21.どうして今まで見えていなかったんだろう?
布団の中に入っても高倉くんに抱きついている羅々ちゃんの顔が頭からいつまでも離れない。
いつもより私に近づいてくれたような気がしたんだけど……
あぁ! もう何にも考えたくない!!
ボンと枕を高倉くんの部屋に向かって投げつけた。
(なんか……もう疲れたな……)
どれだけ彼を好きでいたって片想いからとても抜け出せる気がしない。
羅々ちゃんみたいな可愛い子を連れてデートしてる時点で、私に望みなんかないって言われてるようなものなのに、ほんの少し勘違いしそうになった自分が猛烈に情けなくて、惨めな気持ちになった。
それでも目蓋の裏にふと見せた高倉くんの笑顔がチラつく度に、心の底でキュンと小さく本音が鳴いている。
諦められたらどれだけ楽になれるだろう?
私だって少しずつつ前に進んで行きたいんだよ、本当は。
他の恋愛……今まで考えてもとても現実になり得なかった別の選択肢を初めてリアルに思い浮かべてみた。
高倉くん以上に好きになれる人が現れたら……きっと忘れられるんだろうな。
今はとてもそんな気分になれないけど……
でも望みのない恋に一喜一憂するのはもうやめたい。
もう……疲れた……
いい加減もう、私自身が変わって行かなきゃ……
こんな醜くて惨めな自分なんか大嫌い。
自分が好きになれる私に変わりたい……!
朝日が昇る前に目が覚めた。
ベランダに出て、まだ汚れていない新鮮な空気を大きく胸に吸い込んだ。
耳を澄ませば鳥の声が聞こえてくる。
本当はもっと美しくて、本当はもっと清々しくて……
そんな世界を私は感じようともしていなかった。
ドロドロした自分には見えなかった世界。
もっともっと新しい世界が、実は私の周りにたくさん散りばめられているのかもしれない。
昨日咲さんが私の新しい外見を見つけてくれた様に、今度は自分自身で内面を変えて行かなきゃ。
自分が自信を持ってちゃんと輝けるようになったら……
そうしたら、キラキラした明日がきっと待っていてくれるはずだ。
(ガンバレ、一香!!)
私は自分にエールを送り、眩しい光に向かって大きく伸びをした。
◇◆
(あーマジ寝不足……)
朝飯食う気にもなれない位頭がボーッとする。
『恋』っていうのはそもそも一体何なんだ?
友達すらまともにいた事がない自分にはそもそも縁のない話だと思っていた。
僕は根本的に人が嫌いだ。
だから男女問わず誰かとの密な付き合い自体、特段必要ともしていなかった。
可愛くて優しい恋人がいれば、まぁ自慢できるかなって位だが、実際モテるようになってからは、それを現実にしたらって考えると面倒な事しか思い浮かばない。
自分自身の立ち位置さえ守られれば、正直他人なんてどうだっていいんだ。
どうでもよかったんだが……
なんだろう、一香だけは何かが違う。
誰と何を話しているのか気になるし、この僕が他人に対して何かをしてやりたいって気持ちになったのも生まれて初めてだ。
彼女の顔を思い浮かべると、いつもムカムカして……苦しい。
(………いや、にしてもこれは『恋』ではないだろ? そもそもあの一香だぞ?)
昨日の夜からこれのループ。
何度自分に問いただしても一香に対するこの変な気持ちが『恋』だなんて思えないし思いたくもない。
「……はぁ」
何とか支度をして玄関のドアを開けた。
鍵を忘れていないかズボンのポケットの中を確認してたら、突然一香の部屋の扉が勢いよく開いた。
バチっと目が合った目元からは黒縁メガネが消えていた。
一昨日まで地味に制服を着ていた一香とは……別人?!
「おはよう」
そう清々しく笑顔を振りまいた一香はいい香りをさせながらスッと僕の横を通り過ぎていく。
何というか決して派手とかではなく……綺麗になっていた。
最近はいつも肩下まで伸びた髪を二つに結いていたが、今日は真っ直ぐ下ろし、ふわりとなびかせて……
(……一香……?!)
僕の意思とは全く別のところで心臓が勝手にバクバクと跳ね上がっている。
そして、妙な焦りが背筋を通りながら呼吸を荒げ始めた。
「そ、そうだ……、学校……行かなきゃ……」
なかなか鍵穴に挿さらない玄関のキーに戸惑いながら、僕はいつの間にか早足で彼女の後ろを追っていた。
結局彼女に声をかける事ができなくて、付かず離れずの距離を保ちながら校門をくぐる。
すれ違ったクラスメイトや彼女を知っている子たちは、びっくりしたように彼女に視線を投げていた。
教室の前の廊下でもいつもふざけあっている男どもがざわつき始める。
「あれ……もしかして相葉?? 今日雰囲気全然違くね?」
「……だな。すっげー可愛い」
そう答えたのは一香と同じクラスの城田廉。
僕の中ではいつも女の子の話しかしていないっていう、イケ好かないイメージだ。
「おはよう、相葉さん」
城田は早速彼女に声をかけた。
「あ、おはよう」
いつもと変わらない。
きっとその柔らかい笑顔をメガネの奥でも一香は毎回みんなにも……僕にも見せていたのかもしれない。
……どうして……今までちゃんと見えてなかったんだろう?
「今日、よかったらお昼一緒に食べない?」
まぁ、断るだろう。
いつもの彼女なら。
そう思っていたのに。
「うん。いいよ」
(……一香……?)
彼女が急に遠くに行ってしまった気がして……僕はその場から一歩も動けなくなっていた。




