第一五〇八話 フゥクスVSミコト 六
益々もって白熱する、フゥクスとミコトによる模擬戦。
普通に攻撃を続けたところで、これでは埒が明かないと判断したフゥクス。結果として彼女は奥の手であるところの、【まじかる☆ちぇんじ】を用いることに決めた。
斯くして魔法少女への変身を果たしたフゥクスは、手始めにシンプルな近接戦闘を仕掛ける。あわよくばこれで圧倒しきれるかとの判断は、しかし残念ながら見積もりが甘かったらしく。ミコトを攻め切るには足りないと判明。
だが少し見方を変えるのであれば、先程より手応えの感じられる結果である、とも言えた。
応戦するミコトの様子は、余裕が損なわれたように見受けられたし、逆にフゥクスはここからがスタート。
師へのリスペクトは、彼女の中から加減という言葉を取り上げ、力の限りを尽くしぶつかることをこそ良しとした。なればこそ、半端なことはしない。既に奥の手を切ったのだから尚更だ。
『あぶねっ』
切迫したようなミコトの声が、念話の上に短く響く。
フゥクスが仕掛けたのは、よりスピードと鋭さの増した斬撃であり、本来ならば到底人の身で対応できるようなものではない、はずなのだけど。
されども紙一重、ギリギリのところで刃の軌道上から逃れている辺り、やはりミコトに常識は通じないのだと。それを痛感するフゥクス。
一方で、慌てたように回避行動を繰り返すミコトはと言うと。
『流石に魔法少女の状態で、瞬間移動を駆使したヒット・アンド・アウェイは強烈だなぁ』
そのように感想を呟いていた。ひやりとするようなギリギリの回避を幾度も繰り返しながら、それでいて存外の平常心。
果たしてこれは、追い詰めているのかいないのか。逆にプレッシャーを受けたのはフゥクスの方だった。
たった感想一つ、言い方一つで、相手に一種の底知れなさを感じさせる。
もしもこれがミコトの術中だとすれば、恐ろしいことである。頭の冷静な部分でそう思いこそすれ、ミコトの様子から余裕の有り無しを正確に読み解くことは、残念ながらフゥクスには能わなかった。
なればこそ、小さな悔しさが蓄積していく。
雷鳴の似つかわしくない、心地の良い晴天。青々とした草の上を、彼女たちは躍る。
傍目に見たならそれは、きっと異様な光景に映るだろう。
時折我が身を雷に変え、瞬間移動を繰り返す魔法少女。そんな彼女の攻撃を、危うげこそ感じさせながらも避け続ける仮面の少女は、奇妙な舞いでも踊っているかのよう。或いは酔っぱらいの千鳥足に見えないでもない。
大抵こういった場合、怪人とヒーローの図というのがお約束ではあるのだけど。これではまるで怪人と怪人、或いは怪異と変人である。当人たちの真剣さを置き去りに、絵面はなかなか奇っ怪であり。
そんなこととはつゆ知らず、焦れたようにフゥクスは声を乱す。
『何で当たらないのだっ! もうちょっとなのにぃ!』
『平常心平常心。フゥちゃんに悔しがってほしくて、敢えてギリギリで避けてる可能性だって考えなきゃだよ』
『そうなのだ!?』
『どうだろうねー。けど、敵の狙いだとすると手のひらの上で転がされるのは癪でしょ?』
『た、たしかになのだ……』
事実としてフゥクスは、ミコトの行動一つ、言葉一つで平常心を遠ざけてしまっている。さながら盤外戦術の如きテクニックに、新鮮な驚きを感じるフゥクス。
これもまた戦い方の一つなのだと、学びを得たような心持ちとなった。
果たしてそれを自分自身が習得できるかはさて置くにせよ、こういった事をしてくる敵と、今後対峙する機会があるかも知れない、と考えると非常に参考になるケースと言えるだろう。
また、何気なく告げられた「手のひらの上で転がされるのは癪」という言葉。その考え方。これもまた大事な事柄であるようにフゥクスは感じ取っていた。
それは謂わば、平常心を取り戻すための口実。
そも、敵の仕掛けてくる心理的な攻撃というのは、どうあれ心を波立たせるもの。もっと端的に言えば、イライラするのである。
イライラすれば、ムキになりがちなのが相場であり、そしてそれすら相手の術中というのがお約束。思う壺というやつだ。
が、相手が意図的にこちらの正常な判断を乱そうとしている。心を揺さぶろうとしている。そのように気づきさえすれば、そのように認識することさえ出来れば、「そうはさせるもんか!」という反発精神に働きかけることが出来るわけで。
これを上手く利用すれば、必要以上に精神を揺さぶられることもないだろう。
だがその反面、次に問題となるのが「疑心暗鬼」だ。あれも敵の狙い、これも敵の狙いかも。そんな風に何もかもが怪しく感じられ、結果無難なことしか出来なくなる。
行動の幅が狭まれば、それは相手にこちらの動きが読まれやすくなることをも意味している。
これすらミコトの狙いの内だとすれば、それはとてつもなく恐ろしいことだ。
或いは、そう思わされている時点で既に術中に嵌っているのだとも言える。
更に厄介なことに、ミコトであればそのくらい狙ってやってのけたとて、何ら不思議ではないのである。
フゥクスの頭をそのような思考が、怖気となってぶわりと駆け抜けていく。
僅かに彼女の動きが鈍り、ミコトは仮面の下で小さくほくそ笑んだ。
『じゃ、こっちからも仕掛けますか』
そんな宣言とともに、繰り出されたのは再度の弾幕。氷の弾丸が、まるで面で押し潰さんとでもしているような厚みでもって、フゥクスへと襲い掛かった。
だが、それは既に一度見た攻撃。魔法少女に変身したことで力の増したフゥクスには、然程の脅威にも感じられなかった。
そうでなくとも瞬間移動を駆使しさえすれば、人の身では通り抜けのできない隙間をすり抜けることすら可能なのである。
よってミコトのこの攻撃は、簡単にやり過ごされることとなり。
『うへぇ、こりゃいよいよ当たる気がしないや』
『変身した吾輩の回避力は、さっきまでの比じゃないのだ!』
げんなりとしたミコトの声に、今しがたまで感じていた疑心は何処へやら。存外に単純な思考をしているのもまた、フゥクスの特徴である。
案外簡単に対処できた今の攻撃、人によっては「敢えてミコトが甘い攻めを見せ、他に狙いを隠している」と勘ぐった場面だろう。
だが、疑った結果余計な行動に出る、というのも必然であり。その余計をこそ狙っているかもしれない、などと疑い始めたならいよいよドツボだ。
しかしミコトの困った様子に、素直なリアクションを返したフゥクスは小賢しい遣り取りを図らずも拒否。
今回はどうやらそれが、上手く嵌ったのだろう。
『うぉ、撃ち返してきた!』
『吾輩だって魔法射撃くらい出来るのだ!』
さながら迷いを払拭したかのごとく、活き活きと息を吹き返し躍るフゥクス。
その軽やかな様に、こっそりと苦笑をこぼしたミコト。
それはそれとして、今回は彼女側からも魔法による攻撃が飛んでくる。派手な落雷と、視えざる風の脅威。それは中~遠距離を舞台としても十分な働きを示し、シナジー効果をミコトへ見せつけた。
分かりやすい火力を孕んだ雷に注意を払えば、風がこっそりと斬りつけてくる。かと言って風を強く警戒したなら、その隙を突いて雷が身を貫くことだろう。あちらを立てればこちらが立たず。実にいやらしい戦法である。
そのように彼女の魔法を評価しながらも、しっかりと対処を行うミコト。
魔力感知に優れる彼女は、それだけである程度フゥクスの狙いを読むことが出来る。魔法障壁の展開速度も申し分なく、また反応速度とて常軌を逸したものであれば、そう安安と攻撃が通る筈もなし。
しかしそれは、フゥクス側とてよく理解している。もはや驚きはなく。
『いいねぇいいねぇ、派手で良い。きっとゼノワが喜ぶよ』
『余裕で居られるのも今のうちなのだ!』
今回はアイスバレットのみに拘らず、派手な魔法を次々に繰り出すミコト。
対し、冷静にそれらを避けるフゥクスは、属性こそ雷と風の二つなれど、様々なバリエーションでもって果敢にミコトへけしかける。
そうして交わされる魔法戦は、ギャラリーにとってさぞ見応えのあったことだろう。
ばかりか当人たちですら、その危うくも美しい光景に見惚れたかのごとく、楽しむように魔法の応酬を続けたのだ。
けれどそれも、そう長くは続かない。転調はやがて訪れた。
『! これは……』
変化を見せたのはフゥクス。
ただならないその様子に、ミコトは引きつったような笑みで応じるのだった。