第一二四話 第二ラウンド
新たにゴーレムを一体プレイアブルで支配下に置いた後、私たちは一旦休憩を挟んで使用したMPの回復や、疲労により消耗したスタミナの回復などを行った。
しかしその間、普段のような和やかさはなく、かと言って険悪なムードでもなく、試合前特有の緊張感が漂っていた。
誰の口数も少なく、オルカたちはそれくらい本気で戦うつもりなのだということが嫌でも伝わってくる。
先程までのハイテンションが恋しいくらいだ。
とは言え、ここまで真剣な彼女たちに向かって、今更私が手を抜くことなんて許されないだろう。
それは単純に失礼に当たる。やるからには私も、本気で取り組まねばならない。
それに、先程負けた悔しさだってあるしね。
さっきの試合が私にとっての負けイベントだったとするなら、次の一戦こそ実力を正しく発揮できる正式なものと言える。
私も、遠慮なくやらせてもらおうじゃないか。それで負けたのなら、納得も出来るというものだ。
そうしてピリリとした緊張感の中、十分な休憩を挟んだ後試合開始の準備に入る。
その際オルカたちに、このままこの場所で戦うのか、それとも上に上がってやるかを問うてみた。
ここは深い谷間にある渓谷。左右を高く切り立った絶壁に挟まれた、渓流沿いの河原である。
幅は体高五メートルほどのゴーレムが優に一〇体以上は横並びできるほど広いため、窮屈を感じるようなこともない。
が、距離を活かして戦いたいのであればここより、崖の上にある高原フィールドを活用したほうが良いだろう。
ただ、オルカの機動性を思えば壁があったほうが三次元的な動きが可能になるため、有利かも知れないが。
「そういうミコトはどうなんだ? 希望があれば聞くぞ」
「え、うーん。私はどちらでも良いかな」
「む。余裕だねミコト……」
「いやいや、私の魔法はあまり場所を選ばないからね。ああでも、水魔法を使うなら渓流は有利かも」
「よし、上でやりましょう!」
ココロちゃんの清々しいほどの宣言により、皆で崖上へワープ。勿論ゴーレムも問題なく連れてくることが出来た。
私は消費した分のMPを回復薬で補充しつつ、彼女たち三人から離れて高原の只中へ陣取った。
渓谷は既に日の当たる時間を過ぎ、薄暗くなりつつあったけれど時刻としてはまだ午後二時を過ぎた辺りだ。谷間を脱すれば必然、眩しい陽光が照りつけてくる。
雲もまばらな青空の下、私はそっと魔法特化型装備へと換装。
手には以前ダンジョンで手に入れた、古びた魔導書を抱えている。
別に開いて読んだりはしない。持ってるだけでINTとMPに高い情報補正が入るため装備しているのだ。
そして今回、仮面は着けない。着ける意味がないので、その分を別の装備枠に回した。
久々に、仮面の中でこもらぬストレートな声で、三人へ告げた。
「こっちの準備はいいよ。いつでもどうぞ!」
オルカたちとは一〇〇メートル近く距離を開けて対峙している。
豆粒ほどに小さく見える彼女らは、二、三打ち合わせをした後、一つそれぞれの得物を皆でカチンと軽く重ね、互いの健闘に期待しながら素早く行動を開始した。なんだよその合図、かっこいいな!
まず仕掛けてくるのはやはりオルカだ。そも、ココロちゃんもクラウも射程はそれほど長くない。であれば当然、オルカが牽制を放ちながら二人を突っ込ませるというのが定石となるだろう。
オルカは苦無を矢に変形させ、弓につがえて放ってくる。その命中精度は恐ろしく正確で、投擲時同様的確に関節を狙ってくる。
それに対するのは私の心眼である。伝説のスキルと言われるだけあって、たかだか一〇〇メートルほどの距離は意にも介さず機能している。
三人の狙いや考えていることが、手に取るように分かるのだ。
故に放たれる矢も難なく回避。距離がある分ガードの必要すら無い。
そして私も、彼女らの接近をただ見ているわけもなく。
先頭を切って駆けていたクラウが、それに掛かった。
以前、【アラート】というマジックアーツを開発したことがあったが、それを少し改造して他の魔法と連携できるようなトラップ魔法をこしらえておいたのだ。
その名は【マイントラップ】。効果は、エリア内に侵入した者に対し、予めセットしておいた魔法を喰らわせるというもの。
なかなか特殊なマジックアーツで、発動した瞬間マイントラップのスキルが、セットしたマジックアーツへと変化して対象へ襲いかかるという性質を持つ。そのため単発のトラップ魔法となる。
クラウが今将に、そのマイントラップエリアへと足を踏み入れた。
瞬間、凄まじい電撃が彼女の身を焦がし、数秒間激しい痙攣を起こしたクラウは黒煙を上げてその場に倒れ伏した。
よく漫画なんかだと、普通に電撃に耐えて踏ん張るような描写があるけれど、そんなの無理だから。電撃を何だと思ってるんだって話だ。
ぎょっとしたココロちゃんがすぐさま治療に入り、オルカがその時間を稼ごうとする。
が、それを許したのでは手抜きとのそしりを免れないだろう。だから遠慮はしない。
彼女が牽制に放ってきた矢を、空間魔法の【スペースゲート】で送り返す。狙う先は太腿。酷く心が痛むが、出来ることをしないのは手加減に他ならない。流石に致命傷を狙いこそしないが、その機動力は奪わせてもらう。
オルカの弓が放たれた、その直後にほんの一瞬だけゲートを発動。矢を吸い込んだそれはオルカの腿の裏へゼロ距離で出現。
深々と、そこへ突き刺さったのである。
たまらずその場に倒れるオルカ。私は胸が引き裂かれるような思いを無理やり押さえつけ、追撃の手を更に加える。
ゴーレムを操作し、その場で繰り出させるのは全力のストレートパンチだ。
オルカの様子を見ていたココロちゃんは、何が起きたのか一瞬分からなかったようだが、直ぐに私の魔法へ思い至ったらしく、警戒を強めた。
その頭上に、スペースゲートが出現。大質量と運動エネルギーをたらふく乗せ、更に重力魔法まで掛けた拳による一撃が治療中のクラウもろとも叩き潰しに掛かったのである。
だが、心眼は彼女らがガードを間に合わせたのだということを私に伝えてきた。
どうやら無理やりクラウが体を起こし、頭上に黒盾を構え、ココロちゃんと二人がかりで踏ん張り耐えたようだ。
ココロちゃんは早くも鬼の力を解放したようである。が、今の一撃は流石に応えたらしく、先程の比じゃないほど強烈な衝撃に、流石にダメージを負ったらしい。
少しMPを消耗しすぎたため、裏技にてこれを補充。
しかしこのタイミングを狙っていたのか、オルカの矢が飛来する。が、心眼はそれを見逃さない。
ゴーレムが軽く身をよじれば、せっかく痛みに耐えて放った一矢も素通りしてしまう。
出した拳をいつまでもそのままにするような愚は犯さない。
私はすぐにゴーレムの腕をゲートから戻すと、次の魔法を仕掛けに掛かった。
得意の【アクアボム】だ。大量の水を超高圧縮して、一気に解き放つ魔法だが、私の場合その後撒き散らされた水は、氷系魔法に転用することができる。
要は、純粋な攻撃と同時に、フィールドを私の有利なものに変える効果が見込めるというわけだ。
ゴーレムのストレートを見舞った際、既に生成に取り掛かっていたそれは私の傍らに浮かんでおり、ピッと指を振れば水球は勢いよくオルカのもとへと飛翔した。
「ごめん、オルカ」
「っ‼」
これは拙いと退避しようとした彼女だが、足の痛みで動きは鈍く、思うように距離は取れない。
結果、至近距離でアクアボムの水爆発を受けることになり、凄まじい水量を全身に受けて吹き飛ばされたのである。
そしてそれは、ゴーレムの拳により生じたすり鉢状の穴の底にいたココロちゃんとクラウも例外ではなく。
そこに私は【フリージング】の魔法を重ねた。
一瞬にして膨大な水は氷結し、それに呑まれた彼女ら三人を容赦なくその内へ閉じ込めたのである。
が、僅かな静寂の直後一部の氷が内側から弾け飛んだ。
ココロちゃんとクラウだった。オルカもまた、苦無を変形させて氷をガンガン破壊しているようだ。これで決着とは行かないらしい。
けれど私もこれで決まるとは思っていなかった。
だから当然、次の手も既に用意してある。
「【ピットフォール】を連続発動」
瞬間、ココロちゃんとクラウの足元から地面が消失した。
半径三メートルほどの穴が彼女らそれぞれの足元に空き、重力に逆らえず二人は瞬時に落下を始めた。
更に、ダメ押しで穴に丁度収まるほどの氷塊、即ち直径六メートルにもなる巨大な氷の塊をそれぞれの穴に落下させたのだ。
ピットフォールの連続使用により、彼女らの穴はどんどん深さを増し、地面に着く前に穴は下へ下へ伸び続けている。
落下距離が増えれば増えるだけ、頭上から落ちてくる氷塊の威力も増す。
ハッキリ言って、致命の一撃になり得るコンボだ。なので今回は一〇メートルほどの縦穴にとどめておく。
すると穴の底から氷塊のぶつかる凄まじい音が鳴り、二人の安否がたまらなく心配になった。
が、彼女たちはとても頑丈なんだ。私はそれを知っている。だからここで手を抜いたりはしない。
「【ランドフィル】」
続いて発動した地魔法により、一瞬で二つの大穴は埋め立てられた。
そこには始めから穴なんて無かったかのように、平らな地面があるだけ。クラウとココロちゃんは見事に地下一〇メートルに生き埋めとなったのである。
流石にこれで無事だとは思わないが、まだ予断は許されない。
それにまだ、対峙するべき相手が残っている。
ボゴンと、オルカが氷を砕いて拘束を脱した。酷く息が上がっており、肩で呼吸をしている有様だ。
彼女から伝わってくる感情は、身を切るほどの悔しさ。
必死に放って来る苦無は、しかしそのいずれもがゴーレムには当たらない。
「【ピットフォール】【アイスロック】」
意識の間隙を縫って、私はオルカにもココロちゃんたちへ掛けたそれと同じコンボを見舞った。
が、次の瞬間。そのココロちゃんたちを埋め立てた場所が盛大に爆発し、そこから二人が飛び出してきたのだ。
私は流石にギョッとして、意識を逸らしてしまった。
その瞬間、オルカは落ちる前に苦無を板に変えて穴に蓋をし、見事落下を免れた。ばかりか、その場を即座に退避し、頭上から迫る氷塊も避けてみせたのである。
板となった苦無の上に落ちた氷塊だったが、何と苦無は破れるでも凹むでもなく、びくともしない。恐ろしい強度だった。
なるほど、ゴーレムをあっさり切断してしまうのも頷ける。
というかそれより何より、穴から自力で脱出してきたココロちゃんとクラウにこそ驚きなのだが。
「えぇぇ……今ので決められないの……?」
MPを裏技で補充しながら、いよいよどうしたものかと私は頭を悩ませる。
手加減こそしていないが、致死性は控えなくちゃならない。レギュレーションというやつだ。
であれば、どうやったら彼女たちを倒せるのか。それが正直、分からなくなってしまった。
想像以上のタフネス。それに多分、オルカが見事に対応してみせたように、一度見せた技は通じないと思う。
高ランク冒険者の実力、えげつないな……。
「こうなったらもう、真っ向勝負を仕掛けてみるか」
全ての手札を切ったわけではないが、私自身の底は見えた気分だ。それで勝負を決められなかったというのなら、自分の未熟さを改めて認めるしか無い。
ここからは小手先の魔法ではなく、ゴーレムを駆使したインファイトに移ろう。
ただし、先程やり合ったゴーレムくんと同じだと思ったら痛い目を見るからね!
「やっちゃえゴーレム!」
掛け声とともに、私はゴーレムを操作。
信じられないようなスピードでもってココロちゃんたちへと襲いかかる。適宜重力魔法で重量操作を行い、体捌きは軽く、攻撃は重く。
これにより鈍重な動きはまるで感じられない、とてつもない運動性を発揮するゴーレムが顕現したのである。
流石に面食らったココロちゃんとクラウは、しかししっかりと防御を行い、ゴーレムの放つ勢いの乗った鋭い拳をがっしりと受け止めたのである。
が、威力は殺せても重量や質量の差はいかんともしがたいもので。
盾で受けたクラウと、それに守られたココロちゃんは持ち堪えることが出来ず、振り抜かれる拳に弾き飛ばされ、凄まじい勢いでとんでもない距離をすっ飛んでいった。
だが私の視界の範囲であればそれはスペースゲートの射程内。
彼女たちの進行方向に開いたそれは、ゴーレムが拳を振りかぶったその真ん前に繋がるものであった。
これでもかというほどベストな、殴りやすい位置に、勢いをつけて現れた二人へゴーレムはしっかりと拳を合わせて地面へ叩きつける。
が、何とこれが空振り。拳は空を切り、とんでもない轟音を鳴らしたが、死に体を晒したのはほんの一瞬。すぐに姿勢を立て直して彼女たちから距離を取った。
ココロちゃんとクラウを救ったのは、私の手を先読みしたオルカだった。
ゴーレムの拳がヒットする直前に、身を挺して二人を助けたのである。さながらトラックの前に飛び出した美少女二人をタックルで救ってみせたかのようであった。
勢いよくオルカが突っ込んだものだから、勢い余って三人とももみくちゃで地面を転がり、グダグダに。
だがしかしそこは戦闘のプロ。すぐに身を起こし、戦闘態勢を取り繕ってみせた。
恐ろしいことに、もみくちゃになっている間にココロちゃんが治癒を掛けたらしく、オルカもクラウもダメージが回復してしまっているという。攻撃を仕掛けたはずが、何故か三人を本調子に戻してしまうというとんでもない結果に終わってしまったわけで。
やっぱりココロちゃんはヤバい。殴りヒーラーの存在はえげつない。
なんて恐々としていると、しかしいよいよ今までおとなしかった彼女がキレた。
「くくく……あははははは‼ 素晴らしい……素晴らしいな、ミコト……最高だよ」
ずんずんと、背筋に冷たさが走るような迫力でもって、クラウが一歩二歩と前に出たのである。
爛々とした眼で見据えるのはゴーレム。
心眼が告げるのは、彼女の喜び。心の底から、強い相手と戦えることを喜んでいる。爆発しそうなほどの狂喜。
バトルジャンキーの本能が目を覚ましてしまったらしい。
私は思わず後ずさりしそうな弱気を堪え、ぐっとファイティングポーズを取ってみせた。
決着の時は、近い。




