第一五一〇話 弟子の尊ぶべき成長
フゥちゃんとの激しい模擬戦を終え、VSモードをあとにした私たちは、アリエルちゃんの待つトレーニングモードへの帰還を果たした。
するとどうだ、いつの間にやら所持していた専用のくつろぎセットをばっちり並べ、お茶菓子まで完備の上で観戦していたと思しきアリエルちゃん。ミコバト内では幾ら飲み食いしても、現実には何ら効果を及ぼさない上、食べたものも失われないっていう素敵仕様である。そのため甘いものの誘惑に負けそうなあの人やこの人なんかは、時折ここで食欲を満たすのだとか……。
して、一見すると優雅なティータイムでも開催して見えたアリエルちゃん。がしかし、その目はテーブル上のお茶菓子などにはまるで向いておらず。
私たちが戻ってくると気づくなり、ガタッと椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったではないか。
キラキラとした憧憬の眼差しが向く先は……。
「フゥクスお姉ちゃん、すごかった! すごくカッコよかったよぉ!」
「えへへ、ありがとなのだ。最後はあっさり負けちゃったけど、吾輩なりに頑張ったのだ!」
まぁね、知ってたけども。
最後に大人げないやらかしこそ見せてしまったけれど、それでも一応は勝者である私。実質敗者だと自認してはいるけども。しかしアリエルちゃんの目にはやはり、憧れのフゥクスお姉ちゃんこそが誰より何より輝いて見えるらしい。
褒められて嬉しいフゥちゃんとのイチャイチャが始まる。何という疎外感。時間が勿体ないので鍛錬だ。
二人のキャッキャウフフを横目に、黙々とスキルの多重起動数の上限更新に挑んでいると。どうやらようやく微笑ましい交流が落ち着いたらしい。若干引いたような顔でこっちを見るアリエルちゃん。
「それにしても、マッスンってやっぱりおかしいくらい強いよ……何者なの?」
「何者なんだろうねぇ」
「それを調べるために師匠たちは色々頑張ってるのだ」
憧れのフゥクスお姉ちゃんを、手加減ありきで敗ってみせた存在。そんな相手に対して、複雑な感情が湧いてしまうのは理解できる。私も推しを倒した強キャラには、「強いのは認めるけどさぁ……」ってモヤッとしたもんだ。
で、そんな気持ちを懐いた結果、アリエルちゃんは私に対して「おかしいくらい強い」との評価を下すことにしたらしい。というより、改めてそれを確信したってふうではあるけど。曲がりなりにも師匠と仰がれる立場にありながら、これって良いことなのか悪いことなのか。それすら判断がつかない私は、やっぱり師として未熟に過ぎるのだろう。気分は非常に複雑だ。
まぁ、あまり難しく考えても仕方がない。侮られて、軽んじられるよりかはずっと良い。そう信じるとしよう。どうあれ力を持っている相手の言葉には、説得力が宿るものだからね。私のアドバイスは彼女にとって、重く捉えるべきものである、と認識して貰える確率が上がった。素敵なメリットだ。
「さて、それじゃ改めて、模擬戦を行ってみての総評なのだけど」
模擬戦直後に軽く感想を言いこそしたけれど、改めてフゥちゃんの能力を評価させてもらうとしよう。
彼女の示してくれた、今の実力。それは嘘偽りなく、しっかりと私を驚かせてみせた。ゆえに高評価である。いいね!
「凄かったよフゥちゃん。こっち側に踏み込まないよう気をつけながら、ステータスじゃなく技量面を主に伸ばしていったんだね。それに少し見ない間に、色んな経験も積んだみたいじゃないか。確かな成長が見て取れたよ」
「! そう、そうなのだ。吾輩、そこを見てほしくて……!」
今回フゥちゃんから模擬戦を申し込んできたのは、自身の成長ぶりを私に見せたかったから。実に健気でいじらしいことである。
そんないじらしさも素敵なのだけど、実際彼女の示してみせた力というのは、フゥちゃんの選んだ道に反せぬ「地に足のついたレベルアップ」から来るものだった。
私たちのように飛躍的な急成長をするわけでなく、ステータスをブチ上げるわけでもなく。磨いたのはテクニック。非常に基礎的な部分だ。
実戦の最中、不足を感じたのであればそれを解消するべく、研究と研鑽を行ったのだろう。
強い力に憧れたのであれば、出力ではなく効率を追求したのだろう。
冒険者活動や、ミコバトを通して得たたくさんの経験は、それら一つ一つが自身の糧になるようにと学習に努めたのだろう。
今回の模擬戦においては、そんなフゥちゃんの積み重ねが確かに見て取れた。
以前見受けられた未熟さは、さながら徹底して磨き上げられた窓ガラスのごとく綺麗に払拭され。くすみの尽くを排除するべく取り組んだ、確かな努力の痕跡が感じられた。
未熟さが拭われたのなら、それを成長と言わずして何と呼ぶのか。
こうした方向性での進歩であれば、きっと誰も彼女に文句は言うまい。
そりゃ、全ての人がそうだとは言い切れないさ。中にはフゥちゃんを恐れるような輩だって居るだろう。がしかし、彼女を「人の形をした化け物」のように感じる者は滅多に居ないはず。
私たちチームミコバトの中にあって、彼女のそのあり方は非常に尊いものであり。それを守り続けていることが、とても嬉しく感じられた。
弟子だなんて、未だもって認めてはいない私だけれど。それでも彼女のことは誇らしく思う。自慢の後輩だ。
「アリエルちゃんは、観戦してみてどう思った?」
「えっと、えっと……」
ふと、第三者からの声が聞きたくなって、アリエルちゃんに水を向けてみる。
フゥちゃんの凄さについては、さっきのイチャイチャでおおよそ出し切ったと思うのだけど。なればこそ今回は、模擬戦そのものに関する感想を聞かせてくれるはず。察しの良い彼女であれば尚の事だ。
すると思った通り、少しばかり考え込んだ彼女は徐ろに言ったのである。
「私はまだ、二人の戦いについてあれこれ偉そうなことが言えるようなレベルじゃないけど……でも」
一旦言葉を切り、私とフゥちゃんをしっかりと見据えるアリエルちゃん。
その目には、確かな力強さがあり。
「改めて、フゥクスお姉ちゃんみたいに強くなりたいって。そう思ったよ!」
「アリエルちゃん……!」
イチャイチャの続き……ということではなさそうだ。
アリエルちゃんもイクシス邸にやってきて、既に一月と言わず経過している。チームミコバトがどういうもので、アリエルちゃんの在り方が特異なものである、という事もきちんと理解しているはず。
その上で彼女は、「フゥクスお姉ちゃんみたいに強くなりたい」と言った。言葉の裏を読むのならば、既に自らの行く道を見据えているのかも知れない。
偉そうなことが言えるレベルじゃない、などと言いながらも、先程の模擬戦における最も大切な部分を、彼女はしっかり見抜いていたようだ。流石の慧眼である。
といったところで、模擬戦の総評はおしまい。
これからもこの調子で励むように、なんて師匠チックな言葉で締めたなら、話は次へ。
「そうしたら、次はアリエルちゃんの修行だね。さて、何をしようか……希望があるなら聞くよ?」
フゥちゃんの成長ぶりに目を丸くした私は、やっぱり二人のことをきちんと把握できていないのだ。
であるならば、アレをしなさいコレをしなさいだなんて、それこそ偉そうなことを言えるはずもなし。
強いて言うなら、フゥちゃん同様に今の実力や状態を把握出来るようなメニューを課したいところではあるのだけど、ともあれ先ずは当人の希望を聞いてみることに。
すると、アリエルちゃんは少しだけ逡巡し。
「んーと、んーと……それなら、前みたいに三人で仮想ダンジョンに潜りたい!」
「のだ!」
「ほぉ」
なかなか興味深い提案を投げかけてきたのである。
思い返すと、アリエルちゃんに鍛錬室、延いてはこのミコバトを初めて紹介したあの日。奇しくもこの三人で、ダンジョン探索を行ったのだったっけ。
それに鑑みたなら、彼女の成長ぶりを確かめるのに最適なようにも思える。素晴らしい提案ではなかろうか。
「吾輩は勿論オーケーなのだ。師匠、どうするのだ?」
「そうだね。アリエルちゃんの成長ぶりを知るには、一番手っ取り早い方法かもだし……うん、それで行こうか」
私の合意にパッと表情を明るくするアリエルちゃん。フゥちゃんと顔を見合わせ、ニヘラッとしている。微笑ましいかよ。
して、やることが決定したのならば早速行動だ。
「そうしたら先ずは、ダンジョンエディットから始めなくちゃだ」
ミコバトに於いては、ダンジョンを自作し実際に攻略することも出来る、というとてつもなく便利なモードが存在しており。
これを駆使して、今のレベルに最適なダンジョンを構築することが出来る。簡易設定版ならそれほど手間もかからないしね。
ってなわけで、早速ウィンドウを展開し作業に取り掛かろうとすると。
「私、エディット方法だってバッチリ覚えたよ! 今回は私も意見を言うから!」
「おお、頼もしい!」
「アリエルちゃんの成長は多岐にわたって目覚ましいものがあるのだ。期待してるといいのだ!」
「ほほぉ、それは楽しみですなぁ」
「お姉ちゃん、あんまりハードル上げないで……」
アリエルちゃんはちょいちょいフゥちゃんを持ち上げるような発言をするけれど。逆にフゥちゃんもアリエルちゃんが可愛くて仕方がないらしく、妹分を誇るかのごとくそんなことを言う。珍しく素直に照れた様子のアリエルちゃん……お前、そんな顔もできたのか! とか言いたくなっちゃうけれど、我慢である。
さておき、ダンジョンの作り方も覚えたという彼女の声を、あれこれと取り入れつつ。つつがなく作成作業は進むのだった。