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さようなら、ガンズソン  作者: 近 森彦
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04、下宿の友人たち

ユウゴは、友人の一人イケジリ トモヤを思い出す。トモヤは「山」について語るが...。

 そんなユウゴも周囲に合わせて進学しようと必死に勉強し、なんとか都会の大学に合格できた。英米文学科だった。映画に出てくるキザなセリフの意味をもっと知りたかった。実は、文学というより映画についての知識を得たかったが、大学の講義はイギリスの古典が主だった。


 授業は、半分程度しか出席しなかった。興味がないというより、お説教くさい古典の資料に目を通したくはなかったから。人生を丸め込んでしまうのは、18才ではまだ早すぎる。


 剣道からは、一度遠ざかろうと考えた。剣道そのものは嫌いではなかった。むしろ、男臭く、朝・夕、汗を流し、冬はジンジンと足が痛くなるほどの床の冷たさに背筋がシャンと伸びる自分が好きだった。ただ、時間を取られるのが惜しかった。それと、ユウゴには都会の大学で部活動などできない理由があった。


 アルバイトをしなければならなかった。ユウゴに仕送りはなかった。6人兄弟の長男で、家庭は裕福とは言えない。学費、下宿代を自分でかせぐことが入学の条件でもあったし、むしろやりがいを感じていた。

 

 同じ下宿にイケジリ トモヤという山岳部の同級生がいた。バイトから帰ってトモヤに会うと、トモヤはいつも、土で汚れた不潔なベージュのズボンを履いている。山のバッチがついた古臭い帽子がお気に入りのようで年中かぶっていた。口数は少ない奴だったが、なぜかニコニコと表情が明るい。両頰が季節とは無関係に真っ赤だった。週末になると必ず、下宿から姿を消す。山岳部の訓練に出かけていたのだった。


 とある月曜日、いつもどこに行っているのか?と声をかけると、

「ああ、アルプスに行ってきた。今回は、駒ケ岳…木曽駒ケ岳。地元では西駒と呼ばれている3000m級の山さ。麓の村から自分の足でひたすら登るんだよ。結構キツイよ。」

「すごいじゃないか。」


 山か?けど、俺は内心、別に特別なことと思えず、むしろ山登りという行為自体を軽んじていた。なんて無意味な行為なのだろう。わざわざ苦労して高所で苦しくなる必要はないだろう。高い所が好きなら東京タワーにでも登ればいいじゃないか。キツイのが快感なら、マラソンかそれこそ剣道をやってごらんよ、と。


「先輩に20㎏ものリュックを背負わされて…でも山小屋に着いて、そこから頂上までは別世界さ。」

「別世界?」

「地上では味わえない光景があるんだ。晴天であっても、濃い霧の中であっても、嵐に当たってしまってもそこでは、ここにはない世界を味わえる。なんていうのかな。緑と白黒の境目だよ。」


 トモヤは、俺とは違う感性を持っていた。さわやかないつもの笑顔で、トツトツと話す。「山」のすがすがしさは、街では味わえないもの、というのなら話はわかる。頂上に辿り着いて、それまでの苦渋が報われるようになるというのならば、理解できるような気がする。けど、「緑」と「白黒」の境目ってなんだ?


 大学の講義に幻滅しかけ、このまま英米文学科にいるのが無駄なのではないか?と鬱屈を溜めていたユウゴとは違っていた。トモヤは気立てが良いいい奴だ。偏屈さもなく素直な奴であることが、トモヤの行動からわかる。山男ではあったが、以来、話しかけやすくなった。


「今度はどこへ?」

「北アルプス、常念岳。」

「すごい山なのか?」

「そうでもないな。次は、アルプスの縦走をするんだ。」


 尾根という山の頂から頂までの道のりを2週間もキャンプしながら歩くという。まるで天空をウォ―キングし、天界に住んでいるような錯覚に陥ると。そして、そこから地上までダイビングしてしまいそうな浮遊感覚が湧いてくることあると。しかし、道端に小さな花を見かけた時、ふとカメラをセットしてシャッターを切り、自分に戻るのだ、と話していた。


 ユウゴは、毎週、トモヤの話に耳を傾けた。トモヤは「山」の魅力を明るく、不思議な感覚で語っていた。ユウゴは「山」について実感することはなかったが、トモヤが生き生きと話を乱列することがおもしろく、いつも気晴らしになった。


 そして、ユウゴの大学生活の4年間は、明け暮れたバイト、下宿の毎朝同じ朝食メニュー、もう一人の友人カワナベ ショウマとのこと、卒業前に訪れたインド・ネパールの光景で彩られた。


 ......

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