第一〇〇話 面と太刀
クラウと交代で前に出た私は、みんなに向き直ると黒太刀と鬼面を換装にて装備してみせた。
のはいいのだけれど、はてさてどう発表したものかと内心で頭を抱えていたりする。
百聞は一見にしかずというのは尤もな考えで、クラウが実戦にて盾の効果を披露したのはとても分かりやすく、且つインパクトのある紹介方法だったように思う。
私もそれに倣ってもいいのだけれど、ちょっと問題があってそれも難しいのだ。
ここは地味ではあるけれど、口頭での説明に留めたほうが良いかも知れない。
「ええとね。この鬼面と黒太刀の持つ特殊能力についてなんだけど。いかんせんオルカの苦無やクラウの盾のように、目に見えた変化が生じるようなものじゃないんだ。ステータスに影響を及ぼす系の能力だから、地味で申し訳ないんだけど口頭での説明に留めるよ」
そう前置きをして、まず私は鬼面を指で指した。
皆の視線が面に集まるが、面越しには勿論私の顔があるわけで。三人分の視線が顔面に集まるというのは、何とも気恥ずかしいものがある。
「ま、まずはこの仮面の持つ特殊能力なんだけど。これには、【MPをSTRへ変換する】って能力があるみたい」
「「「‼」」」
ざわっと、三者三様驚きに目を剥いて良いリアクションを見せてくれた。
そしてすぐさま質問が飛んでくる。
「そ、それはつまり、MPを注いだ分だけSTRが上昇するということか!?」
「いや、そこら辺はちょっと複雑なんだけど。上昇効果を維持するためには、持続的にMPを注ぎ続けなくちゃいけないんだよね。MPを水槽に溜めた水に例えるなら、底に空けた穴の大きさが、上昇するSTRってイメージかな?」
「じゃぁ、燃費は悪い?」
「ううん、そうでもない。むしろ良いと思うよ。STRへの変換効率は高いみたいだし、特殊能力を強く引き出せば、その分より強くSTRを引き上げることも出来る。ただ、維持コストも上がっちゃうんだけどさ」
「それは、瞬発的な運用も可能なのですか?」
「可能だね。ちょっとコツが要るけど、やろうと思えばインパクトの瞬間だけMPを注ぐ! みたいな工夫も出来そうだった」
皆は感心したように息をつき、そして当然のように一つの疑問へ興味を集中させる。即ち……。
「それで、具体的にどの程度STRに変化が出るの?」
オルカが代表して投げてきたその問に、しかしクラウだけは首を傾げた。それはそうだ、普通に考えて答えにくい質問だろうから。
だが私は、ステータスウィンドウのスキルで数値として変化を確認することが出来る。クラウはそのことを知らないのだ。
「ええとね、通常起動の上限でおおよそ……80は出るかな。メチャクチャ頑張って、130前後」
「それは……とんでもない数値だね」
「ココロでも力負けしちゃうかもです!」
「ま、待て待て待ってくれ、え、その80というのはまさか、STRが80ということか……?」
具体的な数値を耳にして、クラウが慌てた様子で確認を取ってくる。
私はそれを肯定し、私には自分とPTのステータスが分かるのだという旨を伝えた。
二重の驚きから目を回すクラウ。忙しない人である。
「冗談だろう……? 私だってSTRは53だぞ? それが、80って……」
「あ。そう言えばクラウには完全装着の説明もしてないんだっけ」
「詳しく!」
「機密事項なので」
ぐぬぬと歯噛みして悔しがるクラウ。
この世界、ステータスっていう能力値が数値化できちゃう仕組みがあるもんだから、他人との明確な能力比較が可能なんだよね。
なので、ステータスに自信のある人ほど、それで劣っていると知った際のショックは大きいものだ。
クラウはAランク冒険者の中でも大分勇名を馳せた部類の人だ。年齢こそ若いが、その実力は相当のものがある。無論才能も。しかもバトルジャンキーだし。
それが私みたいな低ランク冒険者に、特殊能力やスキルの力が働いてのこととは言え、後れを取ってしまうというのが悔しいのだろう。
「クラウは、私がデタラメを言っているとは思わないの?」
「ぬぅ……既にデタラメな能力をこれでもかと見せつけられているからな。そんな邪推はしないさ」
流石は女騎士と呼ばれるだけあって、その辺りは潔いらしい。
とは言っても、悔しそうな表情は隠せていないが。そんなこと言ったらココロちゃんのほうがヤバいのにね。
「でも、ミコト様はMPを用いた強力なスキルも多いですから、運用には注意が必要になりそうですね」
「まぁミコトには裏技があるから」
「ああ、あの一瞬着替えて回復薬を飲むという……」
この話題が出ると、いつも可哀そうなものを見るような目を向けられるのだが、ご多分に漏れずクラウも同情するような視線をこちらに寄越してくる。
ぐぬぬ……そんな態度が取れるのも今のうちなんだからな!
「というわけで、鬼面の特殊能力は強力なものでした。そして次、黒太刀の紹介に移るんだけど」
「よっ!」
「まってました!」
「楽しみですー!」
合いの手に乗せられ、私は腰に下げた真っ黒な鞘から、スラリとその漆黒の太刀を抜いて掲げた。
刀身に至るまで見事な黒色。光を弾くでもなく、吸い込むような不思議な黒。材質から何から不明ではあるが、その美しい反りの入った形状は、紛うことなき太刀そのものであった。
「ううむ、何度見ても見事な造形だ……斬ることに特化した一振りだな」
「この剣にも、特殊能力が宿ってるんだよね?」
「こちらもステータスに関わる能力なんですか?」
良い食いつきだ。ああ、そんなに訊かれたらつい引っ張りたくなっちゃうじゃないか。
だけど、クラウの発表で結構時間がかかっちゃってるからね。サクッと語ってしまおう。
「――黒鬼や、暴走したココロちゃんとの戦闘で一つ分かったことがある」
突然何の話かと首を傾げる皆を手で制して、私は続けた。
「状態異常系の魔法やスキルは、対象のMNDによって阻まれると。そしてMNDが効果を発揮するには、MPを消費するのだと」
「あ、そういえば私も以前、本で読んだことがある」
「ココロは知りませんでした」
「私も知らなかったな」
状態異常を無理やり通すためには、対象のMNDを圧倒できるほどの力で仕掛けてやるか、MNDを弱体化させるのが定石だ。
ステータスというのは、体調が悪かったり大きな怪我を負ったりすると、実は十全に発揮されなかったりする。
マイナス補正がついて、パフォーマンスが低下してしまうのだ。考えてみればまぁ、当たり前の話ではあるけれど。
例えばインフルエンザで高熱を出した状態で、普段の力が出せるかと言うとそんな訳はないだろう。それと同じことだ。
弱ればステータスが一時的に低下する。だから、弱った相手には状態異常も効きやすくなる。
そして、弱らせる以外の変化球を用いるとするなら、対象のMPを空にしてやり、魔法に対する抵抗の原動力から崩してやればいい。
コレを実現するために、暴走したココロちゃん相手にかなり苦労させられたものだ。
当然効率はとても悪い。状態異常を仕掛けるのに用いるMPより、防ぐのに用いるMPの方が圧倒的に少ない消費で済むのだから。
あまつさえ、MNDが高ければ消費MPもより小さくなってくる。
そう考えると、あの時私はとんでもないゴリ押しをしていたのだと頭が痛くなってくる。土壇場だったから、本当にMP任せの力押しでしかない。裏技がなかったら決して成り立たない方法だった。
「それで、その話がどうかしたのか?」
遠回しな私の語りに、些か業を煮やしたのかクラウが問うてくる。
私は一つ間を置いて、言った。
「この黒太刀は、【MPを斬る】ことが出来る」
「「「!?」」」
ざわっと、再びのどよめき。
そこへすかさず畳み掛けるように、もう一つ爆弾を放り込んでやった。
「そして! 【与えたHP・MPダメージ分、自身が回復する】効果もある。まぁ、流石に一〇〇%の割合でってことはないけど、最低でも与ダメージの二〇%分くらいは吸収できてる感じかな」
「「「っ‼」」」
今度こそ皆が一斉に息を呑み、言葉を失ってしまった。
ただまじまじと、その注目だけが黒い刀身へと集まる。そんな時間が数秒続いて、ようやっとクラウが口を開いた。
「つまり……鬼の仮面と組み合わせて使用した場合……」
「こちらの攻撃が通じる限り、高いSTRをずっと維持できるし、ダメージを負っても回復できるってことだね」
「それどころか、MPを他の用途に回す余裕さえできそう……」
「正しく鬼のように暴れるミコト様の姿が、ココロには容易に想像できてしまいます」
「そこにウサ耳やアルアノイレを加えるんでしょう?」
「ウサ耳の時点でギャグ感出ちゃうけどね……」
ウサ耳で体を軽くして、アルアノイレの爪を駆使すれば、アウトレンジでも十分戦えそうだ。
想像したら、ちょっと楽しそうだね。試してみたくなってきた。
というかふと思ったんだけど、完全装着の力で装備の持つ特殊能力は、半ば私のスキルみたいな扱いになるんじゃないかと思うんだけど。
だとしたらひょっとすると、黒太刀の吸収効果は太刀を介さないダメージソースにも適用されたりするんだろうか……?
例えば、アルアノイレの爪とか……。
もしそうなら、ますますとんでもないことになるな。後でモンスター相手に実験しておかないと。
「……なぁミコト。私と、手合わせをしてみる気はないか?」
「ない。その盾絶対痛いもん、ヤダ! 無理!」
「そ、そこをなんとか!」
「クラウ様落ち着いて下さい。ミコト様は病み上がりなんですよ!」
「ううう、だってぇ!」
「クラウは意外と子供っぽいところがある……」
そんなこんなで、黒武具シリーズの発表会は幕を下ろした。
各々が強力な装備を得たことで確実な戦力アップを果たし、命を賭した鬼のダンジョン攻略の確かな見返りを得たと満足したのである。
唯一ココロちゃんだけは、未だ力を隠した金棒を、ただやたら頑丈なそれとして振り回すことしか出来ないでいたが、故にこそ期待もひとしお高まるというものである。
駄々をこねるクラウを何とか宥めた後、私たちは後片付けを行い街へ戻るのだった。
ただその前に、件の検証を軽く行った結果、予想は正しかったらしく。
別の武器や魔法で与えたダメージにまで、吸収の効果が乗ることが判明してしまった。
私は恐々としながら、鬼面と黒太刀をストレージの最強スロットへしまい込んだ。
こんなものを常用していては、きっと実力の伴わないヘッポコになってしまう。これからの修行にはむしろ悪影響を及ぼすだろう。
強力な装備に見合った実力をつけるべく、私も自分磨きを行わなければならない。
気持ちも新たにし、私たちはワープを駆使して街の近くまで飛び、歩いて帰路をたどったのだった。
おかげさまで一〇〇話到達であります。
今後もご贔屓いただけると嬉しい限りですぞー。




