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19.決して恋ではないハズだ!

『あの……私高倉くんのこと……ずっと好きでした』

 中2の修了式。突然体育館裏に呼び出された僕に、一香が震える声でそう言った。

 あの時、彼女の顔をろくろく見もしないで『僕は無理』冷たくそう一言だけ告げて、何も聞かなかったかのようにその場を立ち去った。

 でもほんの一瞬だけ視界に入ってきた彼女の悲しげな表情が、不思議と今でも脳裏に焼き付いている。


『違うよ!! 私が好きなのはっ……』

 今日遊園地でそう言いかけた一香の表情と、その中2の時の僕の記憶が完全にデジャブした。



「……一香!!」

 息も絶え絶え、必死で僕は色黒男の元へと走り去る彼女に向かって名前を呼ぶ。

 ハッと我に変えると暗闇の中、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。


(あぁ……夢か……)


 嫌な汗が身体をびっしょりと濡らしている。

 一香が色黒男に向かって行く背中を見送ってからというもの、何故か遊園地からここまで帰ってきた記憶が途切れ途切れにしか残っていない。


「おい、うるせぇぞ!! ったく夜中に女の名前叫ぶなんて、お前よっぽど恨みを買うようなことでもしたんだろ!」

 リビングから襖越しに拓兄の声が飛んでくる。


「ち、ちげーよ!! ってかなんで今日もいるんだよ! いい加減家に帰やがれ馬鹿兄!!!」

 相変わらず口を開けば苛立つ事しか言わねぇな!


「お前、顔面蒼白で遊園地から帰ってきてさ、俺がウザ絡みしても完全に埴輪状態だったろ? まぁどさくさに紛れてた感はあったけど、もう一日いさせてって俺が可愛くお願いしたら、二つ返事でオッケーしてくれたじゃんか! 今更なんだよ、ほんっと鬱陶しい性格してんなぁ」

 ハーっとため息が聞こえてくる。

 

「……そうだっけか?」

 全く覚えていない。

 っていうか、何で僕はこんな記憶が途切れるほどに、激しくダメージを受けてる格好になってるんだろう?

 まさか一香が夢にまで出てくるなんて、とても自分の脳みそが勝手に動いて見せられたものとは思えない。

 あの相葉一香に何を言われようが涙を見せられようが、そもそも僕にとってはどうでもいい事なハズなのに。


「それより今日のデートはどうだったんだよ、陽ちゃん」

 顔が見えないにしてもニヤニヤが丸出しの声音で拓兄が僕を煽ってくる。


「……どうって……別に……」


 あのあと僕の首に絡みついた羅々ちゃんの腕を強引に振り解き、つい睨み付けてしまった。

 その後も一香が居なくなってからというもの、無意識に二人の姿を探している自分がいて……

 羅々ちゃんはずっと不満そうな視線をそんな僕の背中に突き刺しながら、斜め後ろからひたすらついてきた。


 とにかく最悪だった。

 たまにすれ違ったり、遠目に一香と色黒男を見つけると、僕はそこから視線を外すことができなかった。


 何でこんなに気になるんだ……?

 何でこんなにアイツの隣で笑ってる一香にムカついてるんだろう??


 ずっと自問自答を繰り返して……しまいには見ていられなくなって、腹が痛くなったと羅々ちゃんに嘘をつき、早々に遊園地を後にした。


 あの時の僕は誰かを気遣う余裕なんて全くなくて、完全に思考が停止していたんだ。


「今日も彼女に奢らせたんか? 流石だよなぁ! 俺よりクズを極めてるなんて」

 からかい混じりのその言葉にはどうしても納得がいかない。


「今日は奢ってやったんだよ。僕だって女の子にそういう気持ちになる時だってあるんだからな」

 だんだんと声が小さくなって行く自分がなんだか情け無く思えてきた。

 たかがソフトクリーム一個で……

 色黒男は一香にどれだけ奢ったんだろう?

 グッズの金まで……自分の手元に品物は届いていないのに。


「ふうん。って事はよっぽどお気に入りの()なんだな、お前にとって」

 半笑いなのはバレてるぞ!


「お気に入り……? な訳ないだろ! 大っ嫌いだった女だよ」

 襖の脇からピョコリと顔を出した拓兄は『ふむ』と一人頷き僕の部屋に侵入してきた。


「普段奢らないのにその子にだけは奢ってしまった。でも、それは大嫌いな子……ふむ」

「何が言いたいんだよ、一体!」

 僕の顔を覗き込んで来る、なんでも知っているような拓兄のドヤ顔に虫唾が走る。


「一言で簡単に言ってやろうか? それはな、『恋』の始まりだ。おめでとう! 陽ちゃんの初恋!!」

 ゆっくりと両掌を叩き出す。


「は?」

 トンチンカンな答えを聞いて無駄な時間を送ってしまったと猛烈に後悔した。


「大嫌いは大好きの裏返しって言うだろ? 俺はそんな面倒臭そうな恋愛は勘弁だけどな」

 クククと不敵な笑みを浮かべながら素直にソファーのベッドに帰っていく。


(恋? んなわけねーだろっ!! しかも相手が一香だなんて……ないないないない。絶対ない!!)


 そう心の中で叫びつつガバッと掛け布団の中に潜り込んだ。


(ないない……、絶対にない!!)

 ないはずなのに……目を閉じると一香の顔が目蓋の裏にこびり付いている。

 僕はそれを一生懸命かき消しては浮かび上がり、かき消しては浮かび上がりを繰り返し……

 気がつけば空が白み始めていた……







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