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26.一香の中から消えた僕

「どうぞ、上がって」

 二度目の一香の部屋は相変わらずいい香りがした。


 一度目に来た時はただただ、雨に濡れて、寒くて寒くて……

 今思えば風呂まで入ってしかも泊まっただなんて、思い出せば出すほど正気でいられなくなる。


「そこ座ってて。今用意するから」

 どんどんと運ばれて来る夕飯があまりにも美味そうでゴクリと喉を鳴らした。


「さあ、食べよう」

 あの時と同じ定位置で『いただきます』をする。

 瞬間、目が合ったと思ったら満面の笑みを僕に向けてくれていた。


『一香が好きだ』

 彼女を目の前にして心の中でそう呟くと、ドキンと大きな音を立てて心臓が鳴る。

 とても口に出してなんて……言えたもんじゃない。


 世の中で愛し合っているカップルって言うのは、みんなこんな緊張を味わって心通わせるようになったんだろうか?

 だとしたら本当に凄い。

 今の僕にはとても乗り越えられる大きさの壁じゃない。


 目の前でハンバーグを口に頬張って美味しそうに食べている一香をチラチラと見ていると、ご飯を飲み込むタイミングも分からなくなる。


「……美味しくない? あんまり進んでないみたいだけど」

 心配そうに彼女が覗き込んできた。


「い、いや……そんなこと……ないよ」

 ヤバイ。

 どうしたらいいか分からない。

『ふうん』と怪訝そうな目線を一瞬僕に送って来たが、またすぐに食べ始めていた。


 ふうと思わず深呼吸をした。

 この二人きりの空間に緊張しすぎて呼吸すら乱れてしまっている自分が情けなさすぎる。


「お茶持って来るね。美味しくなかったらあんまり無理しないで」

 笑っているけど……声のトーンは沈んでいた。


 美味いんだ。

 とっても。

 震えるくらいに……


 一香が視界から居なくなって全身の力が抜けて行く。

 なんて情けないんだろう?

 こんなに僕は腑抜けた男だっただろうか?


 僕の背後から白い腕がスッと伸びて来た。

「はい、お待たせ」

 コトリとテーブルにお茶の入ったコップを置いた。

 フワッと一香のいい匂いがした。


 ダメだ……

 ヤバイ!!


 彼女の事を好きって気づいただけなのに、まるで自分が自分じゃないみたいだった。

 コントロール不能になった暴走した心臓が、とんでもない位大きな音を立てて跳ね上がる。


「……高倉くん? 具合でも悪いの?? 顔真っ赤……」

 柔らかい彼女の掌が僕の額に吸い付いた。


「うわぁっ!!」

 全身に痺れが走った。

 その拍子にグラスに手が当たりお茶が床へと流れ出す。


「ご、ごめんね! つい心配になって……悪い癖……だよね」

 俯いている彼女も顔が真っ赤になっていた。

 急いで『拭くものとって来るね』そう言って立ち上がる。


 もしかしたら……

 まだ自分のことを好きでいてくれるのかもしれない……


 そんな調子のいい事を思った時だった。

 テーブルの上に置いてあった一香のスマホが急になり出した。


『城田くん』


 そう表示されたディスプレイを見た時、ハッと我に帰った。


 そうだ。

 一香の心の中にもう僕の居場所はなかったんだ。


 城田と親密にキスしようとしている姿が一瞬で僕の頭の中を支配した。

 それだけじゃない。

 もしかしたら……色黒男が本命なのかもしれない。


 何浮かれてんだよ……

 一香が好きだって言ってくれたのはもう一年以上も前の話だぞ?

 その間に僕は彼女に嫌われても仕方がない事を散々言ってしまった。

 今更……調子いいよな……


 ずっとテーブルの上で鳴り響いているスマホを台所にいた彼女の手元に持っていく。


「ごめん、ちょっと、今日はもう帰るわ」

 情けなさすぎてとても彼女の顔を見れたもんじゃない。


「えっ? そんなに美味しくなかった?」

 布巾を持った彼女の手が、力なく下されるのが僕の俯いた視界の中に入り込んでくる。


「ち、違うんだ。これは……僕の……俺の問題だから」

 変わりたい。

 一香の前で堂々としていられる自信ある男に。


「………?」

 何も言わない彼女にもう一度『ゴメン』そう告げて、僕は彼女の家から逃げ出した。


「僕じゃなくて……俺だ!!」

 自分の部屋に飛び込んで情けない自分を鏡に写した。

 姿は変わったのに……中身は全然変わってない。

 一番に自分を見て欲しい(ひと)の目に映っていたのは、結局何も成長していない自分だった。


 現実が辛すぎて、床に崩れ落ちるように蹲み込んだ。

 肘がテーブルに引っかかって遊園地に行った時のお土産物の袋がパサリと床に落ちた。


 青いガラス玉のネックレスだ。

 とっても似合っていた一香に……あの時は彼女に付けてもらいたい、純粋にそう思って……

 渡す事なんてないって分かっているのに元に戻せずレジまで持って行ってしまった。


 何もかもが今更なんだ……


 窓から差し込む月明かりが青いガラス玉にキラリと入り込む。

 僕はそれを強く握りしめて本当に手に入れたかったものが何なのかようやく気がついた気がした。


 無情にも流れ過ぎてしまった時間を戻すこともできずに、僕……俺は現実に打ち拉がれる。


 クソッ……!!


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