第一二六話 味のない晩餐
時刻は午後七時をまわり、外は空の夕もすっかり引っ込んでどんどん暗くなっている。
ただ、随分と日も長くなったものだなと思う。夏が近いのか、それとももう夏なのか。
日中の気温は確かにそこそこ高いようにも思うのだけれど、日本のそれと比較すれば随分過ごしやすい。
そういう地域と言うか、国なのかも知れないな。
さて、私たちは既に入浴も終え、いつものように夕飯を囲っているわけなのだけれど。
何とも空気が重たい。誰も彼もが口をつぐみ、たまに喋ったと思ったら必要最低限の一言二言。
斯くいう私とて、正直テンションは低い。
というのも、今日の模擬戦は勝てこそしたものの、誇れるようなものではなく。
特にゲーマーとしてはゴリ押しで無理やり押し切った気がしてならない。自らの未熟さを突きつけられたようなものだった。
それに模擬戦で、同意の上だったとは言っても、仲間を武器で傷つけたというのはやっぱりかなりショッキングなことで。
気にしないようにしても、つい気づくと放心していたりするのだ。精神的にかなりきつかった。
そして勝負に負けたオルカたちもまた、当然のようにどんよりと落ち込んでいる。
みんなして、無言でモソモソと料理を口に運ぶさまは実に辛気臭い。
分かってはいるが、無理やりテンションをあげようなんて気には到底なれなかった。
だけれどせめて、これはやっておかねばと。私はカチャリとフォークを皿に置き、顔を上げて皆に言う。
「とりあえず、反省会をしようか」
「……うん」
「ですね……」
「だな……」
「暗い!」
流石にツッコんでしまう。っていうか、こういう時は存外声を張ると元気も出てきたりするものだ。
努めて明るくするつもりもないけれど、一先ず皆から今日の感想を聞いてみた。
まずはオルカから。
「私は、一対一で向かい合って普通に負けた。ショックだった……」
「う。いや、それは私のアレがあったからだし」
こんな場所でスキル名を言うのも憚られ、言葉をぼかしはするが、多分伝わってはいるだろう。
アレとは心眼スキルのことである。それに黒太刀。それらがなければ、正直オルカに真っ向から勝つなんて出来ないはずだ。
しかし他でもないその心眼がオルカの心情を読み取ってくる。スキルも武器も、実力の内だと。
確かにオルカにとっては間違いなくそうなのだと思う。けれど私の認識と言うか、解釈としてはそんなポンと湧いて出たようなものが実力だなんて思えないのだ。
実力って、もっとこう……努力や経験の積み重ねでもって身につけるものだって思ってるから。勝ってしまったことが申し訳ない、だなんてそんな馬鹿なことは思わないけれど、解釈の不一致は感じてしまう。
あんなのは私の正しい実力じゃないんだから、オルカにはそんなに落ち込んでほしくない。それが私の本音なのだけれど、それはきっと真っ直ぐ伝わらない気持ちなのだろう。
それが何とも、もどかしい。
次にココロちゃんが口を開いた。
「ココロもそうです。スキルも体捌きも、全てに対応されてしまって……ミコト様のお力を身を以て体験できたことは光栄でしたけれど、自分がAランクを名乗っているのがとっても恥ずかしく思えました……」
「や、えっと、だから……うぅ……なんかごめんね」
ココロちゃんにしても、オルカ同様に心眼と黒太刀のおかげで勝てた。それは断言できる。
心眼は今の所オンオフの利かないパッシブスキルのため、嫌でも様々な情報が頭に入ってきて、ともすればこうして望まぬ結果を招いたりもする。
とは言え、得た勝利を否定するというのは彼女たちに失礼だとも思うため、非常にモヤモヤした気持ちを感じてしまう。
そしてクラウは。
「ぐすん……」
「あー……クラウ、だ、大丈夫?」
泣いてる。存外打たれ弱いらしく、ヒャッハーして危うく味方まで巻き込んだ必殺スキルをぶちかまそうとしていた彼女は、正気に戻って以来すっかりしおしおになっていた。
確かにアレに関しては肝を冷やしたけれど、結果として被害はなかった。しかし他でもない当人は正義感の強い娘なので、気に病むなと声をかけたところで気休めにもならないだろう。
それに被害が無かったら無かったで、それもどうなのだという話である。
そして私も一応感想を述べておくとしよう。
「えっと、私としては結局戦術での攻めは全て凌ぎきられたわけだから、正直勝ったっていう気はしてないっていうか……もっと上手く魔法やスキルを使いこなさないとダメだなって思ったよ。それくらいみんな手強かった」
「「「…………」」」
じっとこちらに視線を集めてそれを聞いた三人は、神妙な面持ちで顔を突き合わせた。
そしてべそをかいていたクラウが徐に言うのだ。
「ぐす……これは、由々しき事態だ。いくらミコトに優位性があったと言っても、三人がかりで敗北したのだから……」
「ココロたちは、弱いのでしょうか……」
「……確かに実力も足りない。でもそれ以上に、チームワークがなってなかったと思う」
何だ何だ、私抜きで反省会が始まっちゃったぞ。
最近三人で一緒に修行していたせいか、なんだかちょっと疎外感を感じる気がするんですけど……?
「私もそのチームワークに加えてほしいんだけどなぁ……」
「それは勿論そう。だけど今回は、ミコトにもやることがあるでしょう?」
「う……魔道具作りの修行……」
「見ていてくださいミコト様! ココロたちはきっと、ミコト様と並び立つのに相応しい力を手に入れてみせますから!」
「え、あ、や、えっと……」
「私も、もう今回のような無様は晒さない。偉大な剣も使いこなせなければガラクタも同じ……まして仲間を巻き添えにしようとしたなどと、生涯の恥だ……うぅぅ……ぐすん」
どうやら引き続き、彼女たちは三人で修行を続行するつもりのようだ。
このままだとPTリーダーにもかかわらず、PTから浮いちゃうことになりかねない……っていうか既にその兆しがある。
私も気合を入れて、一刻も早く魔道具を自作できるようになって、冒険者活動に復帰しなくては。
ということで、今回の模擬戦は四者四様各々の危機感を煽り、結果として気持ちを引き締めるきっかけとなった。
あまりこう、強迫観念でモチベーションを上げるようなことはしたくないのだけれど、実際差し迫った問題というのはいかんともしがたい。
みんなして苦い気持ちを飲み込み、粛々と夕飯を平らげたのだった。
★
翌日。
天気は薄曇り。時刻は早朝、まだ七時を回って間もない。
肌寒ささえ覚える朝の清らかな空気の中、私たちは揃ってギルドへ向かっていた。
目的は本日よりオルカたち三人で、より難しいダンジョンに挑もうということになり、それをソフィアさんに相談しに行くわけだ。普段よりずっと早い時間から宿を出たのは、気合の現れか。
やがてギルドに到着するも、既に冒険者は結構な数が集まっており、朝の静けさを台無しにするような喧騒を孕んでいた。
早朝一番から依頼を受けたい冒険者というのは、実際多い。そのためギルド自体早い時間から営業しており、訪れる冒険者達をせっせと捌いているわけだ。
人垣の向こうで働く受付嬢の人達を見ると、大変な職務だなぁと毎度のことながら頭が下がる思いである。
とは言えピークは大体八時とか九時台らしく、今はまだ幾分マシな混み様である。
列に並んでしばらく待っていると、ようやっと私たちの順番が回ってきた。対応してくれるのは勿論担当のソフィアさんである。
「おはようございます。こんな早くからどうされたんですか?」
「実は、カクカクシカジカで……」
「なるほどなるほど」
「え。伝わったんです?」
「勿論、嫁の言いたいことなら何だって分かりますとも。私に贈るプレゼントを探しに行きたいという話ですよね?」
「全然違います」
「大丈夫です。私はミコトさんのスキルについて調べさせていただけたなら、他には何もいりません」
「…………」
朝早いから寝ぼけているのかな? あ、違った、通常運転だ。
なんて冗談はさておき、私は簡単に事情を説明。ここらで最強のダンジョンはどこかと尋ねてみた。
「そんなこと教えるわけがないでしょう。嫁を危険に晒す妻がどこにいるっていうんです」
「そのネタいつまで引っ張るんですか……」
「安心して、ミコトは攻略に参加しない」
「ですです。ココロたち三人で攻略しますので!」
「ミコトはミコトで別途やることがあるからな。今回は私たちの修行兼試練となる」
ソフィアさんの性格と言うか、特徴を知っているオルカたちがすかさずそう補足してくれた。
すると彼女は、暫し『本当ですか? 嘘だったら承知しませんよ?』とオルカたちと視線を交わしていたけれど、やがてふぅと息をついてゴソゴソと資料を取り出し、広げて見せてくれた。
「この辺りで最強のダンジョンといいますと、ここですね。通称『人喰の穴』という、発見されてかれこれ三〇年ほど経った現在でも最下層にすら辿り着いた者がいないという凶悪なダンジョンです。ポップするモンスターは軒並みレベルが高く、最深到達階層は二六階。モンスターの種類は多彩で、特化装備はあまり意味を成さないでしょう」
「なるほど、いい修行になりそうじゃないか」
「私たちには必要な試練」
「ココロも、頑張ります!」
やる気を漲らせる三人だが、何とも心配である。
そのここいらで最強のダンジョンが、以前攻略した鬼のダンジョンと比べてどんなものかは分からないけれど、クラウは彼のダンジョンボスである黒鬼に敗北を喫している。
三人の力は勿論信頼しているけれど、果たしてどこまで通じるのか。命に関わるような大怪我をしなければいいが……。
って、こういうフラグめいたことを考えるのは良くないな。うん。
一先ず私はソフィアさんが差し出してくれた資料に目を通し、記されていた地図で大まかな場所を把握。
今日の私の役割は、先行してひとっ走りし、ワープで彼女たちを送り届けることにある。
それにしても、資料にはなかなか物騒な情報が幾つも載っている。挑んで命を落とした冒険者の数は一〇〇人近いだとか……とんでもない話である。
「ねぇソフィアさん。本当にこんなところに彼女らを送って大丈夫なんです?」
「大丈夫ですよ。ココロさんもクラウさんもAランク冒険者ですし、オルカさんの実力も確かです。いざとなれば引き際だって上手に見極められる能力はあるはずですから」
「まぁ、そうかも知れませんけど……」
「ふふふ、ミコトさん。今感じているそれこそが、待つ者が抱える恐怖です。これを機に普段私たちが感じている気持ちを味わうといいのです」
「言い方!」
そんなこんなで、いよいよオルカたち三人による新たな挑戦が幕を開けようとしていた。
闘志を燃やす彼女たちを見ていると、ソフィアさんの言うことも分かる気がする。
見送る側というのはこんなにも心配なものなのだなと。
そうして一抹の不安を抱えながら、私たちはギルドを後にしたのだった。




