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5.『女の子の部屋』マジック?!

「あんまり綺麗じゃないけど、どうぞ」

 何だかウチとは違ういい匂いのする玄関を上がると、シンプルだけどきちんと整理整頓された何というか……キラキラとした空間が広がっている。

 僕の家は男三人兄弟で、とっ散らかっている訳ではなかったが、どうしてもむさ苦しさが否めなかった。


 女の子の部屋って……こんなにいい匂いがするんだな……

 キョロキョロ見回す僕を見て、

「ちょっと、あんまり見ないで。……恥ずかしい」

 そう頬を赤く染めている。


(なんだ、可愛いところもあるじゃん)

 危なく口に出しそうになってグッと口を噤む。


「高倉くん、早く制服脱ぎなよ」

 キッチンから聞こえる彼女の声にドキッとして『へっ?』と思わず声が裏返った。


「ち、違うよ! そういう意味じゃなくって! 風邪ひどくなっちゃうでしょ?」

 ガシャンと食器が滑る音がした。

 彼女も慌てていたんだろうか?

 そう思ったら、なんか馬鹿にしてるとかそういんじゃなくて……ちょっとだけカワイイなんて思った自分がいる。


「お風呂ためたから、入っていいよ。そのままじゃ身体冷え切ったまんまだし……。嫌だったらいいけど」

 何かと世話を焼いてくれることが何だか嬉しくて……

 素直に厚意に甘えることにした。


 僕と同じ家の作りのはずなのに、何故だろう彼女の風呂場の方が明るく感じる。

 シャワーを浴びて湯船に浸かると目の前に小さくて黄色いアヒルがおもちゃの桶の中に5、6羽山積みにされていた。

 僕のウチにはもちろん、実家でもこんなものは見たことがない。

 思わず好奇心に押されて、湯船にそれを浮かべてみた。

 白い濁り湯の入浴剤が入った湯船の上で、ぷかぷかと浮かんでいるアヒル達を眺めていると、彼女も毎日これを眺めながら風呂に入っているんだろうか……なんて思ったら急に身体が熱くなってくる。


(やべぇ……何考えてんだ……)

 あの相葉一香だぞ?

 ドキドキ要素のかけらもないはずだろがっっ!!


 自分の感情にツッコミを入れて冷静を装う。

 シャンプーを手に取り泡立てると、たまにすれ違った時に香った彼女の香りに包まれた。

 鏡に写った自分を見ていると、彼女もこうしてシャンプーするんだろうか……とまた変な妄想のループが始まってしまう。


(ダメだダメだっっ!! 早くここを出よう!)

 なんか余計熱出てきたかもしれない……

 はぁ、と上せた頭を冷やすようにため息をついた。


(そういや……着替え無くね?)

 素っ裸のまま脱衣所で青ざめる。

 周囲に目をやると洗濯機の上に男性モノのTシャツとパンツが新品の状態で置いてあった。


(コレ使っていいんだろうか……?)

 新品なだけに躊躇いながらも、手にとってみた。

 小さなメモがひらりと落ちてきて『これでよかったら着て!』と親切に書いてある。


(助かった……)

 ホッと一息つきながらも、なんで男物がこの家に……?

 Tシャツはまだ分かるにしてもパンツ?……何故??

 何だかモヤッとしたのはきっと気のせいだろう。

 頭の上の靄ををサッと両手で払いのけ、風呂を貸してもらったことにお礼を言った。


「今から乾かせば明日の朝には間に合うだろうから、脱いだもの洗濯機の中に入れて置いて」

 そう言いながら、美味しそうなご飯をテーブルの上に並べている。


「これ……、全部相葉一香が作ったのか?」

 結構なクオリティに素直に凄いと思った。


「そうだけど……ねぇ、いい加減私の事フルネームで呼ぶのやめてくれる? 中学の時からそうだよね」

 クスクスと笑う彼女が今日は異様に可愛くみえる。

 なんだろう、『女の子の部屋』マジックか??


「……じゃ、なんて呼べばいいんだよ?」

 そもそも中学の時は誰の名前もほとんど呼んだことがない。

 コミ症だった僕は人を何て呼んだらいいのか分からなかった。

 もちろん今は……もうそんなのは克服したんだが。


「他の女の子はどう呼んでるの?」

 箸を並べながらこちらを見ている。

 一瞬目があって恥ずかしくてすぐに逸らした。


「下の名前でちゃん付けとかかな……」

 ホント僕も成長したもんだ。

 自分で感心してしまう。


「じゃあ、一香でいいよ」

 僕の横を通る時にフワッと笑顔を見せてそう言った。

 キッチンから何かを洗う音が聞こえる。


「……い……ちか?」

 なんだろう、声が張れない。

 緊張……??

 そんな馬鹿な。

 でも彼女には全く聞こえてない。


 キッチンから戻ってきて、固まっている僕を不思議そうに見ている。

「どうしたの? なんか……困ってる?」

 彼女は先にピンク色でふわふわしたクッションの上に座りフフと笑った。


「い……、いや……別に……」

 顔赤くなってないだろうな……?

 何だ? この変なドキドキは……

 そんなにじっと僕を見るなよ!


「じゃあ食べよう! さあ座って!」

 彼女と色違いの水色のクッションに僕を座らせ一緒に『いただきます』をした。


「このハンバーグ美味しいでしょ? 一人暮らし始めてからなんか作るのハマっちゃってさ」

 ふっくらと焼き上がったハンバーグを一口口に頬張るとスパイスの香りと肉汁がジュワッと広がって至福に包まれる。

「これ……ほんと美味い!! プロだよ、お前何者なんだ、絵も上手いし!」

 うふふと嬉しそうに笑って僕を見ている。

「何か作るの私好きなんだよね。絵もおんなじ様なものだけど。食べてくれる人や、見てくれる人がいると嬉しいもんだね」

 パクパクと口に頬張る彼女を……何だろう、ずっと見ていたい。

 動物園でリスをずっと眺めていられる様な……そんな感じ??


 にしても、豆腐の味噌汁もゴボウサラダも何もかも美味い。

 僕の中で……確実に彼女を見る目が変わっていくのは自分でも気付いていた。

 それが『どんな風に?』って聞かれたら、上手く説明出来ないが……


「ご馳走さま!」

 僕たちは両手を合わせて食事を締めくくった。


「歯ブラシは予備のがあるから使っていいよ。熱あるんだし、もう先に寝たら? 毛布二枚あるし私はソファーで寝るから、高倉くんは私のベット使って」

 彼女はキッチンで後片付けを始めている。

 カチャカチャと食器が当たる音と、水の流れる音がとても心地よく耳を擽る。


(なんて居心地がいいんだろう……)

 生まれて初めて、誰かと同じ空間にいてそう思った。

 実家にも、自分の部屋にも、学校にもない……もっと優しくて、あったかい……


「一香。今日は本当にありがとう」

 ちゃんと伝えないといけないと思った。

 ここまでしてもらって……

 最悪な日が、幸せな日に変わったお礼を……


「一香ってやっと呼んでくれた。安心して。今日のことも、今までのことも私は誰にも言わないし、ちゃんと無かったことにするから」

 そう言ってまた手元に目を移す。


(無かったこと……)

 何故だろう、突き放されたような寂しい気持ちが襲う。

 でも、一香が言ってることは僕が一番望んでいたことだ。

 これで……これでいいんだ……

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