表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

2.今だって大好きなのに

「嘘でしょ……? だってここ、地元からだいぶ離れてるし……」

 思わず出る独り言が止まらない。


「でも待って! たった1ヶ月位で人ってあんなに変われるかな……。だって別人じゃんっ! あんなにほっそりしちゃって……」


 もう30分位お気に入りのクマのぬいぐるみに話しかけてる私……

 だって信じられないんだもん!

 高倉くんが隣に住んでるなんてっっ!!


(そうだ、表札……表札見てみよう……!)


 私は玄関のドアノブに手をかけ、そーっとドアを開ける。

 気付かれないように細心の注意を払い頭ひとつ抜けられるくらいの隙間からそっと顔出して表札を探した。


『高倉』


(……間違いないっ!!)

 私は息を止めながらそっとドアを閉める。


「はぁ〜」

 緊張が抜けたと同時に、素直に嬉しさが込み上げてきた。

 だってあの制服、私と同じ学校……

 全然気付かなかった。


 一度は振られちゃってるけど……

 それでもずっと好きだった。


 教育熱心な私の両親に強いられて、嫌々受けた神田学園高校……

 中学との友達とも離れ離れになるし、何より一人暮らしが心細くて春休み中ずっとメソメソしてた。

 両親の言いなりにしかなれない自分が大嫌いで、何度も家出をしようかと思ったけど、結局そんな勇気はなくて。

 私の人生なのに、何も自分で決められないことに絶望してたけど……


(まさかこんなところで大好きな人に再会できるなんて!!)


 自然に鼻歌が出てきて、明日はどんなヘアゴムをつけて学校に行こうかなぁ、なんてウキウキしている自分がいる。

(……と、その前に夕飯作んなきゃ!)

 と冷蔵庫を開けた瞬間、突然激しくドアを叩く音と共に玄関の方で私の名前を叫ぶ声がきこえる。


(何事!?)

 ビクビクしながらドアの覗き穴を覗くと、レンズ越しに高倉くんの姿が見えた。

 私は急いでドアを開ける。


「ど、どうしたの?! 急に?」

 血相を変えて睨んでくる彼の表情をみて、すぐにいいことでは無いんだと分かった。


「なぁ、お前相葉一香だろ! なんなんだ? ついにストーカーになったのか?!」

 怒りを必死に抑えてるんだなって言うのは確実に伝わってる。


「相葉だけど……、ストーカーなんかじゃないよ! たまたま私もここに住んでるってだけだよ……」

 すでに一度フラれてるんだから、どんなに好きな気持ちがあったって諦めの気持ちではいるんだけど……

 さすがにここまで嫌がられたらヘコむなぁ……


「相葉!! 絶対僕の事誰にも話すなよ!! お前となんか、赤の他人なんだからな!」

 ギッと睨まれ踵を返し、自分の部屋に戻っていく。


 私は突然巻き起こった嵐に全身呑み込まれたように、うんともすんとも言えなくなっていた。

 震える足でやっとの思いで家の中に入る。

 左の目からツウと涙が零れ落ちた。


 『お前となんか、赤の他人なんだからな!!』

 その一言が煩いくらいに頭の中をこだまする。


 もう、フラれてから一年だよ?

 いい加減忘れようよ、私。

 そうずっと今みたいに言い聞かせて今日まで来た。


 でも彼の姿を見るたびに、何故かどんどん好きの気持ちが大きくなって行って……

 友達に話しても『あんな奴のどこがいいの?』って口を揃えて言うけど、みんなが知らないだけ。

 高倉くんの笑顔は、誰しもの心をきっと掴み取る。

 ただ、彼が笑わなかっただけ。

 私の前でもたった一度だけ……

 でもそのたった一度の笑顔に私のハートは完全に奪われたんだ……




 中学校時代の高倉くんは誰とも口をきこうとしなかったし、気がつけばガリガリと勉強ばかりしている人だった。

 その近寄り堅いオーラに、みんないつの間にか変人だって思い込んで誰も声をかけなくなった。

 私は1日24時間のうち、寝ている時間以外はほぼ勉強している口だったから、高倉くんのガリ勉ぶりを変だなんて一ミリも思った事ないし、むしろ自分と近い存在に思えて勝手に親近感が湧いてたくらい。

 でも『同志』のように思っていた彼の存在が、一気に『好きな人』に変わったのはあの体育祭の時だった。


 クラスメイトからのブーイングを受けながらも、重そうな身体を揺らしながらゴールを目指して走ったクラス対抗の障害物リレー。

 なんとか棄権にならないように頑張ってる一生懸命さは私には十分伝わっていたけど、残念な事に次の走者を目前にして激しく転倒!

 すぐ近くにいた私は彼に駆け寄り手を差し出した。

 高倉くんは私の手を払い除けてタスキを渡し、保健室へと一人向かっていったけど、哀愁漂う後ろ姿がなんだか放って置けなくて……後をついて行っちゃった。


 誰もいない保健室で彼はとっても悲しい顔をしてた。

 声をかけたら、また怒られるかなぁなんて思ったけど……擦りむいた右肘を消毒するのにあまりにも不自由そうだったから、何も言わずに高倉くんが掴んでいた消毒綿をピンセットごと、そっと受け取るように手に取ったんだ。


 びっくりした顔で私を見てたけど、その時は不思議と素直に手当てさせてくれて……

 最後に『ありがとう』って恥ずかしそうに私を見て笑ったの。

 その目はとっても優しくて、あったかくて……

 あぁ、高倉くんてこんな表情するんだって、キラキラした瞳に吸い込まれるように目が離せなくて、他の事が何にも目に入らなくなってた。


 でもそれを窓越しにクラスメイトと保健室の先生が見ていて……

 先生は注意してたけど、しばらくヒヤカシのネタとして、クラス中で噂になっちゃった。


 元々ほとんど口を聞いてくれなかった高倉くんは、そこから極端に私を避けるようになって……

 でも私は彼を放っておけず、何かあれば力になりたくてその度に駆け寄って……

 ガン無視されてるのにしつこかったし、良かれと思ってやってた事も今思えばストーカーみたいだったかもしれないなぁ……

 高倉くんに言われた言葉が心にグサリと突き刺さる。




 でも久しぶりに逢って……ホントにカッコよくなってた。

 こんなに近くにいるのに遠くに行ってしまった気がして……

 隣に住んでるって事でさらに嫌われちゃったみたいだし……


 いよいよ忘れなくちゃいけない時なのかもしれない。

 見た目もあんなにカッコよくなっちゃって……

 もう、完全に私の手の届かない人なんだから。


 そう思ったら馬鹿みたいに涙が出てきた。

 泣いて、泣いて、泣いて……

 全部流そう……酸っぱさだらけだった初恋の思い出として……





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ