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さようなら、ガンズソン  作者: 近 森彦
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09、試み

 ユウゴが、大学2年の夏休み明け、インド旅行から帰ってきたショウマは、部屋に閉じこもり、何も話さなくなってしまう。講義にも行っていない。ショウマに何があったのか。ユウゴは、ショウマに語りかけを始める。ユウゴの家族の話にショウマは反応をみせる。

 ショウマは、ユウゴの家族の話に反応しているようだった。ユウゴは続ける。


 「母親は、懸命に働いていたよ。俺より遅く寝たのに、遅く起きたなんていう朝を見たことはない。6人の子供がいるんだ。そうだろうな。止まっているというのを見たことがない。朝から寝るまで動きっぱなしの母親さ。」


 ユウゴは、ショウマが耳を傾けてくれるのを嬉しく思った。そのままショウマの気持ちも開いてくれればいい。そう思い続けた。


 「父と母は、お見合い結婚さ。お見合いの後、父から手紙をもらった母親は、すぐに父のあとについていったらしいよ。お見合いだって。ははっ。今では地層に埋もれた言葉だな。ははっ」


 「新婚旅行は、そして金沢だって。駅前で撮ったモノカラーのカットを見たことがあるよ。父親、気取ったなかなかの男だ。母も美人だ...ははっ」


 なんでもよかった。会話内容は。ただ、ユウゴは自分の家族の話をしているうちに、ユウゴ自身も気分が澄んでいくのを感じた。ショウマもそのうち話したくなるはずだ。胸の内をさらすのだ。


 「母親、働き放しだったから、俺も遺伝子ついでいるな。バイトは実際きついけど、イヤだと思ったことはない。学費、稼がないといけないし。」


 「英米文学科か。俺、何でこんな学部に入ったんだろう。肉体労働向けなんじゃないかな、俺の身体は。アメリカでも放浪するか?働きながらね...ははっ」


 ショウマのスイッチが切り替わっていくのが、ユウゴにも伝わった。


 「俺は…」


 「どうした?で、何だ。」


 「太陽を見たんだ。海辺でも。朝靄に包まれ、徐々に黒から青に変わる。青からオレンジ色に変わる。オレンジ色が白に変わる。...」


 「それが何だ?」


 「働くことなんてバカバカしい。意味がないことさ。沈黙と静寂...それだけあればいい。」


 意味がないこと?こうして俺がバイトをしていることが?

 一瞬、ユウゴはそう捉えたが、決して俺自身を否定しているわけではないだろう。


 ユウゴは、ショウマが持つ理想を羨ましく思っていたのかもしれなかった。そのショウマが打ち砕かれるように防ぎこもってしまう、それは大切な友人を失ってしまうこと、見放してしまうことに近い。ショウマよ、戻って来い。


 次の日、「働くことなんてバカバカしい」というショウマの言葉が胸に刺さっていたが、ユウゴは変わらず、引っ越しの助手バイトに汗を流していた。


 ユウゴは、バイトから帰ると必ず、ショウマの部屋のドアをノックした。そして、しばらく話し込んだ。ショウマの引きこもりは続いていたが、来訪を嫌がらずにユウゴの話を聴いてくれた。ユウゴは、ショウマの気持ちを引き出すように努めたが、実はユウゴ自身も毎日の欝憤から解放されていたようだ。


 「今日は、引っ越し先で、夫婦喧嘩していてな。奥さんが腰の悪そうな旦那を叱りつけていたよ。ははっ。手伝いができないのは仕方ない。あれじゃ旦那さん、かわいそうだ。」


 「午前中に2件片づけたから今日は3件。こっちの腰ももたないな。これじゃあ。まあ、腰なんてものには寿命があるのさ。ははっ」


 どうでもいいバイト先での出来事を話し始めると、ショウマは、どこかに引っかかるように返答してくれるようになった。


 「夫婦喧嘩か。それもいい。」


 (よし、来い。)


 「そうかな、結構激しく言い合っていたよ。いつも旦那さん、動かないんだろう。」


 「羨ましい。」


 (来たぞ。もう少し。)


 「ふ~ん、そうか。羨ましい?俺は、夫婦喧嘩なんてまっぴらだけど。」


 「両親は喧嘩、したことないから。見てみたいよ。」


 (そうなのか。...)


  突如、ショウマの話の内容が切り替わる。


 「誰も助けに来ない。ジョバンニもカムパネルラもいない。星が瞬いているだけなんだ。」


 (おっと、またそっちの話か。)


 ユウゴは、時々、無性に悲しくなった。ショウマは、インド世界から帰って来れないでいるのだ。旅行に出たきり、戻れないでいるのだ。8畳の下宿にいても、大河や海辺に浮かんでいた太陽と星ばかり見ているのだ、きっと。


 ユウゴはショウマに目一杯近づいて、両肩を揺すった。


 「どうしたんだ。ショウマ!お前の理想はどうしたんだよ。どこへ行ったんだよ。」


 ショウマの視線は、まだ遠い。ユウゴは続ける。

 

 「戻って来いよ。ここは大学の下宿だ。おまえは、日本文学科の学生なんだ。出来る事は、講義に出ることなんだよ。」


 と、何度か繰り返した。


 「...夫婦喧嘩か...羨ましい。」


 ショウマは、なぜか「夫婦喧嘩」という単語に引っ掛かったようだった。


 ユウゴは、幼い頃から、両親が言い合いや、喧嘩になるのを、いつも目にしてきた。父親の機嫌が悪くなると、すぐに母を怒鳴りつける。些細なことで、父親の虫の居所が悪くなる。ビールを飲みながらジャイアンツ戦を観ていて、アンチ巨人だった父親は、ジャイアンツが勝っただけで「飯がまずい」と不機嫌になる。「こんなもの食えるか!」と怒鳴り声を上げる。いつもと同じ、コロッケなのに。

 「毎週、遊びに行って。こっちは目一杯なんだよ。」と、母は言い返すが、父親は「反抗するなら、出て行け!」と、拳を上げそうになる。


 そんな、家族の風景を毎晩のように見てきたから、他人の夫婦同士の小さな言い合いくらいは平然としていられる。


 ただ、ショウマは違ったようだ。


 「どこが羨ましいんだよ。夫婦喧嘩が。」


 と、ユウマは問いかけた。


 「父さん…」


 ショウマのまぶたに少し、涙がにじんでいるように見えた。


 ショウマは、話始めた。



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