第一一七話 初日
妖精から魔道具の作り方を教えてもらうことになった私。けれどそのための条件として、彼女らのことを他者へ話すわけには行かず、結果としてオルカたちと囲う食卓においてはその辺りをぼかして語る他なかった。
「ってことで、とある魔道具づくりのスペシャリストから指導を受けることになったので、私の方は一歩前進って感じかな」
「ミコト。それはどこの誰?」
「ミコト様がお世話になる方なら、ココロも一度ご挨拶に伺わなくては!」
「信頼に足る人物なのか?」
そしていつもの過保護組である。
いやまぁ、ワープや心眼ってスキルを得てからは私自身、ちょっと自分の危うさってものを自覚しつつあるからね。みんなの気持ちも分からないじゃないし、何よりその心眼が彼女らの気持ちを詳らかにしているから、詳しく話せないことを心苦しくも思うのだけれど。
しかし妖精との約束を反故にも出来ない。
「えっと、理由あって詳細は話せないんだ。でも、私の“眼”が信用できる相手だって告げているし、私自身信頼できると思ったから、その辺りは安心して欲しいかな」
「むぅ……」
「でも、ご挨拶には行きたいです!」
「そうだな。“眼”を用いて判断したのなら問題はないのだろうが、仲間が世話になるというのなら礼儀は通したいものだ」
「うーん……」
なかなか強情な彼女たち。
私だって、相手が普通の人ならその言い分ももっともだと聞き分けていたところだけれど、何せ妖精が相手だからなぁ。
約束もあるから、みんなをおもちゃ屋さんにつれていくこと自体よろしくないだろうし、引き合わせてみたところで多分お互い見えない。話も出来ないだろう。
あ、でもココロちゃんなら大丈夫かな? 小さいし。
でもなぁ。うーん。
「まぁ、明日にでも話してみるよ。ある意味難しい相手だから、会えるかは分からないけどね」
「なんだかすごく気になってきた」
「怪しさマシマシですね」
「ミコトは危なっかしいからな……私たちがしっかりしなければ」
「あぁ、クラウもすっかり過保護組に……」
私、そんな危なっかしいことしてるかな? 結構安全に立ち回ってるつもりなんだけど、やっぱりスキルが特殊なせい?
まぁ何にせよ、明日にでもオルカたちのことはモチャコに話しておこう。
それからは食事の手を進めつつ、話題を三人によるダンジョン攻略の方へ向け、今日の成果を聞かせてもらった。
朝から攻略したことと、クラウの戦力が加わったおかげで強敵難敵なんのその。
怒涛の勢いで進行が捗り、マップを完全踏破しながらだと言うのに五階層も進んでしまったと言う。
まぁ鬼のダンジョンに比べると、一階層当たりの広さが小ぶりだということもあるようだが。
何にせよ、私抜きでも全く問題ないほど攻略は順調なようで、ちょっと寂しい気持ちになった。
どうしよう、そのうち私抜きで戦闘スタイルが固まっちゃって、お前の席ねぇから! とか言われたら。
ぐぬ……私も頑張って、自分の有用性ってものに磨きをかけておかないと!
そんなこんなで夕食は済み、私たちは自室へ帰って各々の夜を過ごしたのであった。
★
翌朝。空は快晴。
朝食を済ませて、今日はオルカたちをゴーレムの谷の方へ送った。雨の影響も落ち着いたようで、水嵩はいつもどおりに戻っていたから、ゴーレムとの戦闘に支障はないはずだ。
ゴーレムに対してすっかり苦手意識が芽生えてしまったのだろうか、オルカの表情だけは冴えなかった。大丈夫かな……心配である。
運動不足解消がてら、私もゴーレムの相手をしてみる。
心眼を駆使すれば、相手が次にどんな動きをするのか半ば予知めいて予測できてしまう上、ゴーレムは鈍重だ。
火力さえ通るのなら、一方的にダメージを加えることが出来る。そして私には火力がある。
やはり絶対的なほどに相性で勝っているため、この場所じゃ私の修行にはなりそうにない。
ゴーレムの落とす魔石はその図体ゆえか大ぶりなので、それを狙って数体サクサクと狩ってから帰ることに。
オルカたちに変なプレッシャーを与えたくもなかったため、彼女たちの目が届かない離れた位置で数体を切り捨て、ドロップアイテムを回収して街へ戻った。
その際、ふと気づいたことがある。
宿の自室に戻った私は、改めてマップウィンドウを確認した。
すると街なかのとある一角に、見覚えのないマークが付いていることに気づく。
金色に光る、妖精をデフォルメしたようなマークだ。多分間違いなく、おもちゃ屋さんの場所を示しているのだろう。
しかしどうしてこんな変化が……と疑問に思ったが、ふと昨日おもちゃ屋さんからの帰り際、モチャコたちにある物を渡されたのに思い至った。
「これのおかげ……なのかな?」
ストレージから取り出したのは、一枚のカード。
それは昨日、帰り際にモチャコたちから渡されたもので、お守りのようなものだと言う。
これがあれば、おもちゃ屋さんの場所を感じることが出来るようになるとか何とか言う話だった。
実際このカードを持っていると、何となくおもちゃ屋さんがありそうな方角というのが感覚的に分かる気はするのだけれど、まさかマップにこうハッキリと表示されるようになるとは思わなんだ。
これだったらワープで移動してしまってもいいのだけれど、流石に街の中でワープを多用するのは、目撃される可能性が高すぎる。街外のフィールドに出るのとはわけが違うのだ。
ということで、私は一人徒歩でおもちゃ屋さんへ向かうことにした。
マップ上に浮かぶ妖精のマークを目指し、すっかり見慣れた街並みの中をてくてくと歩く。
しかし心持ちはなんだか落ち着かず、こう、初出勤時のドキドキと言うか何と言うか。妙な緊張感を抱いたまま、黙々と歩みを進めたのだった。
そうして見つけたおもちゃ屋さんは、マップからも分かっていたことだが、昨日とは全く違う場所にぽつんと佇んでいた。
店は閉まっており、子供の姿もない。
私は昨日言われていたとおり、店の裏口へ回って、ドキドキしながらその古びた木製扉を開いた。
「おじゃ、おじゃましまーす」
キィと、蝶番を小さく鳴らして扉をゆっくり開く。
すると中から、何かの気配を感じて私は一層緊張を強めた。昨日顔合わせはあらかた済んでいるのだけれど、まだ慣れてはいないみたいで。
しかしそれは私だけではないようだ。心眼が、待ち構える相手の緊張をもこちらへ伝えてくる。
ドキドキしながら扉を開ききると、そこにはモチャコ、トイ、ユーグの姿があった。
それを認めた途端、なんだかふっと肩に入っていた力が抜けて、幾らかの安心感を覚えた。
「お、遅いよミコト! 師匠を待たせるとは何事か!」
「えっ、や、時間決めてたっけ?」
開口一番食って掛かるモチャコ師匠に、少し焦った。
何せ昨日は、最終的に四方八方からたくさんの妖精たちが話しかけてきたため、その対応に追われててんやわんやしていたのだ。もしかしたらモチャコの話を聞き逃していたかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「ミコト、気にしないで。モチャコったらあなたが来るのをここでずっと待ち構えていたの。別に待ち合わせをしたわけでもないのにね」
「まるで忠犬みたいに扉の前で待機してて、可愛かったねー」
「う、うるさいなっ! っていうか犬に例えるの止めてくれる!?」
トイたちに茶化されて、モチャコがもちゃもちゃし始めた。私はその間に扉をくぐって後ろ手にそれを閉める。
ひとしきりじゃれ合う彼女らを生暖かい目で見守っていると、唐突に我に返ったモチャコがわかりやすく咳払いをする。
「コホン。それじゃぁミコト、まずはアタシについてきて。あなたの勉強部屋に案内するから」
「勉強部屋?」
「昨日みんなで作ったのよ。モチャコなんて大張り切りだったんだから」
「余計なことは言わなくていいのっ!」
ぷりぷりしながら飛んでいくモチャコと、それに追従するトイにユーグ。私は彼女らの後に続いて廊下を歩いた。
そう言えば廊下は、私が歩いても問題ない幅がある。確かに些か狭くはあるけれど、人間が通るのに支障はないサイズ感だ。
もしかすると、人の子供が通ることも考慮して設計されているんだろうか? そうでなくては、わざわざこんな通路を作る意味がないからね。本当に妖精たちは子供が好きなんだなぁ。
廊下を歩き、昨日見せてもらった妖精たちの作業部屋からほど近い位置に、真新しい扉が一枚。ご丁寧に妖精用の小さな出入り口まで付いたその部屋こそが、私のために用意してくれたという勉強部屋のようだ。
ドキドキしながらその扉を開くと、中はおおよそ八畳ほどもある空間となっており、材質は板張り。木の香りが心地良い、居心地の良さそうな部屋だった。
窓はないが、天井には魔道具の照明。蛍光灯じみたそれは、違和感なく部屋を隅々まで照らしてくれている。人の作る照明より、やはり質が良いもののように思えた。
作業机は広くどっしりとしており、部屋の奥に備え付けられている。
大きな棚には様々な資材が詰め込まれており、自由に使っていいとのことだ。
また、余ったスペースにはミニチュアのくつろぎスペースが設けられており、どうやら妖精たちの休憩所として利用される予定のようである。
「どう? なかなか立派なものでしょう。ミコトにはこの部屋でマドーグの作り方を教えることになるから、もし足りないものとかあったら言ってね」
「こ、こんな立派な部屋をわざわざ作ってくれたの? っていうかお店の外観は変わってなかったのに、どうやって改築なんて……?」
「空間拡張の応用だねー。私たちの手にかかれば、大したことでもないよー」
「妖精の技術ってすごいんだなぁ……なんだか俄然やる気が湧いてきたよ! みんなありがとう、私頑張る!」
空き部屋を片付けたとかではなく、新たに部屋を作り出したというその謎技術もさることながら、わざわざ部屋を用意してくれたというその心配りにも痛く感動し、私の胸と目頭は熱を帯びた。
ここまでしてくれたんだ、それに報いるだけの努力をしようと、そう心に決めて、早速机に向かい椅子に腰掛けた。
座り心地も悪くない。妖精と私とじゃサイズ感がまるで違うというのに、よくこういったものまで用意できるものだと感心してしまう。
っていうか、こんな大きなものをどうやって組み上げたのかも気になるところだ。妖精たちでは重くて持てないんじゃないのかな?
謎は深まるばかりである。が、それは追々質問していけばいいだろう。
「さて、それじゃぁ早速だけどミコト。あなたにはまず課題を一つ与えるよ」
「課題?」
「ボクたちも昨日、ミコトにどうやって、何を教えるべきかーって話し合ったのだけれどね、こちらがあれこれ一方的に語って聞かせるよりも、ミコトの方から質問させたほうが良いんじゃないかって考えに至ったの」
「だからミコトは、私たちが与えた課題に取り組みながらー、分からないこと、知りたいことを見つける度に、私たちに質問したら良いんだよー」
どうやら妖精たちの教育方針は、詰め込み式ではなく当人に考えさせ、適宜知識を注いでいくスタイルのようだ。
私としてもその方が有り難いし、彼女らの心配りには頭が上がらない。
「色々気を回してくれてありがとうね。それで、その課題の内容って?」
「勿論、最初はキソテキなことからになるね。ミコトにはまず、ショホテキな【付与】から覚えてもらうよ」
そう言ってモチャコは、素材棚から水晶……いや、ガラス玉か。綺麗なまん丸のそれを机の上にどっこいせと一つ運んでくると、私の前に転がした。
そして言う。
「コレに付与を施して、『MPを注ぐと光を発するガラス玉』に加工するの!」
「しょ、初手から大変そうだ……」
いきなり【付与】だとか、本でも見たことのないようなことを言い出すモチャコに、私は早速頭を抱えそうになった。
と同時に、付与……つまりエンチャントだ。今から私はエンチャントを覚えるのかと思うと、途端にワクワクしてくる。
斯くして妖精師匠たちの指導のもと、私は未知の技術習得に取り組み始めたのであった。




