8.また今日も彼を好きになる
「ねぇ、一組の高倉くんさぁ、元からカッコいいけど最近更に磨きがかかってない?」
そう私の後ろで桃ちゃんと話しているのは学年でも有名な美人さんで、同じクラスの水谷羅々(みずたにらら)ちゃん。
スラッとしたモデル体型で、肩までの髪はいつもサラ艶で毎日サイドに綺麗な編み込みをしている。
女子にも男子にも人気者の彼女は最近まで五つ離れた大学生の彼氏がいたみたいだけど、彼女に好きな人ができたとかで別れたらしい。
意識高い系女子の羅々ちゃんは見ているだけでも何かと勉強になる。
女の子が求める物を全てを持ち合わせているような、私からしたら羨ましい限りの女子だ。
「そろそろ、全力でアタックしてみようかな……?」
羅々ちゃんのその言葉にドキリとした。
「羅々ちゃんなら、高倉くんきっと落とせるよー。あぁ、羨ましいなぁ。私もその美貌があったら……」
ふぅとため息をついてる桃ちゃんには激しく同意……
高倉くんが求めているのは、きっと羅々ちゃんみたいな高スペック女子に決まってる。
「そういや、一香ちゃん、高倉くんと同じ中学でしょ? 羅々ちゃん、きっと一香ちゃん、たくさん高倉くんの情報握ってるはずだよ!」
桃ちゃんが私の背中をツンツンと突いてきた。
「そうなの?! 相葉さん、協力してよー! お願い!!!」
可愛い顔の前で手を合わせ、必死にお願いする羅々ちゃん。
(やだな……)
頭の中ではそう思っているのに、口から出た言葉は……
「う、うん、わかった!」
(……でも、羅々ちゃんが彼女になったら、高倉くんは嬉しいかもしれない?)
そんな風に思う自分もいる。
「そうだ、次美術でしょ? 相葉さんも高倉くんも一緒だったよね? 私も同じだから、今日一緒のテーブルに座らない?」
キラキラした笑顔で私の肩を掴む。
「羅々ちゃん、私高倉くんに嫌われてるからきっと嫌がられると思うよ? 私の事はいいから二人で別のテーブルに座りなよ」
そうだよ。あのリンゴの絵を描いた時以来一緒には座ってない。
あの時だってたまたまだったし。
「そう……?」
羅々ちゃんは不思議そうに私を見ているけど、本当に私嫌われてるんだから……
「だから、あんまりないよ、力になれる事」
本音はもう勘弁してほしい。
私はまだ高倉くんの事、好きでいるのを止められないでいるのに。
「そっかぁ。無理強いしちゃ悪いしね。でも何かあったら相談していいかな?」
ニコッと私に微笑みかける。
あぁ、羨ましいくらい可愛いなぁ。
「うん。もちろん」
少しホッとしながら、移動教室の準備を始めた。
ひんやりした廊下を歩いて美術室に入って行く。
絵具の独特な匂い……あぁ落ち着くなぁ。
一番に教室についた私は一番後ろの席にちょこんと腰を下ろす。
後を続くように続々と生徒たちが入ってくる中、私の隣でドサっと荷物が置かれ大きな手が見えた。
(やだな、男子じゃん。なんでまだ他の席たくさん空いてるのにココ座るのよ!)
集中して制作したい派の私は男子が隣の時は煩くて集中できず、『ハズレの日』と勝手に名前をつけている。
ここ3週連続くらい『ハズレの日』が続いていた。
美術室に移動するのが遅かった私が悪いんだけど、今日は一番乗りだったのにっ!!
相手の顔も見ずに『どっか行ってくんないかな……』とわざとらしく『はぁ』とため息をついた。
「おい、なんだよ。僕が隣だと不満なのか?」
(えっ……? 嘘でしょ……?)
聞き覚えのある声に見上げてみたら、やっぱり高倉くんだった。
「な、なんでココ座るの? 他にもいっぱい空いてるじゃない!」
ヤバイ、動揺してるのがバレちゃうよ!
「なんでって……。いいだろ、別に。僕がココに座りたかったんだから」
どうしちゃったの?急に?
いつも話しかけんなオーラ全開ですれ違っても私の事、無視しまくってきたくせに!
「私と中学一緒な事バレたくないんでしょ? 早く離れなよ! まだ間に合うから」
小声で必死になって伝えるけど、全く動じない。
「……ちゃんと謝りたかったんだ……。コンビニで変なこと言っちゃったから……」
(高倉くん……?)
意外すぎる言葉が彼の口から飛び出した事に、私の方が動揺してしまう。
熱でもあるのかな?
今まで一度だって、私に謝るなんてした事なかったのに。
ずるいよ……
いつも素っ気なくて冷たくて……
なのに、たまに高倉くんの口から出る素直な気持ちが、いつも一直線に私の心を撃ち抜いてくる。
「別に……いいよ、気にしてないし。佐久間さんも怒ってなかったし」
このテーブルに誰が座るか後ろで女子たちが揉めてる事が気になりながらも、高倉くんの気持ちが嬉しくて心がまたじんわりとあったかくなって……またドキドキしている自分がいる。
「相葉さん! 私たち、一緒に座る約束したんだよね!!」
キンキンと頭に響くその声に現実へと一気に引き戻され振り向くと、後ろから両手を上げて羅々ちゃんがアピールしていた。
「あ、う、うん」
そう答えると他の女子たちは『なんだ〜、先に言ってよ』とぶつぶつ言いながら他の席に散っていく。
彼女はいそいそと高倉くんの向かい側にすわり小首を斜めに傾げた。
「高倉くん、はじめまして! 私の事知ってるかな?」
全開のスマイルで彼を見つめるている。
「ん? あぁ、名前だけは」
こうして側から二人の姿を眺めていると、美男美女で本当にお似合い……
何だか地味に辛くなってきた……
「ねぇ、今度二人で遊ばない? 私高倉くんのファンなんだ!」
グイグイと押してくる羅々ちゃんを全く拒まず嬉しそうに『いいよ』と頷いている。
「やったぁ!! 嬉しい!!」
私の目の前で、二人だけの世界が出来上がっていく。
悲しい……
まだまだこんなに悲しい感情が生まれるなんて、私どれだけ未練たらしいのよ!!
諦めたいのに……諦めなきゃいけないのに……!!
そんな想いに逆らうようにまた今日も彼を好きになってしまう。
自分がどんどん惨めになって、大嫌いになって……
そんな気持ちに一生懸命蓋をしようと、ひたすら色鉛筆で空の色を塗りつぶしていた。