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さようなら、ガンズソン  作者: 近 森彦
30/42

30、闘病生活

 「胃ガン」と診断され、抗ガン剤点滴を始めたユウゴ。嘔吐の副作用に苦しむこととなる。ガンズソンは夢に出続けている。そして、モエは...。

 体重60㎏。シャワー前に、鏡の前で体重計に乗り、ユウゴは愕然とした。マイナス10㎏。それも2週間で。筋肉がげっそりと落ち、胸も平らに。特に、太ももやお尻周りの筋肉が削げ落ちるように無くなっていた。


 抗ガン剤開始後、2週間、ほとんど食事が出来ていなかった。苦しんだ吐き気、胃周囲の張り、息苦しさで全く食欲もなくなっていた。キャベツサラダをお皿に1/4程度、口に運んだだけだ。それも食べれそうな時間に。予兆があったら自制が効かない。猛然と吐き出してしまう。


 それと抗ガン剤の作用が「タンパク質の変性・合成を阻害してしまう。」ということをユウゴは調べた。要するに、筋肉が新しく作られないということだ。抗ガン剤は、正常な細胞にも作用してしまう。肉体が、ガンそのものだけではなく、抗ガン剤によっても侵される。


 おまけにガンは、ユウゴがそれまで持っていた筋肉や脂肪に含まれていたタンパク質や糖分を喰い始める。宿主の栄養分を不当に搾取することで、ガン自身が成長し、拡大していく。


 (どうしたらいいのか。このまま痩せ細って...やっぱり俺は。)


 陽に焼けていた顔色も蒼ざめている。こけた頰。くぼみ始めた目頭...。


 (どうしたんだ、俺は。こんなになって。)


 ユウゴの体力は、ガンと抗ガン剤に挟み撃ちにされ、一度に左右から雪崩が押し寄せるかのように圧迫され、消耗していった。


 モエは、肉料理を一切作らなくなった。数種類の魚、根菜、生野菜、時々フルーツ...それに徹していた。


 「ガンはブドウ糖を一番の栄養にするんだって。だから、甘いものはもうダメ。菓子パンや、おやつは禁止。もう、買ってこないから。ユウスケ用に、たまに、たい焼きを買うだけにするから。」


 食事療法というのもあるらしい。モエは、やる時は、周囲が見えなくなる程、徹底するのだ。図書館、インターネットで、空き時間を見つけては検索したらしい。


 モエの「良い栄養をつけて欲しい」という願いが通ったのか、2週間を過ぎると、昼食時には、魚を半分、野菜もお皿に半分ほど食べれるようになった。


 「ようやく前の1/10くらい、食べれるようになったね。」とモエはユウゴの箸が動き始めたのを見て、嬉しそうに笑った。


 ユウゴは、午前中ダイニングテーブルに座っているだけ。TVも見る気がしない。料理番組など見たくないし、お笑いタレントのテンションにはついていけなかった。時々、モエがすすめてくれた「闘病記」のたぐいの本をめくる程度だった。


 息苦しさが強くなって臨時で外来受診したこともあった。レントゲン検査をすると胸水が増えているとのこと。緊急で、左胸部に針を刺すという胸腔穿刺が行われた。濃く濁った黄色い体液が排出された。


 (この中にもガンズソンが潜んでいるのか。)


 ユウゴは以来、息苦しくなると、胸水が増えているのでは、という感覚にとらわれ、そしてガンズソンが襲い掛かってくるような錯覚に陥るようになった。


 3週目、抗ガン剤2回目の点滴投与が行われた。


 再び、3日後から食べるという意志が削がれ、食事に向かっても箸をつけることができなくなった。


 そして激しい嘔吐...。


 居間にいる間、ユウスケは、傍で折り紙をしているか、ルービックキューブをしている。すでに夏休みに入っていた。


 (俺のこんな姿を見て、ユウスケは何を感じているのだろうか。夏に行こうとしていたキャンプなんて、とんでもない、無理だ。)


 今まで一緒に過ごせなかった時間を、この機会に取り戻そうと考えたが、父親らしい振る舞いは、何もできない。


 (パパは必ず、元気になるからな。来年は絶対キャンプに行こうな。)


 ユウゴは心の中で、ユウスケに誓った。


......


 「ショウマさんが来てくれたよ。ありがたいね。忙しいのにね。」


 モエが、ショウマの来訪を伝えてくれた。


 ユウゴは、夕食前でダイニングテーブルについたところだ。


 ショウマは2年ぶりのユウゴを見るなり、その変貌した病人の姿に、驚き、哀れにも思った。


 「ユウゴ。どうしたんだ。そんなになって...。息苦しいんだろう。起きてていいのか。」


 「ああ、この方が楽なんだ。胸水のせいでまっすぐ横にはなれないから、座っている方がいい。」


 ショウマは、もうベテランの看護師だった。低く穏やかな声。ユウゴは、ショウマの肩の後ろに、ふっくらと丸いオーラのようなほんのりと照らされているものを感じた。きっと、信頼されるのだろうな、こういう人物は、と直感した。インド帰りのショウマとは、うって変わっている。


 「何か必要なものあるかな。」


 ショウマがユウゴに聞いた。正直なショウマの気持ちは、もしユウゴに万が一のことがあっても、何もできない、なら、今できることと言えば、ユウゴの気持ちが沈まないように前向きを維持してもらうことだ、と考えた。万が一!いや、そんなことは、ショウマも本当は考えたくない。


 「そうだな。CDいいかもな。TVも好きな映画も見る気になれない、今は。ちょっと穏やかな明るい音楽。刺激的でなく、それでいて元気が出るような...。」


 ユウゴは、ショウマがあまり音楽には詳しくないことは知っていたが、それしか思いつかなかった。


 「ビートルズ。ポップスと言えば、それくらい。ポールマッカトニーとか...」


 「うん、いいよ、何でも。明るく爽やかな曲を。」


 「わかった。探してみる。今度、持ってくるさ。」


 それから、ショウマは、看護師としての経験からユウゴに軽くアドバイスを与えた。決して、無理はいけないこと。神経が高まり交感神経が活発になるのは、よくないこと。穏やかに、まったりとして副交感神経が働くと、白血球のリンパ球という外部からの異物に対応する血液成分が増えるということなど伝えた。


 「ユウゴ。あせらず、のんびりするんだよ。ユウゴらしくないかもしれないけど、先は長いよ。」


 ショウマは、ユウマに施しを与えるかのように、ショウマが蓄えてきた知識の恵みを与えるかのように話した。


 「あと、ひとついいかな。受け流すことさ。ガンを克服する方法は、それが一番さ。」


 「ありがとう。」


 ショウマは、次回の訪問を約束して帰った。


 (受け流すこと。...闘うことではなく...受け流すこと。)


 ユウゴは、ショウマが残した言葉を繰り返してみた。


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