第一〇七話 痛くもないお腹
Cランクへの昇級手続きを終えてギルドを後にすると、時刻はそろそろ夕方という頃合い。
時間的にも丁度いいので、オルカたちを迎えに行くべく街門を目指した。
正直、行ってすぐ帰ってくるだけなので門を出入りする必要なんて無いとも思うのだけれど、とは言え街への出入りには実際お金がかかったりするものなのだ。
出入りの多い冒険者は免除の対象となっているが、これが商人なんかだと大変らしい。
そんなわけで、門を通ること無く無断で街の中から転移して移動する、というのは結構グレーな行為に当たるわけだ。
実際何かしらの問題が生じる、というようなことでもないとは思うのだけれど、何か問題が起こった時真っ先に疑われるのは私なのだ。であれば日頃から徹底して、ホワイトな使用方法を心がけておいたほうが良い。
尤も、そもそもワープは秘匿しているスキルなので、それが明るみに出ない限り疑われることもないのだけれど。
ともあれ、緊急時でもない限りは出来るだけちゃんと門を通ってオルカたちを迎えに行くようにはしている。
門番さんたちには、最近私が朝昼夕に街門を出ては戻ってということを繰り返しているため、訝しげな目を向けられてはいるのだが。
もしかして私の真面目さが裏目に出ている? うーん、みんなに要相談だ。
そんなことを思案しながら門を抜け、人目につかぬ場所でワープを発動するとMPと引き換えに目的地への転移が成功した。
ゴーレムの谷は既に日照時間を終えて久しく、空から差す光も随分と弱々しく感じられるようになっていた。
あたりを軽く見回すと、ちょうどオルカたち三人がゴーレムとの戦闘を開始する場面だった。
送り迎えばかりで、初日以来あまりガッツリと彼女らの戦闘を見ることが出来ていなかったため、観戦させてもらうことに。
「お、動きが洗練されてる……」
戦闘が始まってすぐに気づいた。三人の、特にココロちゃんの動きが最適化されており、ゴーレムの攻撃へ常に対応できる位置取りをキープしつつ、オルカやクラウが作った僅かな隙をも見逃さず、その時その時に応じた最小かつ最大限の一撃を叩き込んではまた離れ、うまくヒットアンドアウェイを繰り返しているのだ。
クラウも盾での攻撃に磨きがかかっており、しっかりダメージを叩き出せるようになっている。ヘイト管理も明らかな上達が見えた。
その一方であまり目立って活躍できていないのが、オルカである。
それというのも、ハッキリ言ってしまうとココロちゃんとクラウだけで戦闘が回せてしまっているのだ。
確かにオルカの妨害工作により、多くの隙を生み出すことには成功している。
けれど、ほぼそれだけ。それ以上の働きが出来ていないのだ。
一見それだけ出来れば十分なようにも思う。ゴーレムとオルカの相性というのは、殊の外良くないのだから。
それでも、他でもない彼女当人は悔しい思いをしているだろう。実際ここしばらく、オルカの表情はずっと晴れないままだった。
そうして眺めていること僅か一分ほどで、ゴーレムは重たい地響きを立てて渓谷へ沈み、黒い塵へと化した。
ドロップアイテムが危うく川に流されるところだったが、そこはきっちりオルカが回収している。その手並みはそつがないが、それは彼女にとって出来て当然のことなのだろう。一切誇らしげな様子もない。
私の姿をいち早く見つけたのもオルカだった。それをココロちゃんたちにも伝え、三人でこちらへやってくる。
そんな彼女らを私はいつものごとく、ねぎらいの言葉でもって迎えた。
「みんなお疲れ様ー。今の戦い見てたよ! 随分と手慣れたものだね、全く無駄が無いように見えた」
「えへへ、ありがとうございますミコト様!」
「確かに、立ち回りとしては仕上がってきただろうな。後はひたすら技を磨かねばならない」
「……ミコトの方は試験、どうだった?」
オルカの問い返しに、私はもちろん合格したと胸を張った。
皆は表情をほころばせて祝いの言葉をくれた。ちょっと照れてしまう。
「でも、ミコトなら受かって当然。実力で言ったらCですら不相応だもん」
「それは確かに、ココロもそう思います! ミコト様なら、既にAランクだと言われても納得ですよ!」
「そうだな。冒険者になってまだ三ヶ月そこらだというのだから、正直にわかには信じがたいが」
「いやいや、買いかぶりすぎだって。次はオルカと一緒にBランクを目指すんだ!」
そうオルカへ水を向けてみると、彼女はようやっと表情を緩めてくれた。ただ、やっぱり元気がないみたいだ。
心配である……本来オルカのための修行なのに、彼女だけが行き詰まってしまっている。
何か力になれれば良いのだけれど……。
ともあれ、今日の修行はこの辺で切り上げることとし、私たちはワープで街の近くへ飛ぶと、門番さんの訝しむ目にさらされながら街門をくぐるのだった。
街を歩きながら、クラウが首を傾げつつ問うてくる。
「先程の門番たち、私たちをえらく不審げに見ていたようだが、何かあったのか?」
「ああ、そのことなんだけど……」
都合よく話題に挙がったので、ギルドへ向かう道すがら、街門の頻繁通り抜け問題について三人へ語って聞かせた。
するとみんなして、難しい顔で考え込んでしまう。誰も『だったら門なんてくぐらなきゃ良いだろー』なんて言い出さない辺り、真面目なのだ。が、今回はその真面目さが裏目に出ちゃってるんだけど。
結局ジレンマめいたこの問題は、この後ソフィアさんにでも相談しようということになった。
程なくして冒険者ギルドへ到着すると、夕方ということでいつもどおりの混雑を見せるロビー内。
一先ず今日の成果分を買い取ってもらうべく、買取カウンターへと向かうクラウを見送り、私たちは暇つぶしがてら資料室へ足を運ぶ。許可はその辺のスタッフからもらった。
私はまだまだこの世界のことについて不勉強だからね。三ヶ月そこらで目を通せる資料なんて、たかが知れている。勉強は継続する必要があるのだ。
ということで、ロビーの混雑が収まるまではお勉強タイムだ。Bランクへの昇級試験を控えているオルカも、一緒に資料へ目を通す。
丁度ゴーレムの資料があったので、私は興味深くそれを熟読した。
生前に比べ、黙読の速度は飛躍的に向上しており、やろうと思えば速読だって可能なほどだ。
これもステータスの恩恵か、はたまた身体が違うせいか。
ともあれ頭に読んだ情報を入れることと、それを紐解いて思案に耽るのとでは、また要領が異なってくる。
ゴーレムというモンスターのことを知り、私は少しそれへ興味が湧いてきた。
資料によると、ゴーレムは生物でもなければ霊体でもない、ある種特別な部類のモンスターなのだと言われているそうだ。
そう言われてみたなら、私としては『ロボット』って解釈がしっくり来てしまうわけだけれど。
奴らはAIで動くロボットみたいなものだ、と考えるとなんだかロマンがあるじゃないか。その実態はよく分からないけどさ。
しかしながら、ゴーレムならば【プレイアブル】のスキルを行使しても、変に倫理観を苛まれるようなこともないのではないか、と。そんなことを思った。
明日にでもちょっと、試してみても良いかも知れない。
そうして黙々と勉強をしていると、いつの間にかクラウも向かいの席で資料を読み耽っており、静かな部屋に本をめくる音だけが不規則に鳴り続いたのだった。
そんな静かな時間に区切りを齎したのは、些か疲れた顔で資料室へ入ってきたソフィアさんだった。
表情筋が死にがちな彼女でも、流石に朝夕の冒険者ラッシュをさばいた後はくたびれるらしい。
彼女は私の後ろで少しウロウロしたかと思うと、結局正面クラウの隣に腰を下ろして、ぐでっと机に突っ伏した。
もしかして、私の隣にでも座ろうとしたのだろうか? 残念ながら、両サイドにはオルカとココロちゃん、正面にはクラウという布陣だ。最近この人グイグイ来るから、適切な距離を保たないとね。
ともあれ、挨拶がてら私はソフィアさんへ声をかける。
「お疲れですね」
「ええ、まぁ。先日丸一日仕事をサボったのを恨まれてしまったようです」
「……それって、ゴーレムの谷に行った時の?」
「纏まった休みを寄越さない職場が悪いんですよ。まったく世知辛いですよね」
どうやら、無断欠勤の罰として普段より多く仕事を回されているらしいソフィアさん。彼女らしいと言えばらしいのだが、それで良いのか……。
私たち全員から何とも胡乱げな視線を向けられているにも拘わらず、全くそれを意にも介さぬまま彼女は問う。
「それで、どうされたんですか? Cランク昇級を果たしたばかりだと言うのに資料室でお勉強なんて」
「勉強は、まぁついでです。実はちょっとソフィアさんに意見を聞きたいことがあって」
そうして私は、街門でのことを彼女に説明した。
彼女はふむと一つ頷くと、あっけらかんというのだ。
「そんなの、街門をくぐらなければ良いんですよ。宿の自室からポポンと飛んでしまえば問題解決です」
「……ねぇオルカ。ギルド職員って一応、公務員なんじゃないの?」
「そのはずだけど……」
「まぁ、ソフィアさんですからね……」
「少しこの街が心配になってきたぞ……」
皆が揃って溜息をつくと、流石にムッとしたソフィアさんが反論を述べる。
「いいですかミコトさん。バレなきゃ犯罪ではないのです」
「「「「うわー……」」」」
「……というのは冗談として。ただでさえ仮面を常に着けているミコトさんは、顔の見えない不審者なんです。それが朝昼夕と、このところ毎日短時間で出入りを繰り返しているとなれば、それは怪しまれるのも当然でしょう」
ズバリと言うソフィアさんの指摘は、分かっていたこととは言え、故にこそ反論の余地もない。まったくそのとおりである。
だが問題は、だからといって街門をスルーしていいものかという話。
「確認なのですが、ミコトさんは頻繁に街へ出入りすることに際して、何か良からぬことをしているのですか? 脱税だとか、アイテムの密輸だとか」
「とんでもない! 頼まれたってやりませんよ!」
「でしょう。けれど、実際疑われるような行動はしてしまっているんです」
「うぐ……っ」
確かに、そう言われては言い返せない。
悪いことなんて何もしてないはずだけれど、それとは別に他人から見たら私は怪しいことこの上ない、というのも理解の出来る話ではある。
このままでは、痛くない腹を探られるのも時間の問題だろう。まして、探られて白だと分かったとて、その疑わしい行動というのはその後も続くのだ。
延々と疑われ続けるというのも、正直気持ちが悪い。出来ることなら避けたい。
「要らぬ疑いをかけられれば、ミコトさんに注意が向いている間、それこそ本当に不正をしている人たちが隙を突いてくる可能性だってある。悪循環ですよね?」
「それはまぁ……そうかも知れないです」
「なので、だったらいっそ始めから疑われるようなことをしなければいいと。それだけの話ではないですか? 無論、皆さんが悪事を働かないという前提でのお話ですけどね」
ソフィアさんの元に、皆は今度こそ呆れるでもなく唸る。
ふと脳裏に『赤信号、みんなで渡れば怖くない』だなんて、生前聞いたとんでもない暴論が通過していったが、慌ててそれを振り払う。そういう話じゃないから!
確かに、街門をスルーするというのはグレーな行為に当たるのだろう。
けれど、それを嫌って正しさを優先した結果、逆に問題が起きたのでは本末転倒だ。
あまり褒められたことではないけれど、そもそも法律はワープの存在に対応していないのだもの。それを無理やり既存の決まりごとへあてがうから、要らぬ軋轢が生じるわけで。柔軟な対応こそ求められる場面なのかも知れない。
「まぁ……そうですね。確かにそのとおりかも知れません」
「ミコトが要らない疑いを向けられるくらいなら、私は法にだって抗う……!」
「オルカ様、過激ですね……ですがココロも同意見です」
「犯罪を犯そうというのでもなし、自分たちなりにしっかりルールを決めて運用すれば、それでいいのではないか? と言うか、ミコトのワープが万が一明るみになれば、こんな悩みごとが可愛く思えるほど四方八方から、多くの疑いを向けられるようになるだろうな……」
クラウの言うことに、思わず背筋が寒くなってしまった。他のみんなも表情を固くする。
確かに、ワープはやろうと思えば国の中枢にだって簡単に忍び込めるようなスキルだ。
それが可能だというだけで、疑われるには十分な要素足り得る。実行したかどうかは問題じゃないんだ。
火のないところに煙は立たないと言うけれど、実際そんなことはないんだな。火がなくとも、疑わしいというだけで煙は立つものだ。
「分かりました。明日からはこっそりゴーレムの谷への送り迎えを行うようにします」
「何処からワープの可能性に感づかれるかも分からない。もっと慎重にならないと」
「ミコト様に、何がしかの疑いが向くこと自体危険ですね……今回の件も、もし門番さんの内どなたかが物凄く勘の良い方だったなら、ミコト様の行動からワープの可能性に思い至ったかも知れません」
「悪事を働いているわけでもないのに、秘め事にしなければならないとは……難儀なものだが、私も極力注意するとしよう」
斯くして、ちょっと間抜けだった私の行動が、思いがけず洒落にならない危険性を孕んでいたことに思い至り、私たちは恐々としながらちょっとグレーな立ち回りを選ぶことにしたのだった。
ちなみに、もとよりゴーレムの谷へ通うことをやめる、というような選択肢は無い。
仮にそうやって自粛するとしても、同じような問題は今後必ずついて回ることになるだろう。
であるなら、秘匿工作を行う、というスタンスをここで決定できたのは有意義なことだったのかも知れない。
そんなわけで、私たちは以降自室からワープを発動することを自主解禁したのであった。




