表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さようなら、ガンズソン  作者: 近 森彦
20/42

20、モエとユウスケ

 夜勤明けでぐっすり眠り、インド・カルカッタでの出来事を再現するような「夢」を見ていたユウゴ。夕方、妻のモエが帰宅すると、ユウゴは目覚めるが...。

 「ただいま~。」


 今度は、妻の声だ。ユウゴは目覚めた。いつだって妻の声には何かしら反応してしまう。甲高く、ユウゴの全身に響く声なのだ。


 「あ~あ、今日も大変だった。患者さん、検査の途中で急変して倒れていた。意識がなかったからどうかなと思ったら不整脈起こしてた。あわててAED持って、駈けずり回った。Drに怒られてね。~」


 一人でしゃべり始めている。


 ユウゴは、もぞもぞと眠たい眼を擦って起き上がった。時計を見ると、夕方18時。もう陽が沈みかかっている。顔を洗って、リビングでお茶を入れた。


 「買い物ももう面倒。この時間、スーパー混んでるし、いつものスーパーは魚が今一つ。だから今日も夕食はお肉。ユウスケー。たい焼き、買って来たよ。ほら、食べな。」


 妻のモエは、看護師。ユウゴが、ネパールで肝炎になった時、緊急で帰国。空港近くの病院に入院。そこで働いていたのが、モエだ。お互い若かったから。退院前に連絡先を聞かれた。何度かデートを重ねるうち、ユウスケを身籠ってしまった。そして結婚。


 モエは3交代の夜勤をしている。ユウゴも夜勤をしているせいで、2人の会話の時間は、すれ違いがほとんど。だから、モエは、独り言でもなんでも、家にいればずっとしゃべっている。病棟の業務のこと、患者さんの病気のこと、スタッフ間のうわさ話、その日のハプニング...話す内容は切りがないといった調子で、ユウゴがいてもいなくても話し続ける。


 ユウゴは、そんなモエの話を聴くだけ聴いている。詳細は理解はできない。ユウゴには、医療の知識などない。時には、耳を塞ぎたくなることもあるが、ちょっと我慢して、モエのストレス解消になっていると、自分の中で昇華させて、「うん。うん。そうだよな。」とあいづち打ちながら聴いている。


 「今晩夜勤だから、夕食準備よろしくね。シャワー浴びてくるから。あ~あ、3交代の辛いところよね。好きなドラマも見れないわ。洗濯物取り込んでおいてくれた~。干しっ放し。ユウスケ手伝って~。」


 モエの勤務も、日勤後に2時間程度仮眠をしてまた仕事。今度は、深夜勤という勤務につく。ユウスケが小学校に上がって夜勤を再開させていた。看護師も人手不足らしいし、夜勤を行うという条件で、常勤のスタッフになっているから、仕方ない。モエが深夜勤務につく前に、ユウゴが自宅にいれば、ユウゴが夕食の準備をすることになっている。


 豚丼。ユウゴが得意とするメニュー。それと、キャベツサラダ。ユウゴはいつも同じ食事を作った。その程度しか知らなかったし、今までもそうしてきた。モエも不満は言わない。


 モエがシャワーから上がり、夜勤の準備をした後、3人でダイニングテーブルを囲む。夕食だ。


 「ユウスケ、学校はどうなの?先生はちゃんと教えてくれる?わからない所はない?もうすぐ夏休みだね。パパにキャンプでも連れてってもらいな。」


 「うん。」


 「去年はキャンプ行けなかったね。台風多かったしね。学校はいつまでだっけ。あと1週間くらいかな。」


 「うん。」


 ユウスケは、家では「うん。」と「ううん。」しか言わない。男の子は無口なのだろうか。母親が話しかけても、ほとんどユウスケが話をしているのを聞いたことがない。もちろんユウゴとの会話でもそれで済んでしまう。


 ユウスケが幼少の頃は、休日、よく3人で公園にバーベキューに出かけた。ユウスケとは、ボール遊びをしたり、鬼ごっこをしたり、ユウゴもパパらしく振舞ったつもりだ。日曜日の公園は、バーベキューをする家族でいっぱいの状態であったが、ある日、「バーベキュー禁止」の看板が立てられていた。灰やゴミが放置されるようになっていたからだ。


 以来、家族で出かけることはめっきり少なくなってしまった。休日の昼は、ユウスケと2人で外食に出かける。モエは仕事。家族3人で過ごす時間はどんどん減っていた。


 どこで覚えたのか、ユウスケは、折り紙が得意だった。本を見ながら、恐竜、動物、昆虫...何でも作ってしまう。角がきちっと決まっていて正確無比。本の写真の通りに細かな折り目をしっかり付けている。並べるとまるで、ミニチュアのよう。複雑な工程であっても、ユウスケは細かな部分を、本の解説の手順通りに確実に手を動かすことができるようだ。ユウゴは、鶴しか折れない。


 そしてユウスケは、最近はルービックキューブをずっと行っている。一人でいる時は、朝から夕方まで行っている。変わったやつだ。よく飽きないなと思う。それが、すごい。動画を見ながら、初日に6面完成させていた。なかなかの頭脳だ。頭の中の整理がきちんと出来ているのだろう。


 ユウゴは、仕事以外に格別趣味というものが、もうなかった。もう...そうだ。仕事に追われ、疲れ果て、そんな時間もない。家では、寝て、食事して、休日はユウスケと外食に出かけ、また寝る。そうすることで、かろうじて生活リズムは保たれていた。


 豚丼...味付けだけは、ユウゴもいろいろ考え試してみた。以前は、大盛り3杯は食べていた。今は、すぐ腹一杯になってしまう。食欲はある。食事ができる時間に、腹を満たしておかないと、いつ食べれるかもわからないので、腹は一杯にするが、以前のように量が多くは食べれない。


 (暑くなってきたし、ちょっとバテ気味かな。疲れやすくなったな俺も。)


 ユウゴは、それでも腹を満たして、モエが買ってきた、たい焼きも食べた。


 「じゃあ。ママは休んでくるからね。起こさないでよ。TVも音を小さくしてね。おやすみ。」


 モエは深夜勤務前の仮眠のため、寝室の扉を閉める。


 ユウゴも、手短にシャワーを浴びた。少しTVを見ているうちに、また眠くなった。


 (体調少しおかしいようだ。このところ何か身体が重くだるい。明日も仕事だ。)


 ユウスケは、食後もルービックキューブをガチャガチャといじっている。


 「ユウスケ、パパも、早く寝るから。明日も学校だろ。宿題だけはやっとけよ。」


 「うん。」

 

 ユウゴとモエは、夜勤の時間がお互い違うこともあり、寝室を別にしていた。それも仕方ないことだった。布団をかぶると、たちまち眠りに落ちた。


 翌朝、若干の倦怠感を抱えたままユウゴは、起きた。ユウスケはまたルービックキューブをしていた。


 鏡を見ると、疲れ切った表情がそこにあった。やつれた印象。日焼けしているのは、通年のことだが、血色がよくない顔付き。よく見ると、目尻にシミがポツンとできている。今まで顔にそんなシミはなかったはずだ。


 モエはもちろんいない。帰宅は、夜勤明けの11時近くだ。ユウゴは、いつものようにコーヒーを淹れ、ガブガブと飲んで、身体を目覚めさす。パンを口にほおぼり、出勤する。昼の弁当は、事務所近くのコンビニエンスストアで数種類たっぷりと買うことにしている。


 「ユウスケ、先に行くから。鍵を忘れるなよ。」


 「うん。」


 仕事中、ユウゴは時々、咳が出るようになった。今まで肝炎以外は、病気などしたことがなかったから、おかしい、とふと思った。


 (アレルギーでもないし...)


 電話対応中、部下への指示中、新人教育の現場で...ユウゴの咳き込みはひどくなっていた。


 夜勤の日がまた来た。夕食のコンビニエンス弁当をたっぷりと腹に入れた後、仮眠しようと横になった時、それまでにない激しい咳で苦しくなった。


 (どうしたんだろ。一体。)


 何度かテッシュペーパーで口を拭っているうちに、咳は治まり、いつの間にか眠りについた。そして、アラームと同時に、目覚めが悪い自分の頭を数回、両こぶしで叩きつけ、現場に向かった。


 身体がけだるいまま夜勤をこなし、帰宅する。いつもとさして変わりない行動をした。足りないことは、夜勤明けに今まで感じていた「スッキリ感」「爽快さ」だった。けだるさだけがユウゴを覆うようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ