03、ヤマシロ ユウゴの日常
ガンズソンが宇宙留学の準備をしている一方、地球ではヤマシロ ユウゴが、日常生活を平穏に送っている。ユウゴは、交通警備の仕事をしているが...。
一方、地球では、「ヤマシロ ユウゴ」という人物が平穏・平凡な日常を送っている。
「白のステップワゴン、ラストです。どうぞ~」
「了解。こちら通します。」
ついさっきまで漆黒だった東の空が、ぼんやりとブルーに染まっている。遠くのビルディングが徐々に白く視界に浮かんでくる。やがて、オレンジ色に輝き、淡いブルーに変わった空の範囲が太陽の眩しさに満ちてくる。朝がやってきた。ユウゴは徹夜で働いていた。交通警備の仕事だ。
眠さは通り超え、あとは時間にまかせて、立ち続け、安全に車を通すだけだ。だんだんヘッドライトを灯した車も少なくなってくる。
ユウゴは、この時間帯が好きだった。夜間は、そこにある電柱同様、強風であれ、小雨であれ、立ち続けていなければならない。集中力も必要だ。眠気と闘って、朝を迎える。辺りの暗さが、白い明るさに変わってくると、神経がより研ぎ澄まされハイのような状態になってくる。
2人1組になり、陽も暮れた20時頃から勤務につく。ペアになるので、相手の判断の仕方、車のさばき方、OKと停止の合図の癖、トランシーバーからの声を見極めて、安全に潤滑に業務が進められそうか、自分に問いかける。
近頃、定年退職後に再就職として「交通警備員」を始める年配の人も多く、現場で会った瞬間、こちらが不安になってしまうことも少なくないのだが。
ユウゴは、現在、週に1回の夜勤をこなしている。夜の仕事の方は、なんてことはない。交通量が減っているので、長い渋滞が発生してドライバーに睨まれることもない。交差点での誘導もそれほど困難ではない。見通しが悪いカーブにかかる現場では、トランシーバーを使用し、車名・色を相方に伝え、赤く点滅した誘導棒を振るだけだ。あとは、寒風に耐えていればよい。こんな夜勤をもう10年も続けている。
ユウゴは、今、「主任」となり、日中は支社で社員教育も行っている。主任は本来、個々の警備員を依頼先現場に振り分ける配置の仕事がメイン。それと新人教育。入社後の4日間の義務研修の指導者だ。
しかし、人材不足は、昨今、どの業界でもそうなのだが否めない。自ら進んで夜勤もこなす。
夜勤がある日も、日中から寝ているわけにはいかない。ユウゴは、夕方、業務を片づけると、事務室裏にある簡易ベッドで2時間程、仮眠をする。向かいのコンビニ弁当を数種類かきこみ、とにかく胃袋を満タンにしてすぐ、ゴロ寝する。たちまち深い眠りに吸い込まてしまう。
そして、19時すぎアラームが鳴った瞬間、全身をムチ打つかのように自分を叩き起こす。一度、天を衝くような伸びをして制服を羽織り、車で現場に向かう。それから、0時頃には交代で休憩。朝6時まで通しで仕事だ。
最近、業務中の深夜に思うことがある。
(いつまでこの仕事を続けるのだろうか、俺は。たまたまバイトで始めた仕事だたっけ。今は、主任だ。もう、山には行けないだろうな。あの山々、緑深き谷、そこに暮らす人々...もう一度行きたい...)
ユウゴは、学生時代の日々の想い出に耽る。
高校時代、「剣道部」に身を費やした毎日だった。稽古は厳しかった。剣道自体、礼儀作法、態度を始め、基本稽古、かかり稽古と厳しいのが当たり前の世界ではあったが、特に「かかり稽古」と呼ばれるものは、元に立つ指導者に対して、ひたすら全身で打ち込んでいく。荒修行だ。剣道の基本に沿って打てなければ、指導者は決して止めてはくれない、手を抜こうとすれば見抜かれ、喉元に突きをもらう。悔しさの感情だけ先行してムキになると、よけいに稽古が長くなる。
ユウゴは、剣道で鍛えられてきた。しかし、稽古後は、立って歩くこともままならず、帰りの駅まで這って行きたい程にもなる。それでも3年間続けられたのは、そこまで鍛錬できる自分の精神と身体が好きだったからだ。自己高揚感と言ってもよかった。
時々、部活動が休みの日には、ふらふらと電車に乗って都心まで映画を見に行っていた。ユウゴは、封切り映画館より名画座に通うのが好きだった。特にアメリカンニューシネマは、ユウゴの感性を、根底から刺激した。「明日に向かって撃て」「イージーライダー」「俺たちに明日はない」...ユウゴは、ロバート・レッドフォード気分で、茶色いコーデュロイのジャケットを着込んだ。