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第一五一三話 怪物の卵

 ダンジョンアタックモードの引き継ぎデータ。或いはセーブデータと言ってもいい。

 アリエルちゃんのそれは、未だ冒険者にすら成れない子どものものとは信じ難いような、充実した内容であり。

 それを一通り紹介してみせた彼女は、なんとも誇らしげだった。

 甚く感心してそれを聞く私へ、さぁ褒めろとでも言わんばかりに、えへんと胸を張るアリエルちゃん。


「どう? どれもこれも、私の冒険の成果だよ!」

「そ、想像以上なんですけど……」


 私のリアクションにだって随分と満足げ。努力の甲斐というのを噛み締めているのだろう。

 それにしても、紹介された装備の殆どが、異なる探索エピソードに彩られていた。少なくともそれだけの数、アリエルちゃんはダンジョンに挑戦しているってことになる。

 しかし実際のところで言うと、その倍どころじゃないんだろう。なにせ特殊能力付きの装備を一式揃え、しかも能力の内容だって相性の良いものが揃っているように思えた。だとすると、選択することが許されるほどの量を確保してるってことになる。

 それだけの装備を得るには、一体どれほどのダンジョンアタックを繰り返したものか。

 まぁ、ワンチャン何かしら商人テクを用いて、一風変わった装備集めを敢行した可能性だって無くはないけれど。仮にそうだとしても、凄いことに変わりはないだろう。


「アリエルちゃんは多分、既にそんじょそこらの冒険者より濃い経験をたくさんしてるのだ」

「大丈夫? 恐い目に遭ったりとかしなかった?」

「そりゃ……何度も遭ったよ」


 それはそうだ。案の定、心配事は的中。

 それだけ多くダンジョンに潜り、戦い続けてきたというのであれば、ピンチに陥ることもあるだろう。最悪殺されるようなことだって既に経験したのかも知れない。

 不思議なのは、心眼持ちの私にそれを悟らせなかった彼女が、一体如何な方法を取ったのか、という点なのだけど。

 いくら忙しかったって言ったって、アリエルちゃんがミコバト内で大きなショックを受けたってんなら、食堂やお風呂で顔を合わせた際に気づくことが出来たはずだ。

 しかし実際、そういった事はなく。いつだってアリエルちゃんは、一定の精神衛生を保ち続けていた。

 今はそれが解せない。

 訝しむ私だったけれど、存外あっさりとそれは晴らされたのである。あまり好ましいとは言えない情報でもって。


 恐ろしい目には何度も遭ったと。そう語ったアリエルちゃんは、こう続けた。


「でもね、恐い思いをして、わんわん泣いたり夜眠れなくなる度に、フゥクスお姉ちゃんが慰めてくれるの……デュフッ」

「うわ……」


 その歳にして、そこまで気持ち悪い「デュフッ」が出てくるのか。そっち方面にも才能を示してみせたぞこの子! 素直に気持ち悪い!

 何よりヤバいのは、仮想空間内の出来事とは言え、きっと大怪我を負うような経験や、もしかすると死亡する経験を経ているかも知れないアリエルちゃん。それがたったの、フゥちゃんに慰めてもらったという、それだけの事であっさりと復活しているというのだから、その心酔っぷりには想像を絶するものがある。

 恐々とする私。これには流石に、フゥちゃんも顔を引き攣らせており。


「怪物が生まれる予感がする。色んな意味で」

「もしかすると、既に生まれちゃってるのかも知れないのだ……」

「それ褒めてる? 褒めてるの?」

「自重も覚えようねってことだよ」

「師匠が言うと重みが違うのだ。頭にブーメラン刺さって見えるのだ」


 あれ、なんか急に銃口こっちにも向いたな。まぁいいけど。

 さておき、そんなやり取りもありつつ私たちは意見を交換しながら、廃屋ダンジョンの攻略に向けて、装備やスキルの構成を練っていくのだった。





「んじゃ準備もできたところで、いよいよダンジョンに潜っていくよ」


 そのように張り切って音頭を取るのは、今回のPTリーダーを務めるアリエルちゃん。

 このシーンだけを切り取って見たなら、年端もいかない子が冒険ごっこに浮かれている様子、に見えないでもないだろう。

 が、実際はまるで異なっており。準備を始めてからここまでの間、既に何度感心させられたかも分からない。


「うーん、すごいなアリエルちゃん。既に手慣れてるもの」

「まぁね、何度も潜ってるから流石に慣れるよ。けど慣れてきた頃が一番危ないとも言うからね、気を引き締めなくちゃ」

「しっかりしてるのだ」


 このダンジョンアタックモードへのチャレンジに際しては、私のへんてこスキルも意図的に使用を制限することが出来。故にこそPTストレージを縛った上での挑戦であることはもとより、その他皆に共有している便利なへんてこスキルも、必要最低限のみ残した状態でダンジョンへ挑むこととなる。

 ちなみに必要最低限っていうのは、設定を操作するためのウィンドウとか、そういうやつだ。

 だから実際にやることはと言えば、一般的な冒険者のダンジョンアタックと何も変わらないのである。

 装備選びは勿論のこと、ダンジョンの情報を得たり、ダンジョン内で生じるあらゆるトラブルを想定してアイテムを揃えたりなどという、現実的な部分に至るまで、実際のダンジョン攻略さながらの事前準備が求められる。って言うか、そういう設定のもとチャレンジするのがアリエルちゃんの常だ。


 当然ながら、日頃よりPTストレージに何でもかんでも物を詰め込んで、必要があれば大抵のものがすぐに取り出せるような、便利すぎる環境に身を置いている私たちにとって、持ち運べる品に限りのある一般冒険者の苦労というのはいささか遠く。

 意識的に縛りプレイを行いでもしない限り、「アイテムの取捨選択」だなんて概念とは無縁でいるわけで。

 それに比してアリエルちゃん。何を備えとして持っていくか、何が不要かと手際よくチョイスするその様子は、驚くほどに頼もしく感じられた。


 このダンジョンアタックモードには、仮想ショップ機能が実装されており。引き継ぎデータを有するアリエルちゃんは、ダンジョン内で得た品を換金したりもしているらしい。結果、それなりの仮想通貨を所持しており。

 このお金を駆使してアイテムを揃えたり、情報を買ったりなどもしているようだ。

 で、そうして得た情報をもとに装備選びやスキル選びが行われた。

 リアルの自分と同様のスキルしか持ち得ないアリエルちゃんに比して、私とフゥちゃんの強みはスキルすらも好みのものが選べる、という点にあり。これを活かして攻略に有利なビルディングが話し合われ、そのプラン通りにチョイスを行った。

 その際アリエルちゃんの見せた、状況想定能力ってのも見事で、実際に高い確率で起こり得るトラブルを幾つも論ってみせたのだ。きっと経験に裏付けされた知識によるものなんだろう。或いは誰かの体験談を参考にしたか。


 何にせよ、既に冒険者としての「厚み」すら感じさせるアリエルちゃんには、随分と感心させられたものである。

 そんな彼女を頼もしく思いながら、いよいよ私たちは廃屋の入口をくぐり、ダンジョン内へと足を踏み入れたのだった。


「中はこんな感じかぁ。おっかないねぇ」


 ダンジョンのタイプは、所謂迷宮型。勿論、篩の迷宮とは無関係。

 迷路状の通路に、時折設けられた広い空間や部屋。モンスターは通路を徘徊していることもあれば、何処かで待ち構えていることもある。

 それと、色んな場所に配置された宝箱。最もオーソドックスなダンジョンの形と言えるだろう。胸躍る構造ではある。

 が、如何せん不気味だ。まるでホラゲの世界に迷い込んでしまったかの如き光景に、怖い気持ちとワクワクする気持ちがぶつかり合って無邪気な声が出てしまった。

 すると。


「マッスン、今回は念話が使えないんだから、声でモンスターに気取られないよう気をつけてね」

「あ、はい」

「師匠……」

「ざ、残念なものを見るような目を向けるんじゃあない!」


 幸いまだ此処は、ダンジョン入ってすぐのセーフティエリア。モンスターはやって来ないはずだけれど、とは言え念話が使えないって事実はなかなか重たいのである。その点には十分注意を払わねばならない。

 アリエルちゃんに苦言を呈されたとて、何ら言い返せない不甲斐なさよ。気をつけなくちゃ。

 少しばかり幸先に不安を覚えつつ、斯くして私たちのダンジョンアタックは始まったのだった。

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