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さようなら、ガンズソン  作者: 近 森彦
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08、引きこもり

夏休み明け、インド旅行後に風貌がすっかり変わってしまった友人カワナベ ショウマ...どうなるのか?

 やつれたショウマには、以前のような新鮮な表情がない。彼は、この時、もう中学校教員の卵ではなくなっていた。机には、『存在と苦悩』『幸福について』...ショーペンハウエルの著作が積まれていた。そして『銀河鉄道の夜』...宮沢賢治の作品は、部屋の角に放り投げ出されていた。


 インドで何があったのだろう。見てはいけないものでも見てしまったのか。


 ユウゴは、自閉してしまったショウマから話を聞きたかった。ショウマの目がうつろで、口は閉じたままだ。まずは、自分のことを語ろう、毎日の様子を聞かせてあげようと思いついた。


 そして、大学のこと、講義の内容、バイトの話...限られた時間ではあったが、それまでとは違うショウマに自分の話をぶつけた。


 インドで実際何を体験してきたのか、ユウゴの関心はそこだった。そして、ショウマが話始めるまで、ユウゴの日常を脈絡なく語った。


 「今日の引っ越しは最悪だったぜ。マンションの4階だ。家具、冷蔵庫、TV...慎重に気配りしながら運ぶ。傷つけたら、もうそこで仕事は終わる。俺のバイト代から天引きで、俺はクビさ。うちの所長は、学生に甘くはないさ。」


 「けど、チップがね。いい時は2000円くらいかな。今日は2件で4000円。それにバイト代。やっぱり嬉しいね。」


 ユウゴは話を続けた。


 「引っ越しの助手なんていうバイトは誰にでもできると思っているだろ。けど、続けているとわかるんだ。運転手とのコミュニケーション、家主への気遣い、それで仕事量が変わってくるよ。ははっ。」


 ショウマの眼は少し遠くにある。世間には、すっかり興味が無くなっているようだ。...ショーペンハウエル...俺にはわからない。高校の倫理の授業で、名前だけは聞いたことがある。受験向けの内容でしかない。


 「なあショウマ、日本文学の教授の研究室に、昨日、編集者が入って行くのを見たぜ。禿げたオヤジだ。前に研究室辺りをウロついているのを見かけたことがある。ああいうダサい編集者にはなりたくないな。...そうそう、教授がまた本を出すらしい。」


 「日本文学専攻の女の子たちは品があっていいなあ。おしとやかのイメージがある。それに比べて、英米文学科の女は、気が強い子ばかりだ。ははっ。」


 ユウゴは、ショウマの内面に響く話題を懸命に探し出す。ショウマの理想は、中学生に文学というものを伝え、感化してもらうこと。彼が青二才だった頃、そうだったように、ある時、目覚めることができる、担任の国語の先生に導かれたんだ、と以前話していた。


 しかし、ユウゴは日本文学についてはあまり詳しくはない。古典に根ざした伝統的な様式は好きではなかった。ショウマの心に響く会話は、ユウゴの文学的教養から絞りに出すことは無理だった。


 「何でバイトをしている?」


(ん、)


 ショウマがぼんやりと聞いてきた。


 「何でそこまでして働いているんだ。」


 (ん、何か響いたか。)

  

 やっと口を開いてくれたと、ユウゴは一瞬嬉しく思ったが、ショウマの言葉の真意は理解できなかった。

 

 「太陽があるだけだろ。川の向こうから昇ってくるだけだろ。」


 「そうだ。太陽だよな!」


 ユウゴは、ショウマが発する語彙を復唱するように言ってみた。しかし、ショウマの続きはこうだ。


 「そうじゃない。何でバイトに明け暮れているのか聞いているんだ。」


 ショウマはどうしたというんだ。インドでの日々と、今の現状との区別がつかないでいるようだった。


 ユウゴはショウマの質問の通り、バイトに打ち込んでいる自分のことをさらけ出した。


 現実的に、親から仕送りをもらえていないこと、6人兄弟の長男で家庭が裕福でないこと...ユウゴは、今まで人の前で話す必要がなかった家族の話をした。


 「親父がギャンブル好きでな。競輪、競馬、麻雀、パチンコ...何にでも手を出していたよ。勝ったって話は一度足りとも聞いたことないけど。親父は、町工場の工員さ。金属ネジを型どったり、切ったりする仕事。稼ぎは多くないのに...俺たち子供を家に残して、よく一人で遊びに行ってたよ。ははっ」

 

 ユウゴの父親の話、家族の話に、ショウマは耳を傾けてくれていた。その話になると、眼の色が変わって、黒々としてきた。それまでは、ぼんやりとしたグレーだったのに。


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