22.一人の女性と向き合う覚悟
最近一香と城田はずっと一緒にいる。
僕はそんな二人が視界に入ると……ずっとモヤモヤが心の中を埋め尽くしていた。
彼女はなんだかんだ言いながらも、結局は心の奥底では僕のことを好きでいるんだと高を括っていたんだと思う。
一香が隣に住んでいて、気がつけば自分を支えていてくれていた事は、もはや僕の中で当たり前に訪れる日常のようになっていたのかもしれない。
ところがそんな彼女が急に僕のそばから消えてしまった気がした。
だからなんだ……?
なんて事はないだろう?
これを望んでたんじゃないか。
楽しそうに笑っている二人の姿を見る度に、何か自分の腹を切り裂いて飛び出しそうなドロドロとした感情がいつか勝手に走り出しそうで……そんな自分が怖かった。
美術の時間も一香の隣には城田が当たり前のように座っていた。
それでも僕は……見て見ぬふりを決め込んだ。
そんな自分の気持ちを誤魔化す為に擦り寄ってくる羅々ちゃんの存在は都合が良かった。
あの二人が楽しそうに話をしているのを超えるくらいの気持ちで羅々ちゃんと楽しく会話をしているフリをした。
意味不明な感情がいつも僕を支配して……それを周りに悟られないように、ただただ……必死だった。
でも、それはある出来事をきっかけに突然爆発をした様に暴走し始めた。
階段の柱の影で……城田が一香の手を握ってキスしようとしていたのを見てしまったんだ。
二人が付き合っていたかどうかなんて僕は知らない。
でも一瞬……一香の瞳が……悲しそうな色をしているように見えた。
それでも彼女は拒まず城田の目をじっと見つめていた。
「おいっ!!」
理屈なんかじゃない。
気がついたら彼女の腕を掴んでいた。
無我夢中で引っ張りその場から連れ出した。
彼女は僕の名前を何度も呼んでいたと思う。
でもそんな声は僕の耳に届く前にどこか遠くに飛んでいく。
お互い喋れなくなるほどに息を切らしていた。
誰もいない体育館の隅まで来て……ようやく我に帰った。
「……ご、ごめん」
上がった息を必死に抑えながら真っ赤になるほど強く握っていた彼女の手首から手を離した。
「……どうして……?」
混乱している一香の声は……怒りに震えていた。
「分からない……けど……城田は一香には似合わない」
本当にそう思ったんだ。
思ったことを……つい口に出してしまった。
バチンと鈍い音をさせながら思いっきり一香の掌が僕の頬を弾き飛ばした。
「高倉くんのバカッ!! 余計なこと……しないでよっ!!!」
そう言って僕を睨みつけた。
彼女の頬を涙が伝っていた。
僕はどうしていいか分からなくなって……
走り去る彼女の背中をじっと見つめていた。
その後暫くしてからだ。
城田に別の彼女が出来たと噂が耳に届いた。
正直……ホッとした。
でも間違いなく、また一段と一香との距離は広がった。
僕たちはすれ違っても目すら合うことはなくなった。
もうすぐ3連休だ。
隣に一香が住んでいても顔を合わすことはないだろう。
でも、近くに彼女を感じている事が、今の僕には思っていた以上にキツかった。
2、3日分の衣類をカバンに詰めて……僕は家を出た。
◇◆
「ただいま」
久しぶりに実家の美容室の入り口から家の中に入っていく。
「あら、やだ!! 陽ちゃん?! 全くイイ男になって見違えちゃったわねぇ!」
よく来る常連のおばちゃんの視線を熱いくらいに浴びながら僕は突っかかる事もなく軽く会釈をした。
「なに、陽一。帰ってくるなら連絡しなさいよ! 久しぶりなんだから」
母さんがニコニコと出迎えてくれた。
前ほど鬱陶しく思わないのは自分が痩せたからだろうか?
「おう! 陽一!! 元気にしてたか?」
一番上の恭介兄ちゃんがひょっこりと顔を出した。
「あぁ。兄ちゃんも変わりなく元気そうだな」
靴を脱ぎ振り返るとその後ろからロングヘアーの似合う可愛らしい女性がこちらを見て軽く会釈している。
「なに、兄ちゃんの彼女?」
珍しい光景ではなかったが、いつも以上にはにかんでいる恭介兄ちゃんに違和感を持ちながらその女性に視線を送った。
「あぁ。実は来春卒業したらすぐに結婚することになってな」
照れ臭そうに頭を掻いて隣の彼女をチラチラと見ながら微笑む恭介兄ちゃん。
「結婚!? どうしたんだよ、急に」
最初は冗談かと思ったが二人が幸せオーラをもったいぶりもせずガンガンと放つ雰囲気を見てると……そうでもなさそうだな……
「見つけたんだよ。一生一緒にいたいって思える彼女を」
彼女の肩を抱いて幸せそうに二人はみつめ合っていた。
「ちょっと急すぎて状況についていけないんだけど……まぁ、おめでとう」
とりあえずそういうしかない。
一人の女性と一生を共にして生きていくなんて、いまの僕には想像することさえできない。
でも……気になった。
結婚を決めるまでの覚悟を持って彼女と向き合っている恭介兄ちゃんのことが。
完全に行き詰まってしまった、輝きで溢れるハズだった自分の未来。
どうにか前に進むための手がかりが欲しくて……藁をも掴む思いで、本当はずっと、自分でも理解不能なこの感情を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
誰かの意見を聞いてみたいだなんて今までの自分なら考えられなかった。
……僕の中で『変わりたい』そう叫んでいる自分が……少しずつ顔を出し始めていた。