11.陽一にとっての『モテ男』と『彼女』像
「おう、陽一。久しぶりだな。ちゃんと生きてたか」
大学2年で二番目の兄である拓哉が土曜の夜、突然僕のアパートにやってきた。
「何の用だよ、いきなり。これから筋トレあるから、何にもないならさっさと帰れよ!」
実家にいる時は僕を散々小馬鹿にしてきた拓兄とのいい思い出は殆どない。
「筋トレ?! 運動嫌いなお前が? 短期間によく変わったもんだなぁ、感心するわ」
上から下まで舐め回す様に見てくる視線が不快すぎて台所に逃げ込んだ。
「うるせぇ! 暇人め! 僕は忙しいんだよ!」
あぁ、鬱陶しい!!
お茶の一つでも入れてやろうと湯呑みを手に取ったけど、やっぱりやめた。
「お前まだ自分のこと『僕』って呼んでんのか? 小学生じゃあるまいし。まぁ、中学の頃の風貌には『僕』のが合ってたがな」
ハハハと笑っている。
全く性格の悪さは離れて住んでも変わらないな!
「僕は自分の事を『俺』って誇張して呼ぶ奴が大嫌いなんだ! 拓兄みたいにイキって上っ面の強さばっかりひけらかす馬鹿ばっかだ!」
自分を『俺』って呼んでるやつは、だいたい脳みそが空っぽで見た目だけを気にしてる奴だ。
「どんな偏見なんだよ? 普通の人から見たらお前の容姿でその年齢で自分のこと『僕ちゃん』って呼んでるやつの方がよっぽど薄気味悪いぜ?」
せせら笑い、僕を見る拓兄。
どうしてこんな人の嫌がる言葉がポンポンと出てくるんだろう。
もう慣れっこだけどコイツと分かり合える事は一生ないだろうな。
「『ちゃん』はつけてねーだろっ」
とは言え……無意識に自分の姿と『僕』という言葉を鏡に写し重ね合わせて見てみたりする。
(そんなにおかしいか……? 『僕』って……)
痩せてから1日も欠かさず続けている筋トレの効果は絶大で、今となっては腹筋はバキバキに割れ、あの色黒細マッチョにも負けない位になったと自分でも思う。
そういや、アイツT大って言ってたよな……
T大って言ったら全国でもトップ5には入る大学だぞ?
でも自分の事『俺』って言ってたな……
「まぁ、呼び方なんてどうだっていいけど、あのさ、今日一日でいいから泊めてくんね? 昨日別れ話切り出した元カノが家の前でずっと待ってて中に入れないんだよ」
全く、拓兄のような男を一般的に『モテる』というんだろうが、僕はこんな奴になりたいんじゃない。
あくまでも女の子は僕にとって飾りだ。
手を出そうとは思わない。
もちろん性欲がないわけじゃない。
でも痩せてから感じるようになったんだが、ホイホイ近寄ってくる女の子にどうしても嫌悪感が湧く。
大切なのは頭も良くて、カッコよくて、女の子にもモテて、何でもできるパーフェクトな自分になる事だ。
このスキルさえ取り揃えておけば、大抵僕の未来は守られるはずだ。
それ以外のことは何もいらない。
傷つけたくもないし、傷つけられたくもない。
こんなゴミ屑のような拓兄とはまた違うタイプの一番上の恭介兄ちゃんは、プレイボーイというよりはずっと切れずに誰かしら一人の彼女がいる。
あっちもこっちも手を出す様な男ではないが……それはそれで僕としてはせっかくモテるのにもったいないとも思う。一人の女の子とずっと一緒にいて、何が満たされるんだろう……?
『彼女』という言葉に憧れがないわけじゃないが、どうしてもメリットが見つけられない。
面倒くさいだけじゃないんだろうか?
まぁ、恭介兄の気持ちは僕には一生理解できないだろうが……それにしても拓兄は異常なまでに毎日違う女の子と歩いているのを昔からよく見ていた。
何度も言うが僕は拓兄とは違う。モテても決して女の子に深入りはしない。
こうやって面倒な事になるのは目に見えてるし、僕が欲しいのは、あくまでも『モテてる男』という肩書だ。
すっごく可愛くて、優しくて、スタイル抜群で自分の言うことを否定せず何でも聞いてくれて、僕にベタ惚れで……とにかくカッコよくなった僕に釣り合うような、そんな子が現れたらまた話は別だが。今の所周りを見回す限り、現実的ではないなと、正直全く『彼女』という存在を欲していない。
それだけカッコイイともてはやされている今だけで十分満足してるんだ。
「陽一くんの生まれ変わったモテモテ高校生活の話もたっぷり聞きたいしな!」
まだ拓兄は僕の家に上がり込んだまま粘っている。
誰がお前になんかに話すかってんだ!!
泊めてやったところで、どうせ結局拓兄の『女遊び武勇伝』を聞かされる羽目になるんだろ!
「明日デートなんだよ。ウチは無理!! 帰れ! 馬鹿兄!!」
全くここへ来た理由があまりにもしょうもなさすぎてアレルギーが出そうだ。
あんな女にだらしない男にだけはなりたくないぜ、全く!
僕はもう生まれ変わったんだ。
コイツと同じ血が流れてるって思っただけで吐き気がする。
「何? 彼女でも出来たのか? ンなわけないか。そのネジくれた性格のお前と一緒にいられる女なんて、よっぽど変人か物好きしかいないもんな。なぁ、頼むよ。デートじゃ金かかるだろ? 2千円やるから、頼む!!」
コイツは本当に僕の何を知っててそういう事を言うんだろう?
あんまりにも頭にきて、玄関の外に追いやると僕の前に跪く拓兄。
うむ。しけた額ではあるが、大嫌いな拓兄のこんな姿を拝むのも悪い気はしないな。
「デートの時はいつも割り勘だし、僕の好きなものはだいたい女の子がプレゼントしてくれるからそんなに必要はないけど……まぁ、今月仕送りまで厳しいし、受け取ってやるか」
拓兄にから差し出された2千円を今までの恨みも込めてふんだくる。
「じゃあ、交渉成立だな。ってか陽は見た目よくなっても中身は10倍ゴミになってんな。俺を上回るクズ度じゃねぇか、お前」
プククと小さく吹き出す様に笑っている。
「は? 何処がクズなんだよ! 僕は女の子と遊んでたって手は出さないし、拓兄だって女の子にたくさん貢がせてんだろ!」
自分の事は棚に上げてよく言うわ。
「俺はデートの時は全部自分持ちだぜ? 当たり前だろそんなの」
だらしなく靴を脱いでズカズカとリビングに入っていく。
「何でデートに付き合ってやってんのに、僕が女の子の分まで金払わなきゃ何ないんだよ?」
全く理解できない。
「これじゃ、モテても彼女は絶対できんな……」
はぁと呆れたため息をついて見せた拓兄はそのままソファーに寝っ転がって、すぐにイビキをかきはじめた。
(……なんだよ……。何がいけないっていうんだよ。あの色黒男だって一香にTシャツとパンツ貢がせてたじゃんか)
ったく……僕のやってる事はモテる男にとって普通のことだろうが!!