40.一香の告白
雨は激しく音を立てて降り続く。
運良く後15分で次のバスが来るようだった。
思い返せば今まで一香とは何度か手を繋いでいたんだ。
もしかしたら、わざと思い出さないようにしていたのかもしれない。
自分にとって何でもない出来事だったら、きっとこんなにその時々の手の感触や温もりを覚えていないだろう。
俺の隣にちょこんと座る一香が今は無性に愛おしい。
「寒いねー。雨どんどん強くなるし……」
不安そうな表情をしながら真っ暗になった空を見つめている。
「……手、繋ぐ?」
思わず声をかけた。
一生懸命息をかけながら掌を擦り合わせている一香。
変な気持ちなんかない。
ただお互い心細くなった時、こうして手を繋いで乗り越えてきた事をふと思い出しただけだ。
「……えっ?」
そう思ったものの、一香の驚いた顔を見たら急に恥ずかしさが襲ってくる。
「や、嫌ならいいんだ! ごめん、変なこと言って」
だよな。
何言ってんだ、俺!
「……繋いで……欲しい」
頬を赤く染めて俯いていた顔をそっとこちらに向けた。
「え? あ、……うん」
予想外の返事に戸惑いが隠せない。
差し出された彼女の手をそっと握った。
冷たくなっていたけど、細くて柔らかかった。
凄くドキドキした。
「高倉くんの手、あったかいね」
にこりと微笑んだ。
俺は一香の手を繋いだまま、自分のコートのポケットの中に突っ込む。
自然に肩と腕が触れ合いそこだけ魔法のように温かさを感じた。
「あのさ……高倉くん」
言いづらそうな表情で俯いている。
「……うん?」
急に石のように硬くなったと思ったら、小さく小刻みに震え出した。
「おい、大丈夫か? そんなに寒いのか??」
心配になって頬に触れると氷のように冷たかった。
「あのっ……違うのっ!」
頬に触れた指に温かい雫が落ちる。
涙……?
「……どした?」
一香は目を真っ赤にして俺を見た。
白い息とともに彼女は静かに声を出す。
「……すき……」
そう絞り出して、また俯いた。
「またフラれちゃうの分かってるのに……分かってるのに我慢できなかったの……。ずっとずっと大好きだって……。私なんて高倉くんの邪魔にしかならないんだけど……。また困らせちゃうって分かってるのに……ごめんなさい……」
二度めの告白……!?
嬉しすぎてもらい泣きしそうだった。
涙でぐちゃぐちゃになっているのに、こんなに愛おしく思える存在がこの世に居るのかと思えるくらい……、一香が可愛くて、可愛くて……
痛いくらいに彼女への気持ちが心の中で膨らんでいく。
「なぁ……クリスマスの日、空いてる? その時、ちゃんと返事させて欲しいんだ。……待っててくれるかな?」
俺の口から……ちゃんと言いたいんだ。
一香の事が好きだって。
いつもいつも一香に言われてばっかりじゃなくって……
一香が勇気を出して気持ちを伝えてくれたように、俺も一香へ伝えたいんだ。
「空いてるけど……」
鼻水をズルズル言わせながらキョトンとしている。
可愛くて……抱きしめたい。
「じゃ、これ。24日駅のすぐ近くの美術館。一香行きたいっていってただろ?」
俺は詳しくないけど有名な人の個展らしい。
一緒に勉強してる時にチラッとその話をしてくれた事があった。
告白するつもりなんて、まだまだ無かったけど……
クリスマスに一緒に行けたらいいな、そんな気持ちで2枚買ったチケット。
今日ずっと渡すつもりで持っていたけど、今しかない、そう思って取り出した。
「……これ……いいの??」
ぱぁっと表情が明るくなる。
「あぁ。楽しみにしてる」
彼女の頬を濡らしていた涙をそっと拭った。
「……高倉くん……」
バスが近づいてきた。
俺は急いで立ち上がり彼女の前に手を差し出した。
何か言いたげな表情をしていたがグッと呑み込んだ顔で俺の手を取った。
暖かいバスに揺られて駅にむかう。
特に言葉は交わさなかったが、たまに目があって自然と微笑みあった。
繋がれた手は解ける事なく、電車の中ではお互いの肩に寄り掛かり眠りの世界に引き込まれた。
部屋の前まで来て、ようやく言葉を交わす。
「……ついたね」
「……また明日な」
ずっと繋がれていた手を、離せなかった。
離すどころか自分の胸に引き込んでしまった。
「高倉くん……?」
あったかくて、柔らかくて……
強く抱きしめたら壊れそうで……
アパートの階段を上る音が聞こえてハッと我に返った。
「ご、ごめん!」
慌てて彼女から離れた。
「……クリスマス、楽しみにしてるね」
一香はそう言って玄関の鍵を開けた。
ドアを開けて……真っ赤な顔をして中へ消えていった。
俺は一人廊下で立ち尽くしていたが、階段を上がってきた隣の住人にギロリと睨まれ、急いで部屋に戻った。




