18.ただ、一香の笑顔が見たかった。
「お待たせ」
真っ赤な目をしている一香の前に静かにソフトクリームを差し出した。
「えっ?」
驚いた顔でじっと僕の手の中にあるそれを見つめている。
「ホラッ!! なあ、溶けるから早くしろって!」
何で泣きそうな顔してんだよ?
……アイスの気分じゃなかったのかな……?
「……いいの?」
声が震えてる。
「いいに決まってんだろ? 僕のだってちゃんと買ってきたんだから。これは一香の分!」
そう言った途端一香はグレーの小さなリュックの中を慌てた様にガサガサ何かを探し始めた。
「何探してんだか知らないけど、そんなの後でいいだろ! 早く受けとれよ」
僕は呆れながらソフトクリームを持ったまま彼女の目の前に座った。
「でもお金、先払いたいから」
白とピンクの小さい財布を手に取り『いくらだった?』と申し訳なさそうに聞いてくる。
「いるわけないだろ! 僕が勝手に買ってきたんだから。……まぁ、色々助けてもらったり……したしな」
一香からお金をもらう気なんて最初から全くなかった。
むしろ、買ってやりたいって思った。
そう言われれば、今まで誰かに何かを買ってあげたいなんて感情になったことなど一度もない。
自分でも不思議なくらいに……ただ、一香の笑顔が見たい、そう思った。
「……ありがとう」
一香が僕を見てぱぁっと笑顔になった。
変にドキドキした。
次々と湧いてくる初めての感情に僕はうまく言葉が出てこない。
でも、間違いなく……今一香とこうしている時間が大切に思えた。
美味しそうにソフトクリームをパクつく彼女を見て僕は嬉しくなった。
「……美味いか?」
聞いてみたくなった。
表情を見ているだけで答えはわかるのに、彼女の言葉で聞きたくなった。
「うんっ! すっごい美味しい! 私ミルクティー味大好きなの」
ふふと僕の目を見て微笑んだ。
何だか認めるのが悔しいけど……可愛くて仕方なかった。
一香といると自分の周りの温度が3度くらい上がる。
ポカポカとした居心地の良さに、この時間がずっと続けばいいと思った。
「高倉くん! お待たせ!!」
穏やかな空気を切り裂くかの様に、背後からすでに忘れかけていた声が飛んできた。
僕は一香でいっぱいになっていた感情が、突然現実へと引き戻され冷たくなっていくのを感じた。
「なになに? アイス食べてるの?? 私も食べたいなぁ!」
羅々ちゃんのキンキンとした高い声が僕の耳に突き刺さる。
「あっちに売ってるよ。買ってくれば?」
僕は無意識に彼女を遠ざけようとしていた。
「一香ちゃん、ごめんな。待たせて」
スッと色黒男が一香の隣に座って肩に手を置いた。
「大丈夫でしたよ。お土産物もたくさん見れたし」
相変わらずニコニコと笑顔を振りまく一香から思わず目を逸らした。
……見ていられない。
どうして彼女の横にアイツがいるんだろう?
「あー、お腹すいた! 何食べよっか? 何でも言ってよ、もちろん奢りだから」
一香は色黒男の隣で大きく手と首を振って『そんな! いいです!』と全力で断っている。
「何でよ、今日付き合わせちゃったしさ。そのくらいさせてよ」
白い歯をキラリと見せながら一香に微笑みかけたアイツの言葉に、昨日の夜、拓兄が僕に向かって吐き出した呆れたため息を思い出していた。
「あ、そうだ! 佐久間さん、ほら頼まれてたグッズ結局渡せなかったから、預かってたお金返さなきゃって思ってたのに遅くなっちゃってごめんなさい」
一香がリュックの中から白い封筒を取り出して色黒男の手に乗せた。
「あぁ、いいよ別に! 今度またお願いするかもしれないし、その時の為に取っといて!」
そう言って一香の手の中に白い封筒を滑り込ませた。
「そんなわけには……」
一生懸命突き返す一香の手を掴み、
「いいからいいから! 今日も付き合わせちゃってるし、俺金持ちだから心配いらないって!」
そう言って急に席を立った。
「適当に見繕って買ってくるからここで待ってな!」
そう言って羅々ちゃんが並んでいるお店に向かって小走りしていく。
一香は封筒を見つめながら柔らかい表情でそっとリュックにしまった。
「アイツと……仲いいんだな」
つい言葉に出てしまった。
「うん、佐久間さん、本当に面倒見が良くって……。すっごい良くしてもらってる」
面倒見がいい?
下心丸出しのアイツの何処を見てそう思うんだよ!
「なぁ、お前、遊ばれてるだけだろ?」
そんな僕の言葉のせいだったのか、急激に顔色が変わっていく。
「遊ばれてなんかいないよ。佐久間さんそういう人じゃないし……。誠実で真面目な人だよ」
なワケないだろ!!
現に今こうやって遊ばれてるじゃねーかっ!!
「真面目? 何処が?? どうせ取っ替え引っ換え女と遊んでんだよ。騙されんな!」
苛立った感情が先に出てしまった。
言ってはいけない事だって……分かっていたのに。
「真面目だよ。ちゃんと一人の事ずっと想ってるような一途な人だよ! 高倉くんとは違うんだから!」
ハッとして一香が口を押さえていた。
一人の事……?
そんな奴が何で今一香とこうして二人で遊園地に来てるんだ?
それともアイツにとっての大切な人って……一香って事なのか??
僕はビックリするくらいに、暴走している自分の心を認めざるを得なかった。
彼女が言われて嫌な言葉だってわかっているのに……次々とあの色黒男を批判する言葉が口から飛び出していく。
「……私の事悪くいうのはいいけど……、佐久間さんのこと悪くいうのはやめて!! 佐久間さんは高倉くんみたいにたくさんの女の子と遊んだりなんかしないよ。私はそれをちゃんと知ってるから……」
そう言って席を勢いよく立った。
彼女の顔を見上げると……、泣いていた。
「好きなのか……? アイツの事……」
聞いてどうする。
もうこんなにぐちゃぐちゃな心じゃ、知ったところで身動き一つ取ることなんてできないのに。
「違うよっ!! 私が好きなのはっ……」
彼女が大きく息を吸った。
正面のそんな一香を視界に捉えながら、僕の背後から首に細くて白い腕が突然絡み付いてくる。
「お待たせ〜!! ふふっ! もう離さないよ〜!」
羅々ちゃんが僕の耳元ふざけて囁いてくる。
それを見た一香は、悲しそうに笑っていた。
「……ごめん。やっぱり別で食べよう? 二人の邪魔しちゃ悪いし」
全く視線を合わせることなく席を立った。
両手にたくさんの食べ物を持って近づいてくる色黒男に駆け寄っていく。
「やっぱり二人きりがよかったのかな?」
羅々ちゃんは一香の背中を笑いながら見送っている。
僕は何も考えられずに……二人が近づいてく様をじっと見つめていた。