第一五一四話 囮と待ち伏せ
「んお、敵だね」
探索開始から少し。
ふと私のこぼした言葉に、ピタリとアリエルちゃんやフゥちゃんの足が止まる。
ここは廃屋のダンジョン、その通路。イクシス邸ほどではないにせよ、それなりに広く設けられたそれは学校の廊下を彷彿とさせる幅と長さがあり。されども寂れて小汚い様子から、廃校舎と言ったほうが相応しいのかも知れない。
ダンジョン内を不自由なく灯すいつもの謎光源は、雰囲気づくりのためだろうか、いささか薄暗く設定されており。それも相まって不気味な雰囲気を演出していた。
が、二人はそれに臆することもなく。敵の気配を捉えた私へ、アリエルちゃんが冷静かつ短く問うてくる。
「どこ?」
「このまま道沿いに進んでると、数分以内に遭遇するかな」
我ながら、なかなかの索敵能力。ダンジョン探索において索敵と罠看破は必須技能だからね、限られたスキル枠を潰してでも取っておきたいわけだ。
そう、今回の探索でも持ち込めるスキルの数、というのには予め縛りを設けてあり。個数としてはアリエルちゃんのそれと揃えることにしてある。
幸いにして、そのアリエルちゃんは急成長によりスキルの所持数を増やしているため、斥候系のスキルを採用したとて然程の痛手にもならない。
が、その反面、敵として出現するモンスターの脅威度というのも、以前臨んだ初心者用ダンジョンとは比にならないため、その点には十分注意が必要なのだけど。
「安全に戦えそうな場所ってある?」
「それならちょっと先に、開けた場所があるのだ」
「じゃあそこで戦おう」
当然、私だけで斥候系スキルを賄っては負担が大きいということで、フゥちゃんにもそっち系のスキルを抱えてもらっている。
ぶっちゃけたことを言うのなら、精霊術の修行に力を入れた副産物的に、以前より自身の周辺情報を感じ取る力、というのが大きく増しており。それを駆使すればスキルに頼る必要もないのだけど。それはちょっとルール違反めいているため、ちゃんとスキルを取り、フェアを心掛けているきらいはある。まぁ、無理に拘るほどの事でもないのかも知れないけれど。
さておき、注目すべきはアリエルちゃんだ。スムーズな情報確認と判断。直ちに足を早める私たち。兵は拙速を尊ぶってやつだね。
そうして程なく、フゥちゃんの言う「開けた場所」に出た私たち。
どういった目的で拵えられたのかはわからないけれど、部屋ってわけでもないのに、小広く設けられたスペース。多目的ホールってところだろうか。ここがもし廃屋でなかったなら、結構な豪邸だった可能性すら窺わせるね。って、どのみちダンジョンに豪邸もへったくれもなかったか。
この場を確認するなり、すぐさま思考を巡らせ、指示を飛ばしてくるアリエルちゃん。
「待ち伏せて一気に叩くよ。マッスン、おびき出しお願いできる?」
「あいあい、お任せあれー」
それはきっと、これまでに何度も試したことのあるプランなのだろう。彼女の声に迷いや淀みはなく、きっと上手くいくという確信めいた色さえ感じ取れた。
恐らくは安全にモンスターを処理したい場面、というのがあったのだ。そこで考え、発案し、試して成功体験を得たと。彼女のことだから、反省点の洗い出しなんかも行い、効率化を図るようなこともしたのかも知れない。
正しく経験から得た知恵。アリエルちゃんの努力が実らせた、成果のひとつなのだろう。
まぁ、単に誰かから教えを受けただけかも知れないし、何なら本で学び得た知識によるものかも知れない。
だとしても、彼女の声音や落ち着きぶりは、間違いなく実践を経たがゆえのもの。ならばその知恵は既に、彼女自身の血肉であると言って過言ではない。
彼女の指示に疑念を懐く必要はない。
そう決めた私は、二つ返事にて多目的ホールの向かい側、更に奥へと続く通路に、元気よく駆け込んだのだった。
魔法を駆使してこちらの存在を知らせ、遠隔にておびき出す方法、なんてのも有るには有ったのだけど。しかし普段と違って今は、MPを節約する必要がある。
であるならば、普段から鍛えまくっている基礎体力を駆使し、脚でおびき出さんというのだ。私の美脚が火を吹くぜ! 熱いぜ熱いぜ! あ、美炎脚とか言って蹴り技を開発……まぁまた今度でいいか。
長い廊下を駆け、曲がり角を一つ二つと曲がってみたなら、思ったとおりそこに居た。モンスターである。
人型のモンスター、グール。数は三体。
どんなモンスターにだって概ね言えることなのだけど、上位の種になればなるほど危険なのだ。が、逆に下位の種であればあるだけ脅威度も低い。
三つ星半のダンジョンに出現するようなグールが、そんじょそこらの一般人とは比較にならない力を持っている、っていうのはまぁ当然として。ましてグールはリミッターの外れた人間と同じような怪力を有しているため、結構危ないモンスターではある。痛覚も鈍いっぽいし。
が、見たところお世辞にも上位種とは言えない、下位に属するグールであるらしい。伸びしろがあって素晴らしいね。
問題なのは、果たして私が奴らに追いかけられて、無事逃げ切れるのかって点なのだけど。
人間は自らの身体を壊さないよう、本来引き出せる全力のうち、ほんの一部しか使っていないってのは有名な話。
けれどグールは、自身への負担など顧みずに力を振るうものだから、リミッターがぶっ壊れており。本来の一〇〇%を用い暴れることが出来るってわけだ。
それだけでもヤバいってのに、そこにステータスやスキルによる嵩増しがあるってなると、なるほど「モンスター」と呼ばれるのも納得だ。
そんな奴らと追いかけっこだなんて、とても正気の沙汰じゃない。
が、負けるとも思わない。
「わー、来たぞ来たぞー! グールが三体もー!」
「マッスンはそのまま囮をお願い。防御と回避に集中。私とフゥクスお姉ちゃんは死角に入り次第一気に仕掛けるよ」
「了解なのだ」
アリエルちゃんとフゥちゃんの待ち構える多目的ホールへ、鬼さんこちらとでも言わんばかりに声を上げ、だっと駆け込む私。
迎撃の準備は既に済んでいるらしく、通路入口に張り付くようにして、息を潜める二人。声を潜めたアリエルちゃんが、絶妙な声量で指示を飛ばしてきた。これも経験からくる加減だろうか。
他方で私を追いかけてきたグールたちはと言うと。こうして私が無事である、という事実が示す通り、持ち前の高い身体スペックをもってしても未だ追いつけぬ有り様。
それというのも、どれほど優れた身体スペックを有し、発揮することができようと、それを上手に活用できぬというのであれば宝の持ち腐れも同義。
グールには、自壊すらも厭わぬ高出力のパワーがあるけれど、それを上手に扱う術については、残念ながら持ち合わせが無いようなのだ。
それに対して私は、確かな逃げ足を有しており。そも、現在においても執拗に磨き続けている、スキル運用のテクニック。効果をほんの一瞬に集めて発揮するという、所謂「圧縮スキル」を用いたなら、瞬間的なパワーは能力を制限されまくっている今の私だとて、決して奴らに劣ったりはしない。
パワーでもテクニックでも勝っているのだから、追いつかれる道理がないのである。無論、油断や慢心で足を掬われるということもない。駆け足には十分に注意をはらい、かつ怯えて逃げているふうも装った。囮の役目も、このまま務め上げてみせようじゃないか。
「ひぇ、きたぁ! こっちくんなぁ!」
私の後を追い、メチャクチャな姿勢でなだれ込むように多目的ホールへ飛び入って来る三体のグール。奴らの目には、私が美味しいご飯にでも見えているのだろうか。うっかり捕まろうものなら、たちまち噛み千切られそうな恐ろしさがある。
なればこそ、腰を抜かした演技にもリアリティが宿ろうってものだ。演技下手の私にしては頑張ってる。
するとどうだ、頑張りが功を奏したのか、ニュルッとしたご飯を差し出された猫のごとく、気が狂ったように襲い掛かってくるグールたち。正しく脇目もふらず、アリエルちゃんたちの存在には一切気づいた様子もない。
ゆえに、彼女たちの不意打ちは見事に決まり。
数えてみたならものの数秒。グールたちはあっさりと黒い塵へと還ったのである。おかげさまで命拾いだ。
それにしても、珍しく囮役なんてやったわけだけど、追われる感覚っていうのはなかなかスリリングで、正直ちょっと楽しかった。メンタルを鍛える鍛錬にもなりそうだし、メニューの一つに組み込むことも検討しよう。
ともあれ、そんなこんなで今回の初戦は、無事に勝利を得ることが出来た。