12、謎の若者、ホフキン
地球に行ってきたばかりだというホフキンは、ガンズソンに地球で気をつけなくてはいけないことを伝えるが...。
隣の席が空いた。白いスーツに身を包んだ長身の若者が声を掛けてきた。
「座ってもいいかな。」
「どうぞ。」
やけに身のこなしがスムーズで、清潔なスーツを着ている。金持ちかもしれない。シルバーのアタッシュケースを棚に置き、オレの隣に座った。
「ホフキン。俺の名はホフキンだ。」
「ガンズソン。こっちはガンズソン。」
「どこまで行く?」
「地球まで。太陽系の地球。」
「地球ならつい最近行ってきたばかりだ。」
「本当?なら地球の話を聞かせてくれないか。」
「美しい惑星だ。だが...」
ホフキンは声のトーンを落として話始めた。
「地球に行くなら、気をつけなければならないことがある。まず、地球は酸素に満ちているということはわかっているか?」
惑星プランドスには、酸素がないため、オレたちは「酸素」を大の苦手としている。
「それなら対策があるさ。大気圏に入ったら、高性能酸素防御マスクを装着し、上空で待機。地球人がぐっすり寝ている間に、体内に忍び込んで、直接、酸素を浴びないようにする。体内から、データーを送信する。」
オレは続けた。
「オレの第一の目的は、地球人の生態を調査すること。地球人は、プランドス人より進化はしていないだろうが、純潔・高貴で、細胞を始め筋肉、骨格、各臓器の調査は、しやすいはず、と思っているよ。」
「なるほど。しかしだ、調査開始のタイミングが問題だ。...しっー静かに。」
ホフキンは急に指を口元に当てて、後ろを見渡すように振り返って言った。
「声を小さく。シークレットポリスがいる。」
アンドロイドの中に、宇宙警察の私服公安委員がいるということは、オレも知っていた。けど地球の話をするくらいいいではないか、とオレは思った。ホフキンは、さっきから銀河鉄道内の雰囲気に敏感なようだ。
「調査開始のタイミングだがな。...ちょっと見てみろ。アンドロメダ星雲駅で乗り込んできた汚いやつらを。」
見ると、何人もの薄汚れて人相の悪い異星人が乗り込んできている。キャングル人だ。キャングル人の評判は聞いている。近年、地球に全面的に移住を図ろうと企み、オレが計画しているように、地球人の体内に潜伏することを得意としている。
ホフキンはオレに少し近づいて耳元で話した。
「あいつらキャングル人は、体内に侵入して、無制限に増殖するようだ。激しく飢えているから、細胞や栄養素を次々、食い散らす。だが、愚かなことにキャングル人の多くは、体内に潜伏した後、すぐに活動を開始してしまう。すぐに地球人に気付かれる。」
「地球には、今だ、外科医という人種が存在する。外科医が、検査し、キャングル人が侵入していることが判明すると、「ガン」と呼ばれ、キャングル人の侵食部分「ガン細胞」は、切り取られ捨てられてしまう。だから、キャングル人はいつまでたっても地球に全面移住できないでいる。」
その話には、納得が行く。惑星プランドスでは、外科医は不在だ。いや、もはや不要となり、数百年前の治療とは全く別の科学的・天文学的医療が行われている。外科医がいた頃、幾ら手術を繰り返しても治療できない新種の病気が次々と現れ、手術よりはるかに有効な宇宙線治療の技術が進むと、前近代的な手術というものは廃れてしまった。その手術が地球では頻繁に行われているのだ。
「なら、どうすればいい?」
「そうだな。潜伏した後、気づかれないようにその地球人にシグナルを幾つか送る。徐々に、徐々にだ。その時点では、お前は動きすぎないようにしろ。慎重に、姿を隠すように密かに。すぐに動き始めて地球人が察知したら、お前は切り取られて終わりだ。地球人が少し弱っているところを見計って、一挙に調査を開始した方がいい。」
地球人を弱らせる?俺の目的は、そんなことじゃない。ただ、知りたいだけだ。そして少しだけ、同じ食事を味わってみたいだけ。肉とスイーツと。
オレは思った。オレは、安全に地球で生活をしたいし、調査と留学を終えて、無事に惑星プランドスに帰ることをしたいと。
ホフキンは、何度も地球には行っているらしい。特に、地球の地理と歴史には精通していた。周囲に聞こえないように延々と話を続ける。
「アメリカ、ヨーロッパ、中東、そしてアジア...日本にも短期間寄ったことがある。最近、地球の経済活動はうまくいっているようだ。そして地球全体で、文化遺産の保全活動や、環境維持に取り組んでいるらしい。」
そうか、オレたちは、進歩はしてきたが、歴史を振り返ることをしなかったものな。科学技術発展のスピードは速かったけど、それが宇宙戦争を生み、今の退廃につながってしまったのかも。
ホフキンは中でも、中東地域の砂漠地帯が好きだという。砂漠を見ると、故郷の惑星プランドスを想うことができるからだ、という。
「地球の砂漠は、プランドスの砂漠よりはるかに美しい。建築物が破壊され、ガレキが山となって積まれた砂漠は、無機的でしかない。そこにあるのは、ただの砂と石コロだ。地球の砂漠...そこには造形というものがある。風や嵐や、そして人々の往来が生み出したものだ。動物も生きている。」
そう、プランドスには、野生の動物などいない。高温状態と、餌不足、そして連鎖反応の狂いによるものだ。家畜が各都市単位で飼われているだけだ。
・・・それにしても、ずいぶんと地球の情勢に詳しい。ホフキンは、何者なのか?
3日目、いつしか太陽系内にたどり着いたようだ。銀河鉄道は、時間に正確に運行されている。「火星駅」も近づいてきた。
ホフキンは、様々な情報をオレにくれた。というより、ホフキン自身が自慢げにしゃべりたかったらしい。相変わらず、車両内を時々キョロキョロし、何か隠しているような、言えないこともあるような様子もあったのだが。棚に乗せたシルバーのアタッシュケースが動いていないか、よく確認していた。
一体、ホフキンは、何故、惑星間を頻回に行き来しているのだろうか。
「あの、ホフキン。聞いてもいいかな。」
「ああ、別に。」
「その白いスーツはどこで買ったの?」
「アメリカさ。大都市に行けば、どこでも手に入るよ。」
「中東の砂漠には、ただ行くだけなの?」
「俺は、実は、絨毯をプランドスに送っているのさ。」
そうか、絨毯の輸入でもうけているのか。道理で。
「中東地域の上質な手織りの絨毯を、プランドスの高官や財界人に高値で売るのさ。俺の夢は、火星に広大な土地を買って、いずれ牧場を経営すること。もう少しで、資金も貯まる。火星はまだ、土地も安い。宇宙牧場の技術も進んできている。」
きっと、あのシルバーのアタッシュケースの中に、現金や金貨が詰まっているのだろう。だから、棚の上をいつも気にしていたのだろう。
「じゃあな。俺は火星で降りる。土地の下見をするんだ。」
銀河鉄道は速度を急に落として、ホームに滑り込むようになった。火星だ。ここは、赤茶けた大地に覆われている。しかし、鉄道駅前は、かなり発展しているようだ。宇宙船が空を飛びまわっているのが見える。超高層ビル群がひしめいている。エアバイクが列車を追い越していく。




