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9.

「何でしょうか、ラウス様」

「朝食、食べないのか……」

 どうやらそれを尋ねに来たらしい。

 カリバーン家では朝食は義務か何かなのだろうか。

『一日の始まりは朝食のエネルギー摂取から!』

 これは隣国の男爵家の婿養子にいった伯父様の口癖だ。

 昔から嫌というほど聞かされてきたからか朝食を食べることには賛同だけど、というか食べないと元気は出ない。けれど私が朝食を食べるのは今ではない。

「後でいただきます」

「今、じゃダメなのか?」

「私はラウス様達と同じ席で食事をできるような立場ではありませんから」

「だが昨日は食事だって、その……寝所だって共にしてくれたではないか……!」

 顔を赤らめるラウス様になんだか悪いことをしてしまったのだと罪悪感が募る。だが私は使用人なのだ。

「昨日のことは謝ります。身をわきまえずに申し訳ありませんでした」

 特に寝所の方。

 未婚の男性のベッドに入り込むなど謝っても許されるようなことではない。

「……それはモリア、君がまだ私と結婚していないからか?」

「まだも何も私はラウス様の奥方にはなりませんよね?」

 何を言い出したのかと確認の意を込めて聞き返す。

「は?」

 するとラウス様の端正な顔が一気にゆがむ。

「ラウス様の周りにはいつも女性がたくさんいて、どんなご令嬢も選びたい放題なのに、わざわざ下級貴族の、それも何の特徴もない私なんかを嫁に迎える理由がありません」

 ラウス様と会ったのは昨日が初めてで、噂から得た印象とは違う一面もあったけれどそれでももう何度も耳にしている噂は間違っていないのだろう。

「……私の周りに女性が多くいるのは仕事柄だ。だから信じてくれ、私には他に女などいない」

「信じるも何も、私はただの借金持ちの使用人ですよ?」

「借金があるのか! ならば今すぐにでも私が返済してこよう。それにどこかに奉公に行っているのならそれも私が今すぐにでも話をつけてくるから。だから、さぁ言いなさい」

 サンドリア家の借金はカリバーン家に借りたお金のことで、私の引き取り先もカリバーン家のはずだ。なんだか話が噛み合っていないような気がする。

「ラウス様」

「なんだ?」

「私は借金の肩代わりをするためにこの屋敷に奉公に来たのですよね?」

 一応の、念のための確認だ。

 私の勘違いではなく、ラウス様と私の話がかみ合っていなかったとしたらこの話は永遠に解決することはない。

「……は?」

「制服はもらえないし、料理も出来ないし、使用人の方々には迷惑をかけてばかりで、全く役には立っていませんけど……」

 言っていて自分で頭が痛くなる。

 こんなんだからこの歳までどこかにお嫁さんに行くことなく売れ残ってたんだろうな……。

 地味な顔立ちのせいにして背けていた現実に今更ながらに向き合い、涙が零れ落ちそうになる。涙を必死にこらえる私の正面でラウス様はおでこに手のひらを当て、天井を仰いでいた。

「……やっと、やっと手に入ったのだとばかり……。ははは、そうか……道理で、道理で何かがおかしいと……」

 乾いた笑いを挟みながら天井に向かって独り言を言うラウス様は何かがおかしくなってしまったようだ。

「ラウス様?」

「モリア!」

「はい」

 おでこから手を外し、そして両方の手で私の肩をガシっとつかんだラウス様は一つ大きな呼吸をして私の目をまっすぐに見て言った。

「カリバーン家に嫁いで来てはくれないか?」

「え?」

「欲しいものがあれば何でも買ってやる。何の不自由もさせないと誓う。だから……」

「はい、わかりました」

 追加で条件をポンポンと挙げるラウス様の勢いに私は白旗を挙げる。

「いいのか?」

「はい。それで私はどなたと結婚すれば良いのでしょう?」

 元より借金のカタとしてやってきたのだ。どんな相手の妻にだってなる決心はついていた。ラウス様がこんなにも私の方にいい条件を挙げるくらいだから相手はさぞかし問題を抱えているに違いない。

 エリート一家と名高いカリバーン家ではあるが、他の貴族たちのように親戚に一人や二人は結婚できずに困っているお方がいてもおかしくはない。かくいうサンドリア家にも私という売れ残りになった娘がいたのだから。

「は?」

「ご挨拶しないと……」

「モリア、君は本気で言っているのか?」

「? はい、本気ですよ。サンドリア家の借金を返済するためにこのお屋敷にやって来たのですから一生をかけて働きます」

 それが使用人としてであっても、妻としてであってもカリバーン家に行動することには変わりない。

 全ては借金返済のために!!

「……私だ」

「…………」

 意気込んだまでは良かったのだが、ついに私の耳はおかしくなってしまったらしい。

 さっきといい、今といい、重要なときに限って仕事をしない私の耳はそろそろ医者にでもかかった方がいいのかもしれない。

「私と結婚してほしい」

 だがおかしいのは私の耳の方ではなかった。

「本気ですか?」

「初めて会ったあの日から君を忘れられなかった……」

「……ラウス様とお会いしたのは昨日が初めてですよね?」

 おかしいのはラウス様の頭の方だった。

 どうやら仕事のし過ぎで私を誰かと勘違いしているらしい。でなければこんなプロポーズまがいのことをつい昨日会った私なんかにしないはずだ。

 するとラウス様は突然頭を抱えてしゃがんだ。

「具合でも悪いんですか? 私、誰か呼んで来ますから」

 ダイニングルームにならまだ誰かいるだろうと、走り出そうとすると腕を引っ張られた。

「いい。どこも悪くないから」

「ですが……」

「いいから隣にいてくれ」

「! はい。それが私の仕事でしたね」

 ラウス様のことはまだあまりよくわからない。知っていることといえばよく表情が変わるということくらいだろう。

 けれど使用人でもお嫁さんでもやることはあまり変わらないようだ。

 どちらにせよ拒否権はない私にはあまり関係のない話なのだが……。


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