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さようなら、ガンズソン  作者: 近 森彦
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06、ガンズソンの友人アミグソン

ガンズソンが潜伏条件、リストを確認している最中、友人アミグソンがハナムケを持ってやってくる。

 友人のアミグソンが、どこで聞きつけてきたのか、留学のハナムケを持って現れた。


 アミグソンは、異星語専門学院の同級生。彼は、外見からして戦士向きではない。長身だがひょろひょろと軟弱そう。オレとは違って、いかつい顔はしていない。平和をこよなく愛する。実践的ではなく論理的な奴だった。


 「やあ、ガンズソン。お前が地球に行くと聞いて、今日はとっておきのマイクロチップを持ってたよ。聴きながらゆっくり旅してきな。」


 そこには彼の父親が、地球へ旅行した際に聴いたという音源が録音されていた。


 「エリナーリクビー...ザ・ビートルズ」


 すぐに、二人で聴いた。音がドアから外に漏れないように。


 ヴァイオリンのような音色が部屋に響く。音量を少し調整する。...透き通った軽やかな音色。花というものが踊るような心がざわめく波長。それに小川がキラキラ光って流れるような伸びやかな弦の優しさ。


 惑星プランドスには、音楽というものはおよそ存在しなかった。一部、電子オルガンの音と、クラシック音楽の残骸が、違法のバーで流れていた。現政府が「音楽」を禁止してから何十年も経つ。音楽は、プランドス人の生活を退廃させるものだと、政府高官は宣伝していた。楽器店は潰され、伝統ある楽器は火にくべられてしまった。裕福なミュージシャンたちだけが、異星に亡命し活動しているようだった。


 ガンズソンは、初めて、心が湧きたつような音色、リズム、歌声を聴いた。軽やかで、踊りたくなるような、それでいて妙に染み入ってくる。


 地球の風景なのか、これが。


 父親ガンズの話では、地球は「緑」に溢れているという。花が咲き、大河も小川も水が澄んでいることだろう。この曲にあるように、悠久の大河に溢るる水のように、湖のほとりで妖精が戯れているかのように、美しさで満たされている星なのか。


 アミグソンは、何曲か、地球のポップミュージックの音源を持っているという。携帯しているだけで罪に問われる。家の部屋の鍵を厳重に閉め、音が絶対外に漏れないように聴いていると。半日、部屋にいて聴いていることもあると。


 アミグソンは言った。


 「音楽は素敵なものさ。きっと地球は平和なのだろう。けど俺は、まだこのプランドスにいるよ。廃頽的な惑星になってしまっているけれども、離れることも逃げ出すこともできない。いつかこの星にも平和がくるだろう。...復旧の道のりは長すぎるだろうが。」


 アミグソンは、目を細め、高層階の窓から廃墟の街を指さして、話す。


 「見ろよ。合成麻薬常習者と娼婦たち。至る所に浮浪者めいた者が徘徊している。誰もが意欲を無くしているんだ。まっとうに生きるなんてまっぴらさ、この星の大勢の者がそう思っている。長期の宇宙戦争で、街は破壊尽くされ、炎は消えず、一年中、蒸し暑い。もう街は重症のやけどを覆って、爛れているんだ。」


 ガンズソンも、部屋の窓から階下を見下ろす。建築物の骨格が無惨にむき出しとなり、どこもオフィスは無人だ。残ったコンクリートの壁には砲弾の跡が広がっている。ガレキがこの街をかたどっているようにしか思えない。


 「何ができる?ここで。一体、何ができる?」


 「ハハハ...何をって?この街をどうにかしろって言ったって、今できるって話じゃない。」


 アミグソンは、状況にふさわしくない高笑いを上げながら続ける。


 「ハハハッ。メディアが破壊されてしまっているから、人々は正確なニュースを知らない。ジャンクションにある大型モニターで受信状況の悪い映像が映し出されるだけ。人々は食い入るように注目するが、映像が途切れるか、他の惑星から混線する不可解な画像に変わってしまう。しかも情報は、現政府主導の虚偽のものさ。人々は欺かれている。」


 「お前は大佐の息子だものな。ハハハ...情報は父親から直通だ。きっと、プランドスの未来を予感できる。」


 アミグソンも徘徊しているのだ。この街のマーケットやバス亭や、銀行や文具屋に佇んで、破壊と復旧への可能性を考えているはずだ。


 「人々はうわさ話だけで...故郷プランドスに未来はない...と思ってしまっているのさ、ハハハッ」


 「確かに。見える光景はあまりに無惨だ。」


 「ふん、未来はすぐにはやってこないのさ。未来は、明るい朝にしかやってこない。暗黒のガスに覆われた毎日に未来は近づいてこない。」


 「照明や電灯を増やせばいいのか。ネオンサインを破壊的な街角に掲げればいいのか。一度、廃炉になった発電所を再起動させて。」


 「お前は現実的だな。未来は形にはできない。建物や設備の話じゃない。」


 「だったら何が必要なのさ?」

 

 「ハハハッ...そうだな...対話...かな。」


 何を言ってるんだろう、アミグソンは。と、ガンズソンは思ってしまう。必要なのは、最新式の電力設備であり、住居であり、そして飢えた人々が欲するのは、第一、食糧じゃないかと思う。意欲を失った彼らを立ち上がらせるためには、最初に腹ごしらえさせることだろ。


 化学合成麻薬常習者が、瞳を濁らせ欲している。割れたレンガが無造作に積まれた裏通りにうずくまっている。またある者は、ゴミ収集のボックスの角から、高層階のこちらを羨むように睨むように見つめている。


 娼婦は、覇気のない歩き方をする帰宅途中の青年に近づく。手招きして、今晩泊まっていこうよ、ねえ、一緒に過ごそうよ、とおどけてみせる。


 彼らに...対話で...?


 「音楽さ、希望さ。必要なのは、軽やかさと巧妙さなのさ。ハハハッ...」


 アミグソンは、納得のいかない言葉を残して、部屋を出ていった。


 この惑星は、このままだと滅びゆくだろう。だからこそ父親ガンズは、俺に美しい地球への留学を命じた。俺が学ぶべきは、美しさを保つべき秩序と規律。データーをプランドスに送るのだ。


 アミグソンがくれたマイクロチップは、微粒子スーパーコンピューターに差し込まれたままとなっている。ガンズソンは、小型ヘッドフォンを繋いで耳を塞ぐように、その日繰り返し「エリナーリグビー」を聴いた。


 地球の大河の水の色は?丘は?谷は? そして、どんな人物が待ち受けているのか、もう一度想像してみた。

 




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