攻撃が激しさを増すことを予感。
その前に、私は奴らを突き飛ばすように蹴りつけ、強引に距離を取らせた。
得物を構え、腰を落として睨みつけてみれば、こちらの殺気でも感じ取ってくれたのだろう。警戒したように動きを止める二体。
良いね、空気を読んでくれている。
では改めて、指導の真似事でも始めてみますか。