18、ネパール・カトマンズへ
ユウゴは、夢の中で、カルカッタで知り合った男に招待され、カレーをごちそうになる。そして...。
カルカッタの裏通りのチャーイ屋で休んでいる時、男が声をかけてきた。ユウゴは、それほど不信感を感じてはいなかった。疲れていたのか、誰かと話したかったのか、たぶん両方だろう。ユウゴは男の話を聞き始めた。
「働いていたのか...学校行かずに。どうしてだ。金はあるだろ。」
「俺は仕送りをもらってなかったんです。日本では、親からの仕送りがないと学費が高くて、大学には通えない。働くしかなかったんです。仕事はいくらでもあったし...」
「仕事があった?羨ましいな。この国で仕事を探すのは難しいよ。経済状況は悪化するばかりだ。国策として、国内企業優先としているから外国からの投資もなく、新しい企業や産業は生まれない。TATAという財閥が牛耳っているだけさ。一部エリートが、国の利潤を溜め込んでいるだけさ。フッフッ。」
独特のインド流発音の英語で話す。この男は少しインテリ風だ。学歴もあるだろう。
男は続ける。
「日本は優秀な国だ。この街で壊れていないものはないけど、日本製のラジオやカセットデッキだけは修理の必要もない。壊れない。ソニー、トーシバ。あんな小さな国なのに。戦争起こして、破滅しかかったけど、復活した。たいした国だよ。フッフッ」
(そうなのだろうか。日本はたいした国なのだろうか。)
「仕事に就くんだったら、外国に行くしかないな。若い青年たちはそれが夢だよ。イギリスやアメリカに留学して勉強して成り上がる。技術をインドに持ち帰る。その時には、大金持ちさ。フッフッ」
話を聞いていると、インドの経済状況と働ける環境を一生懸命に訴えているようだ。男は話を止めない。
「俺のうちに来ないか。ごちそうするよ。お前はいい奴だ。ジェントルマンだ。」
ユウゴは、何も警戒せず、男に付いていった。大通りの向こうに広がる芝の公園を速足で歩き出す。
ジェームズコバーンのようなまなざしと、人の良さと潔白感があった。主役にはなれずに脇役に徹底したところで、光を放つタイプの男だ。
広い公園をあちこち巡る。マイダン公園だ。
「きれいだろ。ここは人々の集いと癒しの場所。街中のノイズはここにはないだろ。」
古新聞やビニールゴミがあちこちに散らばっている。フィールドの芝は剥げかかり、黒土か泥が芝生を覆いそうでもある。遠くに見える白亜の記念堂だけが、その公園に若干高潔な意味を与えているようだ。
「ここだよ。ここが俺の家だ。」
ユウゴはびっくりした。テント。4畳ほどの面積の白いテントがその男の住まいだった。中に妻らしきサリーを着た女と、子供がいた。
「ナマステー」
ユウゴは、挨拶をして家の中に入った。
男は話を続ける。
「立派だろ。俺の家だ。家族だよ。食べていけよ。今、料理を出すから。」
女も子供も座ったまま黙ってじっと、こちらを見ている。
男は、真鍮の容器からヨーグルトを取り出し、ユウゴに差し出す。チャーパティという練った小麦の薄焼きを、油紙の間から取り出し皿に乗せる。そこに豆たっぷりのカレーをかけた。
「さあ、食べろ。」
首を横に2~3回振り、ベンガル風の「了解」の合図を出して、食事をすすめてくる。
もちろんフォークもスプーンもない。ここはインドだ。ショウマが帰国後に手づかみで食事していたように、ユウゴも右手一本で食事を行った。腹も減っていたことだし、ユウゴは、辛くはないカレーを初めて行う儀式ごとく、その手で食べた。
初めて味わうインドカレーが男がテントの家の中で作っていたカレーだった。この男も家族を養っているのだろう。男は、働きに出ているのだろうか。それとも話をしていたように仕事がなく失業中か。そんなことはどうでもいい。とにかく、こうして招待され、ささやかであったが料理を出してもらったことを嬉しく思った。だが...。
「お金をくれないか。」
男は言った。
「仕事がない。俺には家族がいる。お金を恵んでくれ。」
はっとユウゴは、気がついた。この招待は、全て金目当ての策略だったのだな、それなら最初から(金を欲しい)と言えばいいのではないか、俺をだますつもりか、俺はそんなに野暮な人間じゃない。ごちそうになったんだなったんだ、払うのも当然。
「どうか、お金をくれ。」
男は急に、物乞いの、哀れで充満された眼をした。さっきまでのプライドはどうした?なんとも情けない「乞う」という行動。そこまでされなくても、金なんかくれてやる。ユウゴは思った。
100ルピーを置いてきた。そしてユウゴは、後味悪く三角のテントを出た。
金がなければ、人に乞うというのが、インド社会ではまかり通っている、そう自分を納得させるしかなかった。
「パラゴンロッジ」には、世界中からバックパッカーが寝泊まりしている。日本人青年、フランス人、ドイツ人、北欧系...ユウゴは、言葉を聞いて、だいたいの出身国がわかる。ユウゴは、あまり日本人グループの中にたむろすように過ごすのは好きではなかった。
インドでは、日本的価値観は通用しないことはすぐにわかった。カルカッタを数日歩いて、物乞い、貧困、不衛生、ホームレス、動物たちとの共生、金銭感覚、市電やバスの利用、リキシャーとの交渉、買い物時に注意すること、食事のこと、トイレのこと、あらゆる範囲の日常感覚が違うことを感じた。
「ネパールはいいよ。インド人みたいに人をだまさないし、ホッとできる。もっとゆったりと穏やかだよ。それに物価も半分くらいかな。」
ロッジのテーブルでチャーイをすすっている時、ユウゴと同じようにインドを彷徨い始めたある日本人青年が言った。
(ネパールか。ヒマラヤの頂を見渡すことができる国。いいかもな。)
ユウゴは、山登りもしたこともなく、さして興味もなかったが、青年が話すように「ゆったりと、穏やか」という言葉に誘われた。カルカッタの街では、人々の小さな争いが絶えない。物乞いを目にするのと同じで、人々が言い合ってケンカし合っている現場に直面しない日はない。ケンカの場面を、大勢の道行く人が取り囲み、2人が殴り合おうとするところで、誰かが止めに入る。殴り合いまでは至らない。そういう意味では、「非暴力」のお国柄だ。
しかし、ユウゴは若干疲れていた。卒業旅行として、ショウマの形跡を追い、インドに降り立ったのだが、最初の街で「洗礼」を受けることとなった。インドの混沌が、日に日にユウゴの、それまでの価値観に襲い掛かってきた。
(ショウマも感じたのだろう。だから下宿に帰って来たばかりの時に、対応できなかったのだろう。)
カルカッタは、人を「哲学者」にするような場所。その地は、全てを飲み込み、渦中に陥れてしまう。貧困と喧騒。どうしようもない現状。巨大すぎて破滅もありえる都市。
楽しもうと思うなら、カルカッタで、一人瞑想に耽ることだ。裸で暮らすサドゥーのように。一切合切、物も金も家族も持たずに、沈黙し続けることだ。
だが、答えは出ない。ユウゴは自問自答を繰り返した。そして、そんな自分に疲れていた。
ユウゴは、ロッジのテーブルに座り、絵ハガキを書いた。ショウマに送ろうと思う。
Dear ショウマ
元気でやっているか。俺は、今、カルカッタの安宿「パラゴンロッジ」にいる。さっそく、インドの洗礼を受けたよ。貧困を目の当たりにした。そして考えた。俺は、ネパールに行くよ。少し安らぎたいと思って...で、ショウマ。お前が見ていた「太陽」は、どこで見れるんだい?
看護学校入学の準備はできたか。新しい旅立ちが始まるな、お互いに。じゃあ、また。どこかで手紙書くから。
夕方、マイダン公園を歩いた。陽が、河の向こうに沈んでいく。オレンジ色に空が染まる。焼けた丸い部分が、俺の実家辺りから見えるものより大きい。だから、どうしたんだ。少しぐらい太陽が大きく見えるからって、どうしたんだよ。ユウゴは、目に映った色の全体に身体を向けて、手足を広げて立ってみた。わけもわからず、吠えたくなった。
数日して、ネパール方面へユウゴは向かった。寝台列車、バスを乗り継ぎ、徒歩で国境の小さな橋を渡り、夜行バスに乗り、ネパールの首都カトマンズに到着した。




