42.宣戦布告
「一香、一緒に学校行こう」
月曜日の朝、突然インターフォンが鳴ったと思って外に出てみると、高倉くんが恥ずかしそうに立っていた。
今までは一緒に登校するどころか、私が近くを歩く事すら嫌がっていたのに……
「うん!」
嬉しくて、嬉しくて……
つい、ニヤけてしまいそうな顔を冷静に保つのが大変だった。
話したのは本当に他愛のない話。
今回のテストの結果とか好きな食べ物の話とか。
改めて思えば、いつの間にこんなに自然に会話が出来る様になったんだろう?
「……私と居て……恥ずかしくない?」
校門をくぐろうとした時に急に自分たちに向けられた他の女の子の視線が気になり出した。
だって今まで高倉くんが女の子と一緒に登校している姿なんて見た事がない。
それだけ高倉くんは自分の住んでるところを隠し続けてきた。
……私が隣に住んでいたから。
「……全然」
高倉くんはチラッと私の顔を見遣るとまたすぐ正面をむいた。
右手から突然温かいものが伝わってくる。
確認するように視線を落とすと、私の手は高倉くんの掌に包み込まれ、しっかりと繋がれていた。
「ねぇ、こんな事したら誤解されちゃうよ!」
キョロキョロと周りを気にしている私とは裏腹に、高倉は真っ直ぐ前を見ていた。
「一香は……嫌なのか?」
立ち止まり不安そうに私を見る。
「嫌なわけないっ! ……けど、高倉くんの事好きな女の子たくさんいるし、それに高倉くんは羅々ちゃんの事……」
聞きたくない!
聞きたくないよ……
でも……
「羅々ちゃんの事はなんとも思ってないし、付き合ってもいない。他の女の子とおんなじだ。今は……女の子と遊ぼうとも思わない」
「じゃ……なんでネックレスなんてプレゼントしたの?」
言ってしまった。
ずっとずっと気になってた事……
きっと今日だって羅々ちゃんは嬉しそうに私にそれを見せてくるはずだ。
でも聞いてしまったら、せっかく縮まって来たこの距離がまた開いてしまいそうで……怖くて聞けなかった。
「プレゼントはしてないよ」
「でも! 羅々ちゃんはもらったって言ってたよ?」
こんなこと言ってる自分がどんどん惨めになるのが分かっているのに……
でもちゃんと理由を聞かないと、せっかく繋いだ手から伝わる感覚が途絶えてしまいそうで……
「確かに買ったのは俺だけど……言いたくないんだ」
高倉くんの横顔を見てハッとした。
中学校の頃、よく見せていた苦しそうな顔。
きっと高倉くんの心の中の、踏み込んじゃいけないところなんだ……
はっきり言って貰えない寂しさよりも、申し訳ない気持ちの方が先走る。
高倉くんは心の蓋を勝手にあけて欲しくない人だって言うのは、よく分かってるから……
「……わかった、ごめんね」
もうこれ以上聞くのはやめよう。
十分じゃない、こうして一緒に居てくれるだけで。
高倉くんの側で一緒に歩ける事がどれほど凄い事なのか、自分が一番わかっているでしょう?
近づくたびにどんどん欲が大きくなって……
いつの間にか自分だけを見てもらいたいって思ってしまう。
贅沢なんだよ……私。
他の女子たちの視線が突き刺さる中、私は自分の意思を貫き通す為に必死で気丈に振る舞っていた。
◇◆
高倉くんと別れて教室に入ると、私の元に一気に女子たちが群がってきた。
「ねぇ、なんで高倉くんと一緒に学校来てるの? 私何回誘っても断られたのに!」
「なになに? 相葉さんと高倉くんてまさか付き合ってないよね?」
こうなる事はなんとなく予想はついてたけど、こんな中途半端な関係じゃ何にも答えられないよ……
「高倉くん、やっぱりモテるのね〜。でも私なんかコレもらっちゃったし!」
私と高倉くんの姿を見ていたのかは分からなかったが、羅々ちゃんがまた青いガラス玉のネックレスを私の目の前にぶら下げた。
「いいなぁ、羅々ちゃん相手じゃ、敵いっこないもんねー。クリスマスってもしかして高倉くんと過ごすの?」
他の女子たちの質問に、羅々ちゃんは少し言葉を詰まらせて言った。
「……ま、たぶんそうなると思うよ?」
「最近は私たちと全く遊んでもくれなくなったしさー。やっぱりウチらとは扱いが違うんだね〜。可愛いって得だよねー」
高倉くんのファンたちは羨ましそうに羅々ちゃんを見て席に戻っていく。
私も一緒になって席に着いたものの、羅々ちゃんはそれを追って、机を挟んで私の正面に回り込んできた。
「ねぇ、本当のところ、どうして今日高倉くんと一緒に居たの?」
口元は笑っているのに目が笑っていない。
「どうしてって……」
堂々と『付き合ってます!』って言える関係だったらどんなにいいか。
はぁ、もうどうしたらいいのよ……
「協力してくれるって言ったよね? これって裏切りじゃない?」
羅々ちゃんの殺気だった感情が音もさせずに私を拘束していく。
彼女にこそ、もっと早いうちにはっきり言わなきゃいけなかったのに。
どんなことをされても仕方がない、そんな覚悟で私は息を大きく吸った。
「……好きなの。私もずっとずっと前から高倉くんの事好きだったの!!」
羅々ちゃんの視線に縛られ固まった身体に、精一杯力を込めた。
一気に息を吐いてバンっと机を叩き、私は立ち上がる。
「ずっと黙っててごめんなさい……。私も高倉くんの事が好きだったの……。実は高倉くんには私、中学の時から思いっきり嫌われてて……。何度も諦めようと思ったの。でもやっと最近ちゃんと向き合って話せるようになって……。羅々ちゃんに比べたら私……見た目だってこんなだし、まるで勝ち目なんて無いだけど、でも結局どんな事があっても消せないでいた高倉くんを好きな気持ちだけは、勝てる自信があるから! ……だから、協力なんてできない。今更だけど……本当にごめんなさい」
しんと静まり返った教室の中で、一生懸命頭を下げた。
……声……思いっきり震えてた……
情けない。
でもいいんだ、これで。
もう、嘘はつきたくないから……
「羅々ちゃん。私も協力できない。私、一香ちゃんの親友だからさ。ごめんね」
桃ちゃんが後ろからそっと私の肩に手を置いた。
「相葉が水谷に宣戦布告するなんて見物だなぁ! 結果分かっててもちょっと応援したくなるよな」
騒ぎを見ていた男子たちが茶化すように笑った。
「気にする事ないよ、一香ちゃん」
桃ちゃんがそっと私に囁いた。
「大丈夫。言えてスッキリした」
私の肩に置かれた桃ちゃんの手を取った。
静かに頷いて笑顔で居てくれる桃ちゃんに、私はどれだけ救われたかしれない。
他の女子たちは高倉くんのファンが一人増えたなぁ位の視線で私を見ていたみたいだったけど……
羅々ちゃんは鋭い目つきで私を一瞬睨み、始業のチャイムに煽られながら自分の席に戻っていった。




