25.私たち、友達には……なれてるのかな?
「やっぱ僕、今日帰るわ」
真新しい卒業アルバムを片手に靴を履いた。
「ちょっと、せっかく帰ってきたんだからゆっくりして行きなさいよ!」
母さんが慌てて追って来る。
「どうしてもやり忘れた事があって……。また改めてゆっくり帰るよ」
心配してくれている母さんの表情をちゃんと見るのは何年ぶりだろう。
ここに住んでいる時はずっと下ばかり向いていた。
家族の表情なんて見ているようで殆ど記憶に残っていない。
自分自身を否定し続けてきた事を、自分の身近な人にまで同じようにしてきてしまったんだなと、みんなの顔をちゃんと見る事ができてようやく自覚した。
そう思えたのは外見が変わったからなんだろうか?
……いや、それだけじゃない。
僕は一香の顔を思い浮かべていた。
あんなに邪険にされても僕の気持ちに寄り添おうとしてくれていた彼女に、今すぐにでも逢いたかった。
逢ったところで……だが。
自分のしてきた事が消せるわけじゃないのは分かってる。
でも、ちゃんと伝えなきゃいけない。
今までずっとありがとうって。
もう彼女の気持ちは戻ってこないかもしれないけど……
それでも僕はこのまま、また自分から逃げたくなかった。
「じゃ、また」
僕は店を出て行く。
後ろから常連のおばちゃんが『陽ちゃんもう帰っちゃうの? しっかしホント見違えちゃったわね〜』とはしゃぐ声が聞こえた。
こうして姿が変わって、僕はようやく自分自身と向き合えるようになった。
今までは……醜い自分をちゃんと見たいとも思わなかったのに。
通り過ぎて来た過去は変えられないが……
どんなに痛い思いをしても自分を変えて行きたい。
一香にだけでも……
彼女にだけでもちゃんと好かれる自分になりたい。
もう、逃げるのはやめよう……!
◇◆
飲み物がないことに気がついて私は外に出た。
アパートの二階から見えた景色は夕焼けで赤く染まっている。
すっかりと冬の匂いがする澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
隣の部屋のドアをチラッと見た。
人の気配が全く感じられない。
(高倉くん、出かけちゃったのかな)
偶然でも構わない。無性に逢いたかった。
顔を見たところで……何も話しかけることなんて出来ないのに。
その時だった。
カンカンと外階段を上がる音が遠くから聞こえてくる。
誰かなんて分からないはずなのに、その音と共鳴するように心臓が鳴り出した。
(もし高倉くんだったら……?)
怖くて……玄関の正面に広がる公園の風景から視線が動かせない。
キュッとスニーカーを踏み鳴らし近づいて来る音に魔法をかけられたのか、身動き一つ取れなくなった。
「……一香……?」
すぐ傍まで近づいた足音が止まり、ずっと聞きたかったその声が耳に触れてようやく彼の顔が見えた。
「高倉くん……どうして……」
『どうしてここに?』そう聞きたかった。
でも言葉が出てこない。
「……ごめんっ!! 城田の事も……色々……全部っ!」
高倉くんは突然身体を90度に曲げて謝り出した。
余りにも突然の見慣れない光景に……言葉を失った。
「それから……今まで……ありがとう」
恥ずかしそうに頭を掻いていたけど、その目は真っ直ぐ私を見ていた。
「……ありがとう……? 何が?」
精一杯振り絞って声に出した。
「いや……その、全部だよ、全部!!」
真っ赤な顔……
その表情を見ていたら、どんな意味なのかなんて、もうどうでも良くなって……
ただ、嫌われていないそれだけは間違いなく分かった気がした。
「こちらこそ……ほっぺた叩いちゃってごめんなさい。……痛かったよね?」
そっと高倉くんの顔を伺った。
「まぁ……あの位されて当然だったし……な」
左頬をさすりながら気まずそうに笑っている。
「……綺麗だな。今日の夕日」
高倉くんの口からそんな言葉が出るなんて、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
「ちょっ……何だよ! 失礼だな!」
こんなに笑ってくれる高倉くんが今私の隣にいる。
嬉しくて……
嬉しくて……
『好き』
また言ってしまいそうになる。
……きっと高倉くんは私の事をそういう風には見ていない。
でもせめて、中学校からの……友達くらいにはなれてるかな……?
ドキドキが止まらない沈黙の中、景色を眺める彼の横顔を盗み見する様にチラチラ見てしまう。
相変わらずだな……私。
突然心臓の音と重なるように『ぐぅ』と高倉くんのお腹が鳴った。
「このいい匂い、一香の夕飯、あのハンバーグか?」
一度鳴り出したお腹の音がしばらく鳴り止まない。
「そうだよ。ご飯まだ食べてないの?」
可愛らしくて……笑顔が溢れた。
「……あぁ。実家に帰るつもりだったんだけど……」
そう言いながらお腹をさすっている。
「よかったら……いっぱい作っちゃったから食べる? ハンバーグ」
そんな高倉くんが可愛らしくてつい口走ってしまった。
あんまりにも驚いた顔をするから……
変なこと言っちゃったかもって後悔の嵐!
「あ、ごめん! 冗談、冗談!! 忘れて!」
平静を装ってお茶を買うため持っていた小銭をギュッと握りしめる。
「じゃ、またね」
そこから一刻も早く立ち去りたくて駆け出そうと息を吸い込んだ時だった。
「食べたい!」
そう言った表情は何故か真剣だった。
「……本気?」
私の言葉にニッコリと笑って彼は頷いた。




