第一一四話 魔道具作りへの道
防具職人のハイレさんと知り合った次の日。
昨日の雨模様から一転して、空は青をたたえている。
雨空の余韻を感じさせるようなしっとりとした朝の空気を吸いながら、私は自室の窓辺でぼんやり空を眺めていた。
手元にはなんと、異世界時計。形は懐中時計のそれで、思いがけずガッツリ細かな歯車がごちゃごちゃ組み合わさってできている。無骨でかっこいい、アンティーク調の品だ。
魔道具としての側面もあるらしく、時間が狂わない仕組みと、魔力供給によるバッテリーの効果があり、いつの間にか時計が止まってて時間がわからない! なんてことにはほぼならないらしい。
ちなみに魔道具の魔力供給源は、モンスターがドロップする魔石であるため、それに関しては交換が必要になるのだけれど。それにしたって時計の動作に用いられるエネルギーは微々たるものなので、寿命は長い。らしい。
仮に魔力切れを起こしても、ねじ巻き機構搭載で安心。まぁあくまで応急的な仕組みであるため、時間がずれやすいという弱点があるそうだけど。
弱点と言うなら、やはり耐久面にある。高いところから落っことしただけで、中の歯車にズレが生じる可能性があるとのこと。下手をするとそれだけで壊れてしまうため、取り扱いには注意が必要だ。
なるほど、冒険者が時計を持ちたがらないというのも頷けるほどの繊細さである。
しかしながら私にはストレージがあるため、取り扱いに関しては問題ない。
そして同じものをクラウも購入したのだけれど、あちらはマジックバッグを持っているので外部からの衝撃は受けないとのこと。
私はむしろ、マジックバッグの中がどうなっているのか、にこそ興味があるけどね。
それにしても時計、高かったな……本当に金欠になってしまった。
しみじみとそれに目を落とすと、時刻はまだ午前六時半。オルカはベッドでもぞもぞしている。
手持ち無沙汰気味に、今日の予定へ思いを馳せてみた。
本日より魔道具の勉強を始めるつもりではあるのだが、一体何処からどうやって手をつけたものだろうか。
師匠になってくれそうな人でも探してみるべきかな?
あと、冒険者としてのカンが鈍らぬよう、一応戦闘もこなしておきたいんだけど、それはまぁオルカたちの送り迎えをする際にやればいいか。お金も稼がないとだし。
ともあれ、一先ず魔道具を扱っているお店を見て回って、参考になるものがないか観察して見るところからかな。
その後は図書館でハウツー本とか探してみよう。
何かを自分の力で、イチから始めるのって大変なことなんだなぁ。頑張らないと。
そんな考え事に耽っていると、やがてオルカも起き出して来たので、朝の身支度に取り掛かった。
顔を洗ったり歯を磨いたり、色々やることを済ませてから食堂で朝食をいただく。勿論ココロちゃんやクラウも一緒だ。
いつものように、今日の予定について話し合う。クラウは防具職人にも出会えたことから、またオルカたちと一緒に鍛錬に励むらしい。
なお、ゴーレムの谷へは昨日の雨の影響で水嵩の増加が心配されるため、今日もダンジョンの方へ行くとのこと。
実は昨日、オルカたちを迎えに行った時少し合流に手間取ってしまったのだけれど、それ故の時計である。
予め時間を決めてさえおけば、合流もスムーズに行くだろうという公算のもと、私とクラウでそれぞれに時計を持つことにしたのだ。
そうして私の予定についても彼女らに話しておく。とは言っても予定ってほどのこともない、曖昧なスケジュールではあるのだけれど。
「ミコト、糸口が掴めないようなら私もそっち手伝うよ?」
「ココロもです!」
「ありがとうね、でもとりあえずは一人で頑張ってみるよ。みんなも修行頑張って!」
朝食を終えた後は一旦私たちの部屋に集まって、そこからワープでの移動となる。
もうすっかり慣れたもので、パパっとモザイク処理を施した後ダンジョン入り口へ転移。そこからフロアスキップを駆使して、マップ埋めが済んでいる最深階層まで飛んだ。現在は既に第三階層を踏破しているらしく、フロアスキップで第四階層へ降りる階段の前まで飛ぶことが出来た。
ここで一つ、昨日の実験をおさらいしておこう。
実は昨日、オルカとココロちゃんにはマップウィンドウを共有化しておいたのだ。だからこそマップ埋めなんて作業が出来たわけなんだけど。
そして試みとして、私が直接ダンジョン内を歩き回らずとも、フロアスキップのアクティベートは可能なのかという確認に協力してもらった。
結果は成功で、私が直接入ったことのない階層にも一瞬で移動することが叶ったのである。
もし上手く行かなかったら、それこそ昨日はもっと合流に時間と手間が掛かっていただろうけどね。成功してよかったよ。
ということで、マップを共有した仲間が別行動でダンジョンを攻略しても、フロアスキップは問題なく発動することが分かった。
これを利用すると、何かしら悪巧みとかできそうな予感がするのだけれど、勿論そんなつもりは毛頭ない。
合流するのに便利だなー、くらいのものである。
そうして三人をダンジョンへ送ったついでに、朝の運動がてら軽く狩りを行った。
オルカたちが修行のためにと潜っているだけあって、ポップするモンスターはなかなかの強敵揃い。
ただ、ゴーレムと違ってオルカの攻撃は問題なく通るようで、久々に活き活きと戦う彼女を見て少しホッとした。
ゴーレムには全然火力が通らず、かなりフラストレーションを溜め込んでいたみたいだったからね。
やっぱり相性ってあるんだよ。
ただ、相性が悪いからって一方的な敗北を受け入れてたんじゃ、冒険者なんてやってらんないからね。そこは各自何らかの手段を講じて対策を打たなくちゃならない部分ではある。
果たしてオルカは、どんな答えに辿り着くんだろう。彼女の成長に期待しておこう。
★
この世界には“魔道具”と呼ばれるアイテムがある。
その語源には諸説あるようで、魔法の力で動く道具だから魔道具、という話もあれば、魔法で作られた道具だから魔道具というものもある。はたまた、魔法が込められた道具だからだとか、魔物由来の力を動力とした道具だから、なんてものも。
そう、魔道具の動力源は魔物、つまりモンスターがドロップする魔石である。
中には例外もあるそうなんだけど、基本的には魔石のエネルギーを利用して稼働するのが魔道具だ。
ありふれたもので言うなら、街なかにポツポツと設けられている街灯なんかがそう。
たまに魔石を交換している業者さんの姿を見ることがあるけど、あれらの街灯も魔石で動いている証左だと言えるだろう。
科学の発達した世界で長年過ごした私だからね、動力源が魔石だと分かっているなら、それを電気エネルギーに置き換えて想像してみると、何となく仕組みが分かるんじゃないかって気がしてくる。
とは言え、別に私そこまでそういうの詳しいわけじゃなかったけど。
でもまぁ、初歩の初歩くらいなら、多分。うん。
何はともあれ、調べる前から考えすぎてもビビる一方だ。行動力があれば大抵なんとかなる。
ということで私は今、魔道具屋さんをはしごしながら、どういった魔道具が商品として扱われているのか。どんなふうに作られているのか。どういう仕組なのかなどなど、じっくりと観察して回っていた。
こうしてみてみると、どれもこれも電化製品のご先祖様みたいなものばかりで、頑張れば私にも作れるんじゃないの? って強気が湧いてくる。
しかしその反面、どうやって魔石から魔力とやらを取り出しているのかとか、それをどんなふうにエネルギーとして運用しているのかなど、分からないことも多い。
そこら辺はやはり、図書館で資料を漁ってみる他ないだろう。
物色に一区切り付けた私は、いよいよ図書館へ向かうべく足をそちらに向けたのだけれど。
その道すがら、ふと不思議な感覚を覚えて狭い路地へと足が進んだ。そちらに何か楽しいものがあるような、そんな予感がしたんだ。
すると果たしてそこにあったのは、一軒の古びた建物。廃墟というわけではない。手入れも行き届いている、木組みの建物だ。
路地を抜けた、小広いスペースに一軒だけぽつんとあるそれは、何とも不思議な佇まいに見えた。
見たところ何かのお店のようだけれど、何のお店なのだろうとショーウィンドウを覗いてみれば、そこには様々な人形や模型、ぬいぐるみにカードなど、いかにも子供が好きそうなものが展示してあった。
どうやらここは、おもちゃ屋さんのようである。なるほど道理で懐かしいような、ワクワクするような気持ちが湧いてくるわけだ。
しかし残念ながら、今は準備中の札がドアに下げられており、入店することは出来そうにない。
是非とも中を見たかったのだけれど、それは次のお楽しみに取っておこう。図書館の帰りにでもまた立ち寄ってみようかな。
後ろ髪を引かれるような心持ちで私は踵を返し、来た道を引き返したのである。
余談ではあるが、この世界にもガラスはある。流石に地球のそれと比べると質は落ちるのだが、それでもこの街では一般家庭にも普及しているほど広く取り扱われているようだ。おもちゃ屋さんのショーウィンドウにも勿論用いられていた。
宿の窓にも付いてるし、懐中時計にだって用いられている。
多分、ガラスを扱うジョブなんてのがあるんだろうな。生産職というやつだ。
もしかするとガラス工房も探したら見つかるかも。今度調べてみても楽しそうだ。
そんなことに思いを馳せながら、暫く歩くと大分見慣れてきた図書館が現れた。
さて、魔道具の作り方についてなにか分かれば良いのだけれど。
期待と不安を両脇に抱えながら、私は図書館の入口を潜るのだった。
入館手続きを済ませ、早速目当ての本を探して回る。
が、自分だけで探すのも大変なので、司書さんに声をかけて尋ねてみた。
結果、思ったより多くの関連資料を見つけることが出来た。
私はそれらを机に詰んで、片っ端から読み漁っていく。
ステータスに物を言わせての速読。理解力も非常に高く、スラスラと本の内容が頭に入ってきた。
しかしそれとはまた別に、本を綴った際の作者の思いや考えなんかがぼんやりと心眼を通して読み取れるのだ。これの効果も相まって、以前勉強したときよりもずっと深く知識を身につけられたような、そんな感覚を得ることが出来た。
心眼、さすが伝説に数えられるスキルだ……様々な場面で役立ってくれている。
これらの本は多分、原本ではなく写しだろう。印刷技術もそれなりに進んでいるらしく、文字には手書き感がない。
しかしそれでもこうして思いを読み取れるというのだから、原本を読んだら一層いろんなことが伝わってきそうな予感がある。凄いスキルだとは思うが、同時に少し怖くも感じた。
そうやって本から得た沢山の知識の中で、特に有益だったものを挙げるとするなら、やはり魔道具全般の仕組みに関する情報だろうか。
基本的に魔道具というのはスキルを用いて生産されるものらしく、それらが具体的に一体どういう仕組なのかは、昔から専門家たちの研究テーマとしてメジャーらしい。
全く何も分かっていないわけではないが、複雑で高度な魔道具になると、それを作り上げた当人ですら「スキルが勝手にやった。オレは知らない」と、まるで犯罪者の供述みたいなことを言うそうだ。
とどのつまり、ノウハウなんてほとんど無かった! ということが分かった。魔道具を作りたければ魔道具生産のためのスキルを身につけろ、という話である。
残念ながら今現在、私はそういった生産系のスキルを持っていない。冒険に役立つものばかりを覚えていて、生産職のスキルには縁がないのだ。
果たして、覚えようとして覚えられるのか。魔法ならともかく、スキルの方は難しいんじゃないかと思う。
望んだスキルを得ようとしても、ジョブと当人の才能、適性、血筋、体験などなど、様々な要素が関連して習得の可否が決まるとされている。
果たして私に、魔道具作りの才覚があるものか……無いとしたら、完全手動で挑まなくちゃならないってことになる。
そうなると、いよいよ具体的なノウハウもないまま取り組むってことになり、正直詰みに近い状態だと言わざるを得ない。
とりあえず後天的にスキルを覚えるためには、それに携わって相応に努力してみることが一番だろう。
帰りに適当な材料でも買い漁って、簡単な照明魔道具の制作にでも挑戦してみようか。
昼食を挟んで、私は尚も図書館に籠もった。もっと詳しい情報がないかと、とことんまで調べたのである。
ちなみにオルカたちはお弁当持参でダンジョンへ向かった。宿の食堂でこしらえてもらったものだ。
ダンジョンでは合流もひと手間なので、だったらお昼は別で摂ることにしようという話になったのだ。
それにしても面白いように本を読み進めることが出来るため、結局何時間も図書館の一角に居座り、山のように積んだ関連資料へ一気に目を通した。
しかしながら、これというような大きな発見はなく、結局魔道具開発、生産用のスキルを覚えられるかどうかが鍵になることは覆らないみたいだ。
ふと時計を確認すると、時刻は既に一六時をとっくに過ぎていた。
私はギョッとして、机の上を確認する。
タワーだ。本の塔が出来上がっていた。コレを今から片付けるのかと思うとげんなりしてしまう。
だが、出したものはちゃんと片付けないとね。まして公共施設でモノグサを発揮しては、ただの迷惑行為でしか無い。
一日掛けて沢山調べたのに、読んだ本の量には全然見合わない知識しか手に入らなかった。そのことに小さなため息が出るが、気持ちを切り替えて椅子から立ち上がる。
さて、お片付け開始だ。
テキパキと本を棚に戻す作業を繰り返すこと半刻ほど。
ようやっと机の上から本は消え去り、妙な疲労感を抱えながら私は図書館を後にした。
時刻はやがて一七時。待ち合わせは一八時前後としてあるため、もう少し余裕はある。なにせ移動は文字通り一瞬だからね。人目につかない場所にさえ入り込めれば、そこからワープでダンジョンまで飛べる。
なので特に焦りもなく、夕日の赤に染まり始めた街並みをぼんやりと歩いていた。
帰りがけには魔道具製作の材料になりそうなものを買うつもりだったため、どこに立ち寄ればそれらしいものが手に入るだろうと辺りを見回していたところ、不意に覚えのある感覚が湧いてきて、またも私の足はフラフラと細い路地の間へ進んでいったのである。
「え……あれ? ここって……」
ひょんなことに、そこには見覚えのある建物があった。
私が午前中、心惹かれたあのおもちゃ屋さんだ。
夕日に照らされたその佇まいは、一層ノスタルジーを掻き立てるようだった。
もしもここでアコーディオンの一つも奏でられようものなら、いよいよ不思議な国にでも迷い込んだような錯覚を覚えるだろう。
ああそう言えば、とっくにここは不思議な国だったか。
というか不思議と言うなら、解せないことが一つある。それはこの場所、そしてこのお店。
私にはマップスキルがあり、このお店を見つけた場所には確かにマークをつけておいたのだ。また改めて訪れようと思ったから。
それなのに現在地は、私がマーカーを刺した場所とはまるで違う。別の広場であった。
チラホラと子供の姿があり、大人はいない。そのこともまた、夢でも見ているような感覚を助長する。
一体、このおもちゃ屋さんは何なのだろう?
私は興味に逆らうことが出来ず、フラフラと吸い寄せられるようにそのお店へ入るのだった。




