第一五〇九話 フゥクスVSミコト 七
フゥクスの瞬間移動には一つ、弱点と言っても差し支えのない制約が存在している。
即ち、自身の魔力にて発生させた電気。これの滞留したポイントにしか移動できない、というルールである。
この法則に一度気づかれてしまえば、フゥクスの立ち回りは大きく自由度を削がれ、戦闘の様相は頭脳戦の色を混じえたものへ変じることとなる。
予測が可能になる反面、彼女はいつ、どのポイントに出現し、どんな行動を取るだろうかと。相手はそのように予測を巡らせ、フゥクスの動きに警戒しながら行動しなくちゃならなくなる。つまりは備えを余儀なくされるわけだ。
一方でフゥクス側は、如何に相手の意表を突けるか、というゲームに臨むこととなり。
純粋な戦闘能力のぶつけ合いが交わされる裏で、そうした駆け引きが行われるのである。
今回の模擬戦相手であるミコトを相手にも、フゥクスは最序盤からこの駆け引きを仕掛けていた。
事実、ミコトはフゥクスが瞬間移動を行い、いつ懐に、あるいは死角に飛び込んでこようと対処できるよう、常に注意をはらい続けていたし、実際に対応してもみせた。尤も、彼女の場合マルチタスクは得意とするところであり。警戒を怠ることなく目の前の戦闘にも集中する、だなんて然したる苦でもなかったようだが。
さておき、そんなミコトを今、フゥクスのとある一手が脅かす。
『あぶっ』
『まだまだ行くのだ!』
前提が、覆ったのだ。
フゥクスは帯電したポイントにしか瞬間移動できない。その前提を、彼女は自らの力で覆してみせた。
ミコトの不意を打ったのは、彼女が突如としてポイント外に出現してみせたから。そこから繰り出された一撃は、この戦闘において初めてミコトを脅かし。脅かしたがゆえに、自動回避が発動。転移スキルこそ反応しなかったけれど、いささか無理な回避を彼女の身体に強いた。
ここまで何処か余裕を感じさせる回避行動を続けていたミコトが、初めて見せた不格好なそれは途端にフゥクスへと勢いを与え。
立て直しを許してなるものかと、始まったのは怒涛の連続攻撃だ。
対し、明らかに苦しげな様子で反撃を挟むミコト。だが。
『移動は雷速。しかもこっちの攻撃は軌道が曲げられちゃう……無敵モードじゃん!』
ミコトの繰り出す反撃は、物理攻撃だろうと魔法攻撃だろうと、その一切がフゥクスの身体を避けるように軌道を変え、触れることすら能わない。
攻撃の権利は黃髪の魔法少女だけが握っており、対峙する敵に許されるのは防御か回避のみ。この場にスイレンが居たなら、あるいはこれが日曜朝の番組だったなら、きっと勝利確定BGMだって流れていただろう。そんな勢いがフゥクスにはあった。
獰猛に、誇らしげに、彼女は能力の正体を叫ぶ。
『リミテッドスキル【風陣雷身】なのだ!』
特定の条件下においてのみ使用が可能な、リミテッドスキル。魔法少女状態にもまた、それは存在した。
スキルの内容は、少女によって十人十色、千差万別。ガラリと名前から効果から異なるのだけど。
まじかる☆ふぅくすに宿ったリミテッドスキル、その名を【風陣雷身】。二つの強力な能力を内包した、珍しいタイプのスキルである。
一つは風陣。自らの身に風を纏い、あらゆる攻撃を逸らしてしまう軌道修正の鎧。
一つは雷身。こちらはミコトが持つとある仮面とほぼ同じ、我が身を雷とし、雷速の移動を実現するという能力。
しかもこれには移動先のポイントを必要とせず、自由自在な瞬間移動を可能としていた。
制約からの解放。前提の崩壊。可能性の氾濫。
いつ、何処に出現するかという警戒が、電気を帯びたポイントさえ押さえておけばそれで事足りた、というのは既にかつての話。
この縛りが解けたことにより、フゥクスは正しい意味で何処に出現するかわからない状態となった。
これでは然しものミコトも、先読みは容易いことではなく。まして心眼を切っていると宣言している以上、ここでそれに頼るという無様は晒したくない。そんなプライドも邪魔をし、状況を不利にしている。
フゥクスがリミテッドスキルを有している、ということは当然既知の情報でこそあったけれど。しかし今に至るまで、その内容はミコトに対し伏せられてきた。驚かせたいから、といたずらっぽく微笑まれては深く追求することも出来ず。
結果、このような形で驚かされたミコト。
『ひぇ、こりゃ堪らん!』
『一気に行くのだ……!』
一際鋭いフゥクスの斬撃を、持ち前の反応速度だけで辛うじて避けるミコト。日頃から常識離れも甚だしい彼女ではあるが、その回避はなかなかのファインプレーと言えただろう。これにはフゥクスも目を丸くする。
だが、そこで終わりではなかった。更に仕掛けたのはフゥクスだ。
『うぉ、その風! 体勢を崩す効果も期待できるのか!』
『貰ったのだ!!』
風陣の効果は何も、迫る攻撃から身を守るだけではない。敵を間合いのうちに取り込めば、その風圧でもって体勢を崩す効果も期待できる。
無理な姿勢で回避を行った直後に叩きつけられた、間髪入れぬ重たい風圧。
これが直接的な攻撃であったなら、ミコトの自動回避は何らかの反応を示したことだろう。
だが、風圧という然程の害もない間接的な攻撃であったればこそ、それは通ったのである。
踏ん張りを完全に失ったミコト。繰り出される雷の剣。誰もが決着を確信する刹那。
しかし。
「わんわん!」
「!?」
その刹那で、状況はひっくり返った。
ミコトの気が抜けるような咆哮は、あらゆるスキル効果を無力化する特殊な効力を放ち。
結果電撃を失った、鋭い斬性しか持ち合わせぬ太刀筋を、ミコトは愛刀にて受け流した。
ばかりか、流れるような動作で姿勢をぬるりと立て直しがてら、フゥクスの首筋に刃を添える始末。
確かに垣間見せた、彼女の本気。
数瞬、ぽかんと開いた口の塞がらなかったフゥクスは、しかし絞り出すように一言、紡いだのである。
「……まいりました、なのだ」
★
ところ変わらず、ここはたった今しがたまで私とフゥちゃんが激戦を繰り広げていた草原の只中。
辛くも勝利こそ収めたけれど、正直気分はどんよりである。
フゥちゃんも何だか、「師匠、そりゃ無いのだ……」みたいな顔してるし。居た堪れない。
「いや、まさかバニッシュメントスキルを使うことになるなんて……正直想像以上だったよ。今回は実質私の負けかな」
「師匠……」
本心である。
今回の模擬戦を行うに当たり、予め手加減することは決定事項だった。がゆえに、ある程度実力を絞ることはもとより、幾つかのスキルを封印したうえで戦うことを決めていたのだけど。
ところがどうだ、最後の最後。バニッシュメントスキルを用いた挙げ句、大人げない動きで勝ちを取りに行ってしまった。フゥちゃんに花を持たせることを、私の中の負けず嫌いが嫌ったらしい。最低である。ああ自己嫌悪……。
まぁ、慣れているとは言え、直撃を貰っていれば死ぬほど痛かったわけだし。生存本能に背中を押された、というのは否めないのだけど。それを踏まえたとしても、やはり私は私を御せなかったのだ。なんという未熟。鍛錬が足らない証拠じゃないか。
内心凹み散らかしているわけだけれど、しかしそれはそれとして。
私は確かに未熟だった。そんな未熟者に比べてフゥちゃんの成長ぶりよ。度肝を引っこ抜かれた気分である。
「凄いよフゥちゃん、着実に力を付けているね。本当に見違えた!」
「そう言ってもらえるなら、頑張った甲斐があったのだ。もっともっと精進するのだ!」
きっと私の見ていないところで、沢山努力したのだろう。今回見せてくれた彼女の動き、その端々から積み重ねが垣間見えた。
単純なステータスの引き上げに頼らない、徹底した実力の底上げ。蓄えた経験を実戦に応用できるまで、念入りにイメージトレーニングを行なったりもしたんじゃないかな。オフの時も油断することなく、自らを高めることに貪欲でなければなかなかこうは行くまいよ。
フゥちゃんも立派な鍛錬を積む者。そうだね、『タンレニスト』なんて造語はどうだろう。ダサいかな? 誇りある称号なのだけど。
何にせよ、色んな意味で彼女の成長ぶりには感心させられた。
「やはり鍛錬。鍛錬こそが未来を切り開く!」
「のだ!」
二人で肩を組み、何となく遠くの雲を眺める私たち。夕日じゃないのが少し残念だ。
などとアオハルを感じていると。
『ちょっとマッスン! フゥクスお姉ちゃんを変な道に引き込まないで!』
おっと、そう言えばこれアリエルちゃんが観戦してるんだったね。
試合中は邪魔をしないようにか、一切念話を飛ばしてくることもなかったのだけど。決着がついた今となっては遠慮する理由もない。
だが、そのツッコミは少々的外れというもの。
『何を言ってるのさアリエルちゃん。私の弟子を自称する以上、アリエルちゃんもとっくにこっち側なんだよ』
『そうなのだ。早く染まっちゃうのだ。楽になるのだ……』
『ひ、ひぇ……』
フゥちゃんも以前は、私を指して鍛錬バカだの研鑽中毒者だの、なかなか好き放題言っていたものだけど。今となっては立派な同志である。
そして曲がりなりにも私の弟子を自称する立場にあるのなら、アリエルちゃんだってそうなる運命。
彼女が鍛錬沼に嵌まる日も、きっとそう遠くはないのだろう。
或いは既に……?