10、父親
ガンズソンは、銀河鉄道で、惑星プランドスを発ち、地球に向かっている。一方、地球ではヤマシロ ユウゴが過去を想起しながら、友人カワナベ ショウマとの日々を振り返っている。インド旅行後、部屋に閉じこもるようになってしまったショウマであったが...。
「父さん…」
今度は、ショウマが自分の父親のことをポツポツと話し始めた。
ショウマの眼には少し涙が浮かんでいる。
それを見て、ユウゴは、ショウマが本気で何か語り始めるのを少し待った。
「父さん...」
「父さんが、どうしたんだ。おまえの父さんは、どうしていたんだよ。今度はショウマの番だ。」
ユウゴはショウマが引っかかっている釣り糸の針を引き上げるように徐々に手繰っていった。
「おまえの父さんに何かあったのか?心配なのか?今、元気なのか?」
「俺の父さんは...施設に...病気で...動けなくて...」
(そうか、やっぱり、ショウマの家族も何か負っているんだ。それをショウマ自身も負っている。)
ショウマは徐々に、だが、正確に話始めた。時折、涙がぽつりぽつりこぼれている。そうだ、吐き出すんだ、思いを。ユウゴはショウマの話を聴いているうちに、ふさぎ込んでしまっている理由が「インドどうの。旅行がどうの。」という話ではない、と感じてきた。
ショウマの父親は、省庁の役人だった。出張は、国内、海外問わず多かった。家にいる時間も少なく、家族の気持ちは形式的な絆で結ばれているだけだったと。母親は、ショウマが小学校4年生頃、浮気をして出ていった。以来、ショウマは母親と会っていない。父親はストレスを抱えながら、家事を始めたが、無理だったようだ。
ショウマの父親の手がいつしか震えだし、治まらなくなっていた。病院に行くと「パーキンソン病」だと診断されたと。進行性の可能性があると。その通りに、父親の病状は進み、全身が震えているようなこともあった。ショウマは親戚の家に預けられ、学校に通った。父親は、車イス生活となり、そして退職。今はどこか施設に入っているという。
(そんな過去があったのか。全く知らなかった。…)
(ショウマはきっと、自分をうまく見つけられないのかもしれない。それで...こんな...)
(俺とは違う。俺は、ギャンブル好きの父親に曲がりなりにも育てられ、反抗もしてきた。ショウマは反抗したくても、それもできないもの。)
涙で溢れていたショウマの眼ではあったが、話が進むと、口元がゆるみ目尻に余裕が出てきていた。
「父さんは、辛かったんだ。母さんと別れてからの日々に全く笑顔はなかったよ。...」
(そうか、そしてお前も辛かったんだな、ショウマ)
ユウゴは、軽くショウマの肩を抱くように手の平を大きく乗せた。
「なあ、ショウマ。大学へ行こうよ、講義に出よう。俺はいいんだ。バイトで忙しいから。」
「銀河鉄道の夜...賢治。」
「そうだよ。お前の理想は、先生になって教壇に立つことだろ。」
ユウゴは、ショウマの視線を感じた。涙で溢れていたが、まっすぐにユウゴを見ている。黒く光った澄んだ瞳だ。さっきまでとは違う。ショウマの意志は戻ってくる。きっと戻ってくる...。
次の日も、朝からユウゴは、引っ越しの助手バイトに汗を流した。ショウマは、時々部屋からぼんやりとだが出てきて、下宿の食堂でインド風の紅茶を飲んだり、西欧の哲学書に目を通したりして過ごしていた。
ユウゴは、遠目にショウマの行動を眺めていたが、秋の終わり頃、カバンを持って出かけようとしているショウマを見つけた。
「哲学の講義に行ってくる。」
(日本文学じゃないのか。)
と、ユウゴは思ったが、ひとまずショウマが何か行動を始めようとしていることが嬉しかった。




