35.決意を固めた一香
「じゃ、冬休み入る前の21日の土曜日なんてどう?」
私の家でお姉ちゃんのフリをしてくれてから一週間ぶりに咲さんがバイト先に訪れた。
「私は特に用事ないんで大丈夫ですよ」
来週か……
温かい飲み物を補充しながらふと手が止まってしまう。
なんだかずっと高倉くんとは気まずい空気のままだし、このまま四人で温泉なんて大丈夫かな。
あれから羅々ちゃんはあからさまにネックレスを高倉くんからもらったんだとクラス中に自慢して回り、最近では誰もが彼女と高倉くんが付き合ってるもんだと思い込んでいるようだった。
私もまた変に噂を立てられるのが嫌で結局入学したばかりの頃の様なすれ違っても目も合わせない日々が続いていた。
毎日の様にお互いの家を行き来していたのは遠い昔のことの様で今ではお互い隣にいるか居ないかも分からないくらい。
(……あの一緒に勉強していた時間は夢だったのかな……)
そう思わないといられないくらいに私たちの関係は振り出しに戻っていた。
「うまく行ってないの? 高倉くんと」
咲さんが私の顔を覗き込んだ。
「うまくいくも何も……元から高倉くんの眼中に私なんか居ませんでしたよ」
きっと高倉くんは、あの優しい時間の中に私に対する恋心はなかったんだろう。
じゃなきゃ、羅々ちゃんにネックレスをプレゼントしたりするわけがない。
私に優しくしてくれていたのは、きっと中学時代の罪滅ぼしのような心境にでもなったのかな……?
恋をしているのは、いつまで経っても私だけ……
「そう? ……でもさ、ちゃんと決着つけたいでしょ? このままずっと高倉くんに片想い続けるの……辛くない?」
辛い……
辛いけど終わらせる勇気がない。
だって最初に出会った頃よりも、中学校の頃よりも、昨日よりきっと今日の方が高倉くんに逢いたいって思っている私がいる。
「もう……、いい加減答え出さなきゃダメですよね。このまんまじゃ私……」
……壊れてしまうかもしれない。
口に出さなかった変わりに涙が頬を伝っていた。
「一香ちゃん……」
咲さんは優しく私の背中を撫でてくれた。
「私もさ、そろそろ自分の気持ちに決着つけようかなって思って。一香ちゃん、私も一緒だからさ」
そう話してくれた声は所々詰まったように聞こえたのは気のせい……?
「咲さん……?」
いつも元気いっぱいの咲さんの表情の中に、一瞬だけど悲しみで揺らいでいるような瞳が印象に残る。
「結局私も全然吹っ切れてないの、真也の事。ねぇ、一香ちゃん、女ってどう愛されたら幸せでいられるんだろうね?」
遠くに投げた視線の先に質問の相手は居ないように見えた。
きっと咲さんは何か思い悩んでいるんだ、それだけは分かったけど……
何故か聞けなかった。
「なぁんてね! 高倉くんには真也が直接伝えたみたいだから。細かい所は後でメールするね」
そう言って私の答えは聞くことなく咲さんは店を出て行った。
「はい……」
きっと、恋をするって事はとてつもない難題で、お互いの気持ちが通う事は奇跡に近い事なのかもしれない。
とっても辛くて、とっても幸せで……
恋が叶ったその先の世界なんて今の私には想像すら出来ないけど……きっとそれはそれで大変なんだろうな。
でもね、私もうこれ以上高倉くんの事を好きになるのが怖いの。
羅々ちゃんの嬉しそうな顔を見るのも、高倉くんと無言で廊下をすれ違うことも……
胸の奥をいっぱいの針がチクチクと突き刺さすような感覚には、もう耐えられそうにない。
私が私で居られなくなりそうだから……
部屋に帰ると私はまた絵筆を取る。
ここ一週間ずっと中学校の頃の高倉くんの絵を描いている。
あの頃の高倉くんは、私しか彼の笑顔を知らなかった。
私にだけ見せてくれていると思っていたその微笑みはいつの間にかみんなのものになっていた。
嬉しいのに、嬉しい事なのに……
今はそう思い込まないと大嫌いな自分になってしまう。
もうやだよ、こんな嫌な自分でいるのが……
だからお願い。
最後に私の気持ちを……伝えてもいいですか?
◇◆
「あぁ、もう出なきゃ間に合わない!!」
青空が一面に広がった旅行日和。
今日で四年近い片想いが終わるかもしれない……
とても一晩じゃ振り返れないほどのたくさんの思い出がずっと頭の中を走馬灯のようにめぐり、ウトウトし始めたのは明るくなってからだった。
案の定寝坊!!
『ピンポン』
軽快にインターフォンがなる。
(もう! 急いでるのに朝っぱらから誰?!)
私は歯ブラシを加えたままドアを開ける。
「お、おはよう」
驚いた顔で立ち尽くす高倉くんの表情が視界に入った途端私は完全にフリーズした。
「迎えに……来たんだけど……」
きまり悪そうにポリポリと頭を掻きながら視線を伏せた。
「あ……あのっ! まだ支度終わってなくって……、と取り敢えず中で待ってて!」
慌てて高倉くんを家に上げたけど……
私まだパジャマだった!!
もう、嘘でしょ?!
聞いてないよ! 迎えにくるなんてっ!!
高倉くんが何をして待っていたかなんて今となっては覚えていない。
上がった息を押さえながら無我夢中で出発の準備をする。
(あぁ! 最悪っ!!)
告白しようって日にとんでもない姿見られちゃうし……
もう幸先悪いなぁ……
「待たせちゃってごめんね!」
居間でちょこんと座って待っていた高倉くんに声をかけると何故か顔と目が真っ赤だった。
「……顔赤いけど、どうかした?」
「……何でもないよ。行こう」
目も合わせず高倉はスッと立ち上がる。
なんだろう……
この気まずい空気。
不安がどっと押し寄せてくる。
そのまま私たちは無言で駅に向かった。




